平成27年度東京大学大学院入学式 祝辞

式辞・告辞集 平成27年度東京大学大学院入学式 祝辞

皆さん、この度は東京大学大学院に入学、進学まことにおめでとうございます。ご両親、ご家族の方々にも心からお喜び申しあげます。東京大学は、言うまでもなく、世界的最先端研究を進め、これに基づいた教育を進めている大学です。皆さんは自らの将来について目標、夢をもって入学されたことと思いますが、これからの大学院での勉学・研究に全力を注ぐならば、皆さんの夢の実現に向けて、大きな一歩を踏み出すことができるものと確信しております。

 

さて、私は6年前に定年退職するまで、理学系研究科物理学専攻におきまして、教育研究にたずさわっておりました。振り返って見れば、この時代ほど幸せな時はなかったと申しあげることができます。それは何をおいても優秀な大学院生と共に、研究することができたことです。私の研究は理論の研究ですので毎日の研究活動は、机に向かって論文を読むか計算をする、また大学院生と議論をすることです。昼食と夕食は大学院の皆さんとともに生協の食堂でとり、研究の進捗状況から始まって、研究の動向、科学論、社会政治問題など議論し、語らったものです。

 

私の専門は、物質世界の最もミクロの世界を研究する素粒子物理学と、逆に物質世界の最もマクロな極限、宇宙の研究を進める天文学との分野融合的な分野、素粒子的宇宙物理学であります。その中でも、特に力を注いで進めた研究は、私達の住むこの宇宙そのものの創生の研究です。私達の住むこの世界、宇宙がどのように生まれたかということは人類の歴史が始まった頃から宗教や哲学の課題として問い続けられたもので、この人文学的課題に物理学で挑もうとする研究です。

現代の科学的宇宙論では、この宇宙は熱い火の玉、つまりビッグバンで始まったと考えられています。しかし、私が研究を始めた1970年代には、宇宙はなぜ火の玉で始まったか、まったくわかっておりませんでした。 私は2008年にノーベル賞に輝いた南部陽一郎先生、-南部先生は東京帝国大学を卒業された皆様の大先輩ですが―、南部先生の素粒子理論とアインシュタインの相対性理論を組み合わせて、素粒子のように小さかった空間が急激に膨張し、この急膨張の終わるとき、火の玉宇宙になるという理論を提唱しました。この理論は今日、インフレーション理論とよばれ、宇宙論のパラダイムとなっていますが、提唱当時は、まったく理論物理学の空理空論としか思われませんでした。 天文観測により宇宙は138億年前に誕生したことがわかってきましたが、138億年前の宇宙誕生の瞬間など観測できるはずがないと考えるのが一般的常識でしよう。しかし、30年後の今日、観測技術の飛躍的進歩により、大きく裏付けられるようになってきました。その理由は極めて簡単です。宇宙では遠くを観測すれば、より過去が見えるからです。例えば、一億光年先の宇宙を観測すれば一億年前の宇宙を観測したことになります。20世紀末から21世紀はじめにかけて、アメリカNASAの天文観測衛星は、極限的遠方から来ているマイクロ波電波を観測することにより、この理論を強く裏付けました。さらに、現在、東京大学の研究者も加わった日本のグループ、またヨーロッパやアメリカのグループによってインフレーション理論を実証する専用の人工衛星を打ち上げる計画も進んでおります。 その結果が待たれるところです。

つい私の研究の話を長くしてしまいましたが、幸いにも定年までの四半世紀に、研究室から40名余の修士課程修了者、30名余の博士課程修了者を送り出すことができました。多くは東京大学を始めとする大学や研究機関で、また民間企業で活躍しております。

私の大学院指導方針は修士課程においては、まず極めて狭い分野であっても指導教員も越えるような分野、小さな城を持てということでした。博士課程における指導方針は、この自分の城を拠点として、より広い分野の研究者とネットワークを作ること、特に国際的ネットワークを作れということでした。その中で自分の新たな研究課題を見つける、つまり問題発見能力を身につけよと言うことでした。グローバリゼーションの時代、国際会議も多く開催されます。国際会議に出席し、自分自身の研究成果を広く伝えることは重要なことですが、それ以上に国際会議出席の意義は、多くの研究者と知り合い、互いにファーストネームで呼び合うようなネットワークを作ることです。また、大学院時代に、1月でもより長期に1年でも、外国の大学、研究機関で研究することも、強くお薦めしたいと思います。私自身も若いころ知り合った同世代の海外研究者は、今も連絡を取り合う一生の友人となっています。若い時代に作られたネットワークは一生の財産であり、以後の研究の推進に大きく寄与します。

さて大学で進められる学術研究は、知的好奇心に基づき、自然界の真理を探究し、また人間・社会の課題を解決し、さらに新たな課題を発見する研究です。これにより人類社会の持続的発展の基盤を作り、人類の幸福に寄与するものです。皆様がそれぞれ進めようとしている、またすでに進めている研究も、実に多様なものでしょう。この真理の探究から、人間・社会の課題解決に至る多様な研究こそが、私達の国を、誇りある知の国としているのであり、またひいては国力の源となっております。

日本の学術研究は20世紀後半、日本経済の成長とともに飛躍的に発展し、21世紀初頭には、日本発の科学技術の論文の数は世界第2位となりました。また、21世紀になってからのノーベル賞受賞数は日本人11名となり、アメリカに次いで世界2位を誇っております。現在アメリカ国籍となっている南部、中村先生を加えると13名にもなります。

しかし、日本の学術の研究、特に大学における学術研究は、大きな危機に直面しております。我が国は、現在少子高齢化、人口減少などの深刻な問題を抱えております。国の予算のおよそ3分の1以上が借金でまかなわれています。科学研究費の増加は止まり、また国立大学の運営費交付金は毎年減額されております。さらに、日本発の研究論文の数の増加はほとんど止まり、2010年から2012年までの平均では世界第7位と急激に落ちこんでおります。

現在、私は、文部科学省のある審議会の委員を務めておりますが、この日本の学術研究の危機的状況を克服する方策について、1年を越えて議論し、この1月にはその結果を発表しております。ここはその内容を紹介する場ではありませんが、皆様の研究を進める上で、重要なことが指摘されておりますので、ひとつ、紹介したいと思います。

今日、多くの研究分野で、学際的・分野融合的領域の創出や、新たな研究領域の創成が強く求められております。実際、文部科学省・科学政策研究所の調査によれば、学際的・分野融合的研究領域の数が、2008年あたりから世界で急激に増加しております。しかし、残念ながら日本からの分野融合的領域での論文数の伸びは、少ないままになっております。いま日本の産業再生のために、科学技術イノベーションの重要性が強調されています。イノベーションの源泉となるものが学術研究ですが、日本の学術研究は、分野融合的領域、さらに新たな研究領域の創成において、大きく遅れをとっております。今、新たな研究領域の創成は、日本の大学に求められている喫緊の課題であります。

私は、最初にご紹介いただいたように、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 機構長として務めております。この法人は個々の大学単独では設置できない大型設備、施設、例えば巨大な天体望遠鏡や高エネルギー加速器などを開発・設置し、また基盤的な研究資料、設備を整備し、大学の研究者に利用していただき、世界最先端の研究を実施していただくための法人です。大学共同利用機関法人は4つ設置されていますが、私どもの自然科学研究機構はその1つで、宇宙の研究をおこなっている国立天文台をはじめ、自然科学系の5つの研究所から構成されています。私は、5年前、大学共同利用機関法人の任務として、従来の常識に縛られず、自由な新鮮な発想ができる若手研究者に、分野融合的研究にチャレンジしていただくために「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」を立ち上げました。ひとつの研究プロジェクトあたり、年間一千万円足らずではありますが毎年10件程度を採用しております。リスクのある研究で、すべてがうまくいっているわけではありませんが、初年度に採択したひとつのプロジェクトは、いま特許申請の段階まで進みました。このプロジェクトは国立天文台、ハワイのすばる望遠鏡で天文観測を進めている若手研究者と、基礎生物学研究所で植物細胞の研究をしている若手の方が連携し、国立天文台で開発された、空気の揺らぎによる星のイメージのぼやけを、光の波面をそろえることによって無くする補償光学の技術を、植物細胞などミクロ世界を観測する顕微鏡に応用し、新たなタイプの顕微鏡を開発しようというものです。近い将来、光をゆがめる媒質を通してしか、観測することしかできない生物医学分野で、広く使われる顕微鏡になるものと期待しております。皆さんも、大学院生であっても、若手研究者として、常識に縛られない新鮮な発想や、アイデイアを武器として、是非、分野融合的研究にチャレンジしていただきたいと思います。

 

この場におられる皆さんは、大学院修了後、大学、教育研究機関のみならず、広く民間企業、官公庁、また国際機関等、多様な場で活躍されると思います。その場合、その職場での仕事は直接大学院での研究と関係しない場合が多いかと思いますが、大学院での学術研究の経験は、言うまでもなく、そのような場合も仕事に大きく寄与します。研究を進める過程で身に着けた問題発見能力、問題解決能力は、分野をこえて皆さんの力となります。私の研究室で宇宙物理学の研究をしていた大学院生には、銀行、保険、シンクタンク会社などで活躍している方々もおります。宇宙物理学のような純粋学術研究も、厳しい世界的競争の中で成果を出さなければなりません。その厳しい競争の中で身につけた新しい課題を発見する能力、そして、それを解決するために身につけた数理的な解析能力によって、まったくの異分野でも強力な戦力となって活躍しております。

さて、長くなってしまいましたがこれで私の話を終えたいと思います。 この場におられる皆さんは将来にたいする不安を感じつつも、目標と夢を抱いて東京大学大学院に入学、進学されました。世界最高レベルの教育研究組織である東京大学大学院で、全力で学び、研究に励むなら、将来、必ずや皆さんの夢は実現することでしょう。

「意思あるところに道あり」、皆さん、どうぞ頑張ってください。

本日はおめでとうございます。

 

*)文部科学省 科学技術審議会学術分科会報告「学術研究の総合的な推進方策について」2015年1月

 

平成27年(2015年)4月13日
大学共同利用機関法人自然科学研究機構長、東京大学名誉教授  佐藤 勝彦

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