平成29年度東京大学学部入学式 教養学部長式辞

式辞・告辞集 平成29年度東京大学学部入学式 教養学部長式辞

 

3000人を超える新入生、そして約6000人のご家族のみなさま、その思い出に深く刻まれるであろうこの時をここに共有できることを光栄に存じます。

そして本学への入学を許可された新入生のみなさんが、本当に東京大学で学んでよかったとの深い喜びを抱いて卒業の日を迎えられることを心から願い、そのために本学の一員として微力を尽くしたいと考えます。

入学にあたり、新入生のみなさんには期待もあれば不安もあるでしょう。現在の心境も、各人各様かもしれません。大学で過ごす毎日が始まるこの時期に、これからの時間はどのような選択の場面なのか、ということをいくつかの観点から考えてもらいたいと思います。

 

まず自分自身にとっての選択。みなさんは、駒場キャンパスの教養学部において前期課程を過ごすことになります。東京大学は、高校卒業・大学入学段階の限られた知識・情報や先入観を頼りに学生がその専門を選択するのは適切ではないと考え、前期課程教育を通じて十分に見識を広げ、断片的な知見を関連づけ、的確な判断力を養ったうえで志望先を選択する体制を整えています。

後期課程のみならず、さらにその後の進路について、「自分の将来にはどのような選択肢があるのか」という問いに悩むことができるのは、数多くの選択肢と長い未来を持つみなさんの特権です。この特権を軽々に放棄する手はありません。たしかな情報と豊かな想像力をもって後悔のない選択をしてください。そのためには前期課程に在籍している間に意欲的に幅広く学ぶほかありません。学問を通じて人間が解こうと取り組んでいる問いは実にさまざまです。人間の知的活動の奥行きと広がりを、駒場キャンパスで実感してもらいたいと思います。

将来の選択について悩むことができるのは、みなさんの特権だと申し上げましたが、とは言え悩みは悩みです。それゆえそこに苦痛を感じる人もいるかもしれません。また学生生活を送るうえでの悩みは、将来の選択をめぐる不安に限られるものではないでしょう。みなさんを迎え入れる駒場キャンパスには、学生相談所、進学情報センターをはじめ各種の相談窓口がありますから、決して一人で思い悩まずに、みなさんの悩みに耳を傾けてくれる専門家たちを訪ねてください。

本日は、新入生の二倍の数のご家族もお見えですが、これまでみなさんを支えてくださったご家族と、この日の喜びを共にできることは幸運なことです。実は喜びを共にできることは必ずしも当たり前のことではありません。人間はその喜びを大切な人たちと共有できるときに充実を感じ、何等かの事情でそれを共有できないときに欠損を感じる存在です。みなさんの誕生から今日までの数々の喜びに加えて、これからの長い人生においても、たくさんの喜びを大切な人たちと共有して行けることを願います。

 

次に大学にとっての選択。ここで1877年の創設以来の本学の歴史を振り返る余裕はありません。ただ、2004年の国立大学法人への移行後、本学は、時間の経過とともに変化する財政状況等の制約条件の下で、本学の目指すべき目標をみずから定義してきたことを強調したいと思います。目標の設定は大学にとっての重要な選択です。関連して新入生のみなさんの注意を喚起しておきたいのは、大学が生み出す学術的知見に対する社会からの期待なしには、大学における教育・研究は成り立たないということです。ですから、みなさんが、就職という形で労働市場に参入する際のご自分の価値を高めることだけに専心して大学生活を送っては、社会からの期待を裏切ることになろうかと思います。

大学は、研究活動を通じて、人間社会が直面するさまざまな困難を回避するあるいは解決する学術的知見を広く社会に還元し、さらに、その教育活動を通じて、研究活動の知的成果の意味を正確に理解できる人材を養成するという使命を帯びています。そのためにも、みなさんには社会が直面するさまざまな課題の解決に携わることのできる知性に育ってもらいたいと思います。

 

選択を行うのは個人や大学にとどまりません。日本社会さらにそれを含む人類社会もまた選択を行います。時間的な制約がありますから、日本社会の選択と人類社会の選択についてはひとくくりにしてお話しさせてください。

日本社会は、人類がその歴史において再び経験することがあってはならない悲劇――ヒロシマ、ナガサキ、ミナマタ、フクシマなど――を経験しました。その過程で、人生における喜びを大切な人たちと共有することのできない人々を多数生み出しました。日本社会はその一方で、人類がいずれ経験するであろう新たな困難――超高齢社会の到来――にもいちはやく直面しつつあります。これらはいずれも天災ではなく、すべて人間の作為と不作為の産物です。このような問題が日本社会においてのみ発生しうる問題ではない以上、これらの困難に怯むことなく知的勇気をもって立ち向かうことを選択し、困難の克服に直接・間接に寄与しうる学術的知見を広く人類社会に提供することは、国境を越える価値を持つのではないでしょうか。

 

簡単な答えがある訳ではありません。まずは視野を大きく広げて、社会が直面する複数の問題が互いにどのように関連しているのかを意識して、複合的な現実を総合的に評価できるようになることが大切ではないかと思います。なぜなら、視野が限られていては、一つの問題の解決を意図する試みが、他の問題の発生につながることに気付かないからです。たとえば、現世代が直面する困難を短期的に緩和できるならば、次世代に「負の遺産」を残してよいというものではありません。このことは、エネルギー供給から社会保障に至るまで、持続可能性が問われる問題について考えてみれば明らかでしょう。学問をするものが近視眼的ではその見識を問われることになります。

そして人類がグローバルな諸課題を共有する以上、みなさんには、それらを克服するために国境を越えて協力することのできる人材に育ってもらいたいと思います。グローバル人材とは、グローバルに通用する論理的思考を明確に言語化する能力を持ち、対話相手の背後にある価値観に対する感受性と想像力をそなえた人材です。自分と同じ年月日に、しかし地球上の別の地点で誕生した若者と、対話をする場面を思い浮かべてください。その対話相手と、人間として深く理解しあうことができるようなコミュニケーション能力をみなさんはお持ちですか。豊かな人生を送るには、豊かなボキャブラリーと想像力を身につけることです。

 

最後に、以下のことを強調して、私からの祝辞を結びたいと思います。

性別を問わず、国籍を問わず、障がいの有無を問わず、本学において学生生活を送ったみなさんが、周囲からその見識と判断力とを信頼される人材として、日本社会のみならず国際社会の選択を牽引する存在となることを、心から願ってやみません。

 

 平成29年(2017年)4月12日
東京大学教養学部長  石田 淳

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