大学関係予算の危機状況と研究費の在り方をめぐって

| 総長室からインデックスへ |

大学関係予算の危機状況と研究費の在り方をめぐって

平成21年12月16日

大学関係予算の危機状況と研究費の在り方をめぐって

東京大学理事・副学長  
前田 正史

 政府は、年内の平成22年度予算編成の作業を急いでいるが、論点の一つは大学への公的投資の在り方である。「事業仕分け」の結果を踏まえつつ、政治的な判断が下されることになると聞く。だが、報道される内容に対し、国の長期的な知的リザーブとしての大学の教育研究活動の安定的・継続的な活動の担保、次の世代を担う若手研究人材の確保などの観点から、大学関係者の間で危惧の声が高まっている。

 例えば、東京大学の場合、「事業仕分け」の結果がそのまま反映された場合、少なく見積もっても70億円近い財政支援を失うことになる。これは一橋大学1校分の運営費を上回る規模である。欧米諸国の有力大学はもちろん、台頭する中国、シンガポール、韓国、インドの一流大学との間で、激しい国際競争に曝される東京大学にとって、これは極めて大きな打撃となる。教員を対象とした緊急アンケートを実施したところ、約2500名もの回答が寄せられた。平成16年度の国立大学法人化以降の「予算削減が既に限界に達している」、「安定的な活動が困難になっている」という声が圧倒的多数(約8割)ある。この上の大幅な縮減は、現場の士気、活力を大きく殺ぎ、今後大学における研究活動に興味を持つ若者を激減することになるであろう。まさに、立国の理念であったはずの科学のデフレスパイラルを招くことになる。

 大学関係予算に限らず、きちんとした政策づくりに当たっては、予算の仕組みを懇切に説明して正しい理解を得ること、さらに、従来の仕組みで改めるべきは改めることはもちろん大切である。だが、大学や科学技術に関する外部資金の仕組みは、国からの委託費、補助金、あるいは、研究費交付機関からの委託、補助、さらに法人あるいは民間とのマッチングファンド、部分補助などがあり、その性質上、複雑でやや分かりにくいことは否めない。

 最近、ノーベル賞学者の発言を引いて、教員向けの「研究費を学長、学部長がピンハネし、10分の1くらいしかこない」という報道があったが、これは正確ではない。教員個人やグループが外部から獲得する研究費等(外部資金)の合計は、東大の場合、約770億円(平成21年度)。このうち、約110億円が「間接経費」として大学本部や学部、研究科、研究所の管理下に置かれるが、それを除く大部分の660億円(約9割)は、研究者群が自己の研究計画に基づき使っている。しかも、「間接経費」の半分強は、プロジェクト実施場所の建家の維持費、はじめ、外部資金の執行と物品の管理に必要な人件費や物件費に充てられるのであり、受益者は研究を行う教員集団である。残りは本部が管理し全学の雨漏り対策、安全対策、教室修繕、学生支援、不足する図書経費などにあてている。一方、法人化に伴い、学長のトップマネジメントの重要性が謳われ、学長裁量経費の充実も望まれてきたが、現実には困窮学生の支援など固定的な使途が増えてきて実質は縮減傾向にある。ここに挙げる事実だけでも、「ピンハネによる支配」という評価が間違っていることは理解いただけよう。

 しかし、このような声が上がる背景、国立大学への行財政措置の問題には目を向ける必要がある。教育研究活動の経常的な費用を賄い、安定性を確保する運営費交付金の機械的な削減(本学の場合5年で47億円減少)。大学の実情を無視した一律的な人件費削減(5年で5%)。こうした政府方針の下、もはや大学運営の基盤も脅かされる状態となっている。前述のように「間接経費」は、不足する学生支援経費などに使われ、不確実・不安定な研究環境に置かれている大学コミュニティーの助け合いの仕組みと称してよいだろう。ノーベル賞級の成果を挙げる基礎研究は、安定した環境の下ではぐくまれるものであり、上述のような政府方針の見直し、運営費交付金の充実が待たれる。

 予算のムダを省くことは、もちろん大学経営でも重要なことであり、実際に改善できる点はある。例えば東京大学のような大規模大学であれば、施設・設備の有効活用を進める工夫の余地は小さくない。だが、職員の数自体に余剰があるかのような見方は誤りである。職員数はほぼ一貫して減少し、過去10年間で約2割もの減になっている。先に触れたアンケートでは、圧倒的多数(約9割)の教員が自らの研究時間が減少していると回答しているが、その理由として、事務・技術スタッフの廃止などが上位に挙げられている。これも、国際的な大学間競争において、極めて大きな日本のハンディキャップである。この問題は、国立大学と文部科学省との人事交流の是非といった事柄と峻別して論じられる必要がある。

 今後、国立大学の法人化について、これまでの成果と課題を検証することも求められよう。その場合、政府においては、正確な現状把握のため、また、「木を見て森を見ない」議論に陥らないため、大学の管理運営の責任を担う者からの意見・要望にも十分耳を傾けて欲しいと切に願う。

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる