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いまつながれゆく知の協創のバトン 現総長と次期総長が語る これまでの6年間とこれからの6年間

掲載日:2021年3月23日

現総長と次期総長が語るこれまでの6年間とこれからの6年間

いまつながれゆく知の協創のバトン

任期を終えようとしている五神真総長が、次期総長予定者の藤井輝夫理事・副学長と対談を行いました。藤井先生は大学を真の経営体とすべくともに改革を進めてきた同志。これまでとこれからの東大を語るにはこれ以上ないお相手です。22年の歴史を持つ本誌で初めて実現した現総長と新総長の対談企画を仕切るのは、二人とともに汗を流してきた白波瀬佐和子理事・副学長。つながれる知のバトンの行方をご想像ください。

トップダウンとボトムアップの繰り返しでビジョンを策定

  • 白波瀬 2016年3月の本誌座談会(「淡青」32号)では、五神総長が次の6年間の指針について集中的に検討したとありました。2015年10月の「東京大学ビジョン2020」公表までの経緯や思いをまずお伺いしたいと思います。
  • 五神 藤井先生も含め、何人かのメンバーと議論しながら草稿を作り、それをもとに科所長会議の場で部局長の先生方の意見を聞き、練り上げていきました。指針は全学皆で合意して進めないといけないと考えたからです。発出に際しては、ビジョンとして語りたかった私自身の思いを「東京大学ビジョン2020の公表にあたって」という別文書で表現しました。たとえば「資本主義や民主主義といった現代社会を支える基本的な仕組みの限界も露わに」という言葉です。当初はビジョン本文に入れていましたが、さすがにそこまで書くのは、という指摘もあって外しました。「大学の経営や運営について、従来の発想から脱し、そのあり方を転換することが不可欠」の部分もそう。当時「経営」という言葉を全学文書に使うことにまだ抵抗があったんです。
  • 藤井 あえて「経営」と言わずに表しましたね。
  • 五神 「公表にあたって」でも「大学の経営や運営について」と書くにとどめました。「自立歩行する仕組みを」と書いたのはまさに「運営から経営へ」の意です。全学で共有できる点を磨くことに注力しました。策定後は全部局の教授会を巡ってビジョンの進め方について質疑応答を行いました。トップダウンとボトムアップの繰り返しは常に意識しました。
  • 藤井 総長の思いを普遍的な表現で示すことに注力しました。当時の資料を見直してみたら、地球があって、知の公共性、東大、多様性と卓越性があって……という図が出てきました。SDGsという言葉は出てきませんが、内容はSDGsと通底しています。「21世紀の地球社会」という捉え方をし、空間軸と時間軸に触れながら公共性について話す部分には、いまやらなくてはならない、という危機感が結びつきます。今後の経済成長は環境に配慮しながらでないといけないという思いを込めていました。
  • 白波瀬 本誌座談会で「公共性」という言葉を最初に発言されたのは藤井先生でした。
  • 藤井 大学は世界の公共性に貢献しないといけないというのが大前提でした。先の図には「21世紀の地球社会」と書きましたが、新しい公共性を創ることが大学の目指すべき方向性です。大学単体ではなく学外と連携して世界の新しい公共性を創ろうというのは、総長と起草メンバーとで早い時期から共有していました。
  • 白波瀬 五神総長というと、産学協創の形を作られたことも重要な功績だと思います。組織対組織での包括連携という構想について伺えますでしょうか。

経営者との議論で見えてきた新しい産学連携のスタイル

五神総長写真
総長
五神 真 GONOKAMI Makoto
工学系研究科教授、理学系研究科教授、理学系研究科長を経て2015年4月より総長。専門は光量子物理学。著書に『変革を駆動する大学』(東京大学出版会)、『大学の未来地図』(ちくま新書』。
  • 五神 就任後、各業界のトップリーダーと話をする機会が増え、何に投資をすればいいのかが見えないと言われたのがヒントになりました。総長就任前に開始した光科学をテーマとするCOI※事業での企業との連携プロジェクトの経験が背景にあります。通常の産学共同研究で小粒なものが多いのは、連携相手の窓口となる企業の部署のレベルでは大きな予算を決裁する権限がないからだとわかりました。大きな構想で共同研究を進めるにはトップと直接合意するしかないと思ったのです。普通の共同研究の契約では、研究費は作業に必要な経費の合算で決まります。これでは大学が生む知の価値はゼロ査定も同然。そこで、組織対組織の連携をまずトップ同士で合意し、何に投資するかを一緒に考え、それにふさわしい契約をするべきだと気づきました。ただ、それを実行するには東大の体制が脆弱すぎました。案件ごとに個別の事情を考慮した契約書を書ける専門家は不在。2~3の雛形から選び無理に当てはめるしかなかったのです。法曹資格を持つプロをしっかり配備して知財部門を強化することにしました。2~3年かかりましたがきちんと整備することができました。
  • 藤井 私は五神総長の任期4年目に本部の役職に就くまでは、生産技術研究所の所長として、所全体と企業との総括的な産学連携活動を推進していました。当時、五神総長から「本気の産学連携」をやりたいと言われたことをよく覚えています。
  • 五神 産学連携の本場ともいえる生研の所長だったのが藤井先生で、研究所だけで進めるには大きすぎる案件を理事として本部に持ち込んでくれました。野心的なものが沢山ありましたが、そうしたものも受け止められる体制が最初の3年間で何とか整っていたんです。
  • 藤井 トップはもちろん、実行部隊同士もしっかり関係性を構築しないと産学協創は進みません。担当理事としてそこには気を配りました。
  • 五神 藤井先生が社会連携本部長になってから開拓した案件は多いですね。タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)との協創協定もその一つでした。
  • 藤井 TCSはデジタル技術でトップクラスの企業で、インドと日本の関係を考える上でも非常に重要です。DXに取り組む東大がTCSと手を組むのは社会にとってもよいことだと考えました。
  • 白波瀬 TSMC※との連携でも藤井先生がキーパーソンだったと聞いています。
  • 五神 2018年の12月に台湾出張することになったので、Global Advisory Boardのメンバーでもある、TSMC創業者のモーリス・チャンさんに相談しました。光科学のCOI事業で2014年にTSMCを訪問したことがあり、そのときに東大はTSMCと連携するべきと感じていたのです。ところが、チャンさんは2018年の夏に引退しており、後継のマーク・リューさんと話すようにと勧められました。私はリューさんとは面識がなかったのですが、幸運なことに、藤井先生がリューさんと既に知り合いになっていたのです。
  • 藤井 その年の9月、京都で行われたフォーラムに参加した際に席がたまたま隣で、今度台湾に行ったら寄らせてほしいと話したんです。連絡用アドレスも教えてもらっていた旨を総長に伝えました。
  • 五神 ならいっしょに行こう、となりました。先方とは事前の相談をしていなかったのですが、ぶっつけ本番で半導体の最先端プロセス技術についての連携を持ちかけたのです。私の専門に近いこともあり、包括的というよりは技術的・戦略的な話を中心にして、その場で一緒にやろうということになりました。TSMCはビジネスではハードルが高い会社と言われますが、東大に敬意を持ってくれていたおかげで話が順調に進んだのです。
  • 藤井 半導体分野で蓄積してきたアカデミアのつながりが効いたと思います。
  • 白波瀬 つながりという意味では、卒業生の力は今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
  • 藤井 社会連携には卒業生との連携も含みます。大学の理念や取組みに対して卒業生を含む社会の皆さんの共感を得ることは非常に重要です。
  • 五神 寄附を担当する渉外本部を社会連携本部に統合し担当理事を藤井先生にお願いしましたが、これは重要な改組でした。以前は皆、個々には頑張っていても組織として力を発揮するには至らなかったんですが、そこが劇的に変わりました。
  • 藤井 別々に活動していた渉外本部と卒業生室を一括りに社会連携本部に入れました。それまでは、卒業生の集まりに行って寄附を呼びかけても、「ここは寄附をもらいに来るところではない」と冷ややかに言われることもありましたが、大学の社会貢献にはお金が必要であることを丁寧に説明し続けたことで、風向きは変わってきたように思います。
  • 白波瀬 さて、2017年には指定国立大学の審査がありました。当時の様子を伺えますでしょうか。
  • 五神 このときは「運営から経営へ」と明確に打ち出しましたが、もう学内でダメという人はいませんでした。ただ、SDGsを前面に掲げた私たちの構想は文科省での審査会では予想以上に不評でした。総花的すぎる、具体的な絞り込みがほしい、などと。他大と違い、東大は大学を地球と人類社会の未来のために活用するという理念を強調しましたが、審査員には大風呂敷に見えたのかもしれません。でもそのとき私は、本気でした。審査会には海外からの委員も参加しており、最終的には東大の構想が評価され、指定国立大学となりました。構想を素早く実行するために、2017年夏に未来社会協創推進本部(FSI)を総長直下の組織として発足させていまに至ります。FSIでは藤井先生に活躍して頂いています。このバッジも藤井先生の主導ですね。
 

バッジを見て「これは何?」と思うことから構想が広がる

藤井次期総長写真
理事・副学長
藤井輝夫 FUJII Teruo
生産技術研究所教授、生産技術研究所長を経て2019年4月より理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)。専門は応用マイクロ流体システム。趣味は水泳、緑道ジョギング。
  • 藤井 FSIを支える基金を創設するように総長に言われましたが、このバッジのイメージは最初から頭にありました。寄附者にお配りし、東大とともに地球と人類社会の未来に貢献しようとしていることをバッジを通じて周りに広めてもらえたらよい循環が生まれると思ったんです。
  • 白波瀬 バッジをつけているとよく「これは何?」と注目されます。
  • 藤井 そう聞いてもらうことが東大の構想を実現する第一歩になると考えました。
  • 五神 その年の11月に経団連が企業行動憲章を改訂しましたが、それはSDGsとSociety 5.0を前面に出すものでした。経済界を代表する団体が舵を切り、東大の構想を後押ししてくれた形でした。
  • 白波瀬 メッセージを広げようとしたとき、様々な分野で活躍する卒業生は力になりますね。
  • 藤井 東大の卒業生組織には、地域同窓会連合会と校友会の2つがありますが、両者は団結してともにやっていこうとしています。
  • 五神 両会の皆さんが真剣に考え、任期中に大同団結しようと言ってくれ、2019年3月に覚書が交わされ、昨年10月に事務局の一部兼務という形で大同団結の第1段階が始動しました。その10月末に地域同窓会連合会の有馬朗人会長と話しました。残念なことに有馬先生とはこれが最後になりましたが、懸案の解決を見届けていただけて良かったと思います。
  • 白波瀬 いまも只中にありますが、五神総長の終盤はコロナ禍との戦いでした。
  • 五神 任期中ずっと、DXを活用して知識集約型社会への転換を進めようと言い続けたことがコロナ対応という意味でもよい準備となったといえるでしょう。ただ、大学の活動は顔を合わせて議論しながら知恵を生むことが基本です。画面越しのやりとりには限界があると痛感しています。象徴的だったのは総長補佐会です。各部局から選ばれた気鋭の教員が総長補佐となり、大学運営の視点で働くこの仕組みは、教員の成長の機会でもあります。執行部と顔を合わせて課題に向き合うなかで磨かれるものがあるんです。今年のメンバーもコロナの中で大変頑張って頂いています。しかし、直接顔を合わせる機会がなく、例年なら終盤で感じる「ひと皮むけた達成感」を満喫できていないかもしれないと感じます。ほかの場面でも同様のことが起きていると想像します。オンラインだけでは限界があり、大学の機能を十分発揮できていないのではないかと危惧しています。活動制限も長期化していますので、大きく頭を切り替えて対応を考えるべき時期にきていると思います。
  • 白波瀬 教職員も学生も、大学全体がこれまでとは違う経験をしています。この状況が社会の分断を深刻化していることへの懸念が多くのところで見受けられます。藤井先生はそうした最中に総長を引き継ぐわけですが、いかがでしょうか。
  • 藤井 アカデミアは目をそらさずに解決策を探らないといけません。できないからやめる、ではダメ。制限のなかでいかに工夫してやるかが重要。その意味で、昨年のオープンキャンパスで実施した「バーチャル東大」※はよい事例です。全学で同様の試みを積み上げたいです。
  • 白波瀬 総長には大きな決断が求められます。たとえば今年度、新学期を変更せずに学事暦を運用することを五神総長は決断されました。
  • 藤井 私も重要な判断が求められるときが来るでしょう。総長として大学のどの部分にリソースを投入するかという判断がまず求められると思います。

総長が一人で判断しないといけないことが何度かある

白波瀬理事・副学長写真
理事・副学長
白波瀬佐和子 SHIRAHASE Sawako
人文社会系研究科教授を経て2019年4月より理事・副学長(国際、総長ビジョン広報担当)。専門は社会学。著書に『生き方の不平等』(岩波新書)、『日本の不平等を考える』(東京大学出版会)。
  • 五神 コロナ禍が任期の最終年だったのは幸いでした。その場で難しい判断をしなければならないことが度々ありましたが、学内外の信頼感を積み上げてきたからこそ何とかなったのです。これが1年目だったら相当厳しかったと思います。歴代総長を手伝うなかで知りましたが、総長が一人で判断しないといけないことはやはりあります。ある意味総長は孤独。仲間はいても、同じ立場の人は他にいない。そこは割り切るしかないと思います。
  • 白波瀬 やり残しという点では、ダイバーシティが挙げられます。残念ながら、学部の女性比率ということでは効果があまり見られませんでした。
  • 五神 インクルーシブネスの点で、残念ながら東大は理想からはるか遠いところにいます。しかし、それはダイバーシティの追求が東大の一番大きなのびしろだということでもあります。女子学生比率で最も遅れている東大が、女性活躍に資する社会を創ることを先導する行動を示し続けることが重要。現在の東大の状況について外国で伝えると「不健康な状態」だといわれます。私も総長をやりながら実感してきたことですが、この感覚が学内でもまだ十分共有されていない。これが一番の問題なのです。
  • 藤井 危機意識を引き継いでさらに前に進めないといけないと思っています。インクルーシブネスに配慮しながら活動を拡げることにポジティブな価値を見出すのが何より重要です。これは私が総長として打ち出す指針のキーコンセプトに据えたいと思っています。
  • 五神 昨年6月に女子学生と語る「UTokyo Woman’s Zoom Café」をやりましたが、あれはコロナ禍ゆえに生まれた好イベントでしたね。安田講堂に集まるのは大変ですが、Zoomなら気軽に参加できます。画面越しですがじかに話せたという感触も持つことができたようです。
  • 白波瀬 総長と直接話した学生は以前よりかなり増えたと思います。このあたり、藤井先生はどうお考えでしょうか。
  • 藤井 男子学生ともやったほうがいいですね。ダイバーシティという意味では、留学生とも話したい。
  • 五神 有限の時間を何に使うかという判断が必要ですが、ここは絶対に使う価値のあるところですね。
  • 白波瀬 ダイバーシティ推進の強い思いを両先生から聞けたところで、時間となりました。あらためまして、五神総長はこれまでの6年間、本当にお疲れ様でした。藤井先生はこれからの6年間、どうぞよろしくお願いします。

対談日=2021年1月22日

撮影/貝塚純一

※ COI:文部科学省によるCenter of Innovationプログラム。10年後を見据えた革新的な研究開発を支援。

※ TSMC:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company。世界最大の半導体メーカー。

※「バーチャル東大」:学生有志が3DCGモデルで再現した本郷キャンパスにスマホやPCでアクセスし自由に見て回れるという企画。総長と藤井理事の3Dアバターも活躍。

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