平成29年度東京大学学部入学式 祝辞

式辞・告辞集 平成29年度東京大学学部入学式 祝辞

 

新入生の皆さん

  

本日はおめでとう御座います。新入生の皆さんにこれから始まる大学生活について一言お話しをしたいと思います。

 

私は1963年ですから、今からもう半世紀以上前に東大に入学しました。私は3,4年生の学部時代、大学院の数年も東京大学教養学部、駒場キャンパスで過ごし、アメリカ留学を経て、本郷の理学部で助手、講師を経て1988年から8年間、再び教養学部で生物学の講義をしていました。研究を始めたのも、28年前にオートファジーという現象に出会い今も続けている研究テーマを開始したのも教養学部でした。その後は愛知県にある基礎生物学研究所を経て、現在は東京工業大学に籍を置いて研究を続けています。従って私は50年、基礎生物学の研究者としての道を歩んで来ました。その意味では広い社会を見てきたとは言えませんが、実に沢山の人との出会いによって支えられてきました。科学は個人の発想や作業が基本となりますが、同時に科学者は極めて社会的な存在なので、生きている時代と切り離すことはできません。また現代の科学は全てを1人でやれるものでもありません。

 

大学は時代とともに変わってきたこともありますが、本質的に何も変わっていないことも沢山あるように思います。これからの話は私が如何に模範的な大学生であったかということでは決してありません。今から振りかえってみて、自戒の念や反省を込めて君たちに是非考えて欲しいと思うことを述べさせて貰います。

 

君たちはこの数年、大学受験という極めて明確な目標を持って生活をしてきたと思います。しかしこれからは自分の目標や、そのために何をすべきか自分自身で判断して行くことが求められます。君たちはこれからの長い人生いくつかの節目に出会うことになると思いますが、その時誰かが明確な指示をくれるわけではありませんし、誰かの意見に従う必要もありません。選択の決断は全て自分の責任であると思って下さい。

その意味で教養学部は東大だけが持っている優れたシステムなので、2年間それを多いに生かして下さい。この2年の間に沢山の本を読み、沢山の人に出会うように努め、焦らずに様々なことにチャレンジして、自分の進むべき道を見極めて下さい。それが教養学部時代の素晴らしさです。この大学の素晴らしさは、よき友人、先輩に出会えることだと思います。きっと身近に凄いなと思える人に出会うことができます。それは長い君たちの人生にとって大変大きな財産です。できるだけ新しい友人を作って下さい。そして自分にはないものを持っている友人をもつことを勧めます。これまでの高校生活を引き継いだ分かり合える仲間は楽しいですが、思い切って、新しい友人、書物、まだ知らない世界を求めて下さい。

 

近頃私自身が痛切に感じる日本人に欠けている資質の一つは、コミュニケーションの能力だと思います。私達日本人は自分の考えや主張も何れ分かって貰えるだろうと思いがちで、それを他人に分かって貰う努力に関して大変遅れています。海外で話をするとそのことを痛感させられます。

第2の欠点は自分と違う考えを尊び、ヘテロさ、多様性を認めることが苦手だということです。欧米では子供の時から自分が如何に他と違うかを求められます。日本では反対にできるだけ人と同じであることが大切にされます。私はこの間、折に触れて研究をする上で、皆が注目している流行のことをやるよりも、人のやらないことをやろうと言うことを強調してきました。新しいことをやることは、少し勇気がいることにみえるかも知れませんが、新しい世界が拓ける可能性もそれだけ大きいのです。
 

君たち若い世代は、是非とも人生を長い時間軸で考えて欲しいと思います。この頃多くの学生諸君が人の役にたつ仕事をしたいといいます。この言葉を否定するのは難しく、一見素晴らしいことのように聞こえます。一方役にたつということがいささか免罪符のようで、一体役にたつとは何かを一人一人がきちんと考えているかというと、少し疑問に思えます。何となく数年でいい薬を作ったり、便利な製品を作りたいといったイメージに聞こえてしまいます。勿論それらも大事ですが、是非少し長い時間軸で社会と人生を考えて欲しいと思います。できたら自分の子供達、次の世代、さらにはこの地球の未来を考える時間を持って下さい。

 

現代は私が生きてきた戦後の復興の時代に比べると遙かに豊かになりました。しかしそれに伴って精神的にも豊かになったかといえばそれほど単純にイエスとは言えないように思います。私は最近、自分の生きてきた時代は良かったなと思います。生物学の分野でいえば、分子生物学が勃興し、新しい原理的な発見が相次ぎ、その黎明期で今ほど膨大な体系や権威が確立している時代ではありませんでした。図書館に行って先人の論文を見つける作業が必要でしたが、得られる情報も限られていました。一方今では、コンピューターの進歩により世界中の情報を瞬時に知ることができます。小さな携帯から瞬時に沢山の世界中の情報を得ることができます。それは素晴らしいと同時に、現代人の抱える深刻な課題でもあると思います。情報が膨大なので、とりあえず単純化された結論めいた情報で分かったような気分にさせられてしまう面があります。じっくりと自分の疑問に向かい合うことが難しくなってきているように思います。膨大な情報に惑わされず、自分が何をしたいか、どう生きたいかをみつけて欲しいと思います。

 

若者が如何に溌剌としているかが、その社会の発展の大事なバロメーターだと私は思っています。科学者も君たちの一つの選択肢として科学の発展に寄与してくれる人が諸君の中から沢山生まれることを期待して挨拶とします。

 

平成29年(2017年)4月12日
東京工業大学栄誉教授、東京大学特別栄誉教授  大隅良典

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