国家の成長戦略としての大学の研究・人材育成基盤の抜本的強化を―新成長戦略、科学技術基本計画の策定等に向けた緊急政策提言―

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国家の成長戦略としての大学の研究・人材育成基盤の抜本的強化を―新成長戦略、科学技術基本計画の策定等に向けた緊急政策提言―

平成22年3月19日

国家の成長戦略として大学の研究・人材育成基盤の抜本的強化を
―新成長戦略、科学技術基本計画の策定等に向けた緊急政策提言―

北海道大学総長  佐伯 浩
                                          東北大学総長  井上 明久
                                          東京大学総長  濱田 純一
                                         早稲田大学総長  白井 克彦
                                           慶應義塾長  清家  篤
                                         名古屋大学総長  濵口 道成
                                          京都大学総長  松本  紘
                                          大阪大学総長  鷲田 清一
                                          九州大学総長  有川 節夫

1 はじめに
  天然資源に乏しい我が国が、今日の繁栄や国際的地位を築くことができた原動力は、優れた人材と科学技術・学術の力にあったことは衆目の一致するところです。中でも大学は、「多様性を特徴とする知の源泉」であり、知の創造を通じ、政治、経済、行政、科学技術・学術など、国を支え牽引する分野の中核を担う人材を育て、社会に送り出すとともに、社会の発展に貢献し、国の存在感を高めてきました。また、大学は、教員が学生と共に研究を行う中で人材を育成し得る唯一の機関です。社会が急速に変化し複雑化するとともに、人口爆発、資源不足、地球温暖化など人類未経験の課題に直面している現在、「知の拠点」、「国力の源泉」として大学の果たすべき役割や使命は、ますます重要となっています。
  このような観点から、諸外国では国家戦略として、科学技術・学術、高等教育への投資を急増させています。例えば、米国は基礎研究への政府投資を10年で倍増する計画を打ち出し、中国は過去3年で科学技術関係予算を2倍以上に、韓国も8割近く増やしています。一方、我が国は、同期間科学技術関係予算を削減し、高等教育への公財政支出の割合はOECDで最下位、最近5年間で高等教育費が伸びていない唯一の国となっています。主要大学への公的研究費の配分額も、我が国の大学は米国の40分の1程度に止まっています。
  このままでは、我が国の生命線である知的基盤は崩壊し、国際競争力を完全に失いかねません。経済成長の鍵を握る生産性の質的向上には、研究開発やイノベーションを担う優秀な人材育成への投資が最も大きく寄与することが国際的な研究でも明らかになっていますが、大学、特に研究に重点を置く総合研究大学への投資は、人材育成やイノベーションを通じて新たな需要・雇用を創造し、生産性を高めるなど、国の成長にとって不可欠な「未来への先行投資」です。我々は、我が国の未来を切り拓くため、大学の研究・人材育成基盤の抜本的強化に向け、重点的投資の下に早急に取り組むべき政策について、以下のとおり提言します。

2 早急に取り組むべき政策課題 
(1)若手研究者の育成・支援
  ノーベル賞の受賞業績は、30代から40代前半に集中し、博士課程在学中など20代のものも少なくないことからも明らかなように、若手研究者には、柔軟な発想によって新たな知を生み出すことが期待されるところであり、若手研究者の育成・支援の充実は、科学技術・学術、高等教育政策上、最も重要な政策です。
  しかし、現実には、国立大学運営費交付金や私立大学経常費補助金等の基盤的経費が年々削減され、国立大学の教職員には一般公務員と同じ人件費削減が課せられていること等により、若手の安定的ポストの確保が困難となり、不安定な任期付雇用が一般化しています。また、産業界で博士人材の採用が進まないなど、大学教員以外のキャリアパスも十分整備されていません。このような将来への不安と、諸外国に比べ「実質的に最も高額な授業料」や「公的な給付奨学金ない」等の経済的理由があいまって、博士課程への進学者は近年大幅に減少しています。一方、米国やEU、中国等では、研究者や博士人材を急増させており、人材のみが資源の我が国にとって危機的状況が生じる中、若手研究者の育成・支援の強化に向け、以下の政策を提案します。
①国立大学の人件費削減方針を撤廃し、若手を対象とする数千人規模のテニュア付き教員職の設置の支援
②博士課程の学生が学業・研究に専念できるよう、給付制奨学金の創設や日本学術振興会の特別研究員の増員、競争的資金によるリサーチ・アシスタント経費の措置など、経済的支援の拡充
③国立・公立・私立を問わず研究大学等のネットワークの中でPDを継続的に雇用するシステムの構築支援
④国・自治体が率先しての博士人材の採用、産業界と連携した研究の場(研究プラットフォーム)による実践的な博士課程教育等を通じた博士人材の雇用促進

(2)研究者の自由な発想に基づく基礎研究等の推進
  近年の科学技術・学術政策では、地球環境問題など特定の課題解決への重点化が進められています。我々はこれら現在における課題の解決に全力で貢献していく所存ですが、大学にとって最も重要なのは、研究者の自由な発想に基づく基礎研究等であり、多様な研究の厚みが、将来発生してくる様々な課題に対しても多角的な解決策の提示を可能にします。このため、基礎研究等の着実な推進に向け、以下の政策を提案します。
①多様な研究を支える基盤となる国立大学運営費交付金や私立大学経常費補助金等の拡充
②近年20%程度に低迷している新規採択率を30%以上にするなど、科学研究費補助金の拡充
③公募申請から成果の権利化まで研究プロジェクトのマネジメントを支援するリサーチ・アドミニストレーターや、研究の芽を発見しこれを推進する目利き人材(二次的創造者)の確立など、研究支援・研究協力体制の整備
④研究施設等の老朽化・狭隘化等の改善や、先端研究・大型研究を支える施設・設備整備補助の拡充
⑤近年価格上昇が大きな問題となっている電子ジャーナルの安定的確保に向けた対応の推進
⑥研究費の使用ルールや、検査の簡素化
⑦学術振興の中核的機関である日本学術振興会や、大学共同利用機関等の機能強化

(3)大学の国際競争力の強化
  政治、経済、文化などあらゆる分野において国際化が進展する中、我々は、先端研究や人材獲得(外国人研究者・留学生等)の面での国際競争の激化や、国際共同研究や学生交流等で国際連携・協調の必要性を痛感しています。このような国際化に適切に対応し、国際的な存在感を高めていくことは、我々総合研究大学にとって最重要課題となっており、国際化対応の強化に向け、以下の政策を提案します。
①新しい成長分野を担う人材を輩出する国際標準の教育力をもった大学院の育成支援
②大学の国際競争力の強化等を目的とする「国際化拠点整備事業(グローバル30)」の着実な推進
③世界トップレベル研究拠点(WPI)の拡充や、大学等が中心となって行う基礎科学の大型研究の推進
④若手研究者が世界水準で切磋琢磨する開かれた研究環境の整備や、若手研究者の海外武者修行の拡充
⑤国費留学生の受け入れ増や、民間施設の借り上げ支援を含めた外国人研究者・留学生の生活環境の整備

(4)体系的な大学予算システムの確立
  「知の拠点」、「国力の源泉」として大学を成長・発展させるためには、体系的な予算システムを確立し、総合的に支援していくことが不可欠です。このため、以下の政策を提案します。
①学術の多様性を維持するとともに、優れた人材を社会に輩出し続けることを可能にするため、基盤となる経費(国立大学運営費交付金、私立大学経常費補助金、施設費補助金等)を十分に確保
②その上で、競争的環境の下に研究・教育水準を高めるため、競争的資金について、研究者主導型の制度(科学研究費補助金等)、政策主導型の制度(戦略的創造研究推進事業等)を拡充。併せて、大学自らが学長のリーダーシップの下に組織や制度改革等を主体的に実施するための「大学主導型 の制度」を創設
③競争的資金によるプロジェクトの実施に際し、施設や人員不足の補填、学生支援など、研究・教育環境の維持・充実に不可欠の役割を果たしている「間接経費」を十分確保。併せて、個々の大学の研究水準を勘案しつつ、大学と資金配分機関との協議によって30%を超える水準に設定することも可 能な制度とすることを検討
④大学に対する国民からの直接支援を促進するため、寄付金の税額控除制度の創設など、税制を整備

(5)明確な投資目標を設けての公的投資の大幅拡充
  上記のような我が国の今後の成長の鍵となる重要政策を着実に推進するためには、公的投資の明確な裏付けが不可欠です。昨年12月の新成長戦略(基本方針)では、「2020年度までに、官民合わせた研究開発投資をGDP比の4%以上にする」とし、また「高等教育の充実」を主な施策として掲げています。「民」による投資も重要ですが、今まさに問われているのは、国がいかに責任をもって「未来への先行投資」として科学技術・学術、高等教育に予算をシフトするかということであり、ここにこそ「政治のリーダーシップ」が期待されます。明確な投資目標による公的投資の戦略的拡充に向け、以下のとおり提案します。
①国の研究開発投資をGDP比1%超に拡充(川端文部科学大臣・科学技術政策担当大臣の方針を支持)
②先進諸国中最下位である高等教育への公財政支出の対GDP比(0.5%)をOECD平均の1.1%以上とすることを中期的な目標としつつ、当面、毎年の予算編成に際し新成長戦略(基本方針)に掲げたGDP成長率の目標(3%)を上回る予算増を確保

3 おわりに
  以上のように科学技術・学術、高等教育政策は、我が国の未来を左右する重要なものであり、大学の責任者はもとより、広く国民の意見を聞きながら企画、実施していくことが不可欠です。政府においては、政策決定の透明性、公開性をさらに高められるよう願うものです。我々大学も、研究・教育の状況を学生・保護者はもとより、産業界、国民の皆様にわかりやすく発信し、積極的に理解と協力を求めていく所存です。
  なお、今回の政策提言は、新成長戦略の具体化や、次期科学技術基本計画の策定等に向けた政府の検討に資するよう緊急に行ったものです。上記政策についての一層の具体化や、大学間連携による新たな取組の実施に向け、研究担当理事・副学長が中心となり現在検討を進めているところです。さらに、今後、中長期的観点からの科学技術・学術、高等教育政策のあり方についても必要な政策提言を行うなど、「知の拠点」を預かる現場責任者として、我々は密接に連携・協力しつつ、我が国の成長発展と国民の幸福増進、国際貢献の推進等のために積極的に行動してまいります。

 

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