平成30年度東京大学大学院入学式 工学系研究科長式辞

式辞・告辞集 平成30年度東京大学大学院入学式 研究科長式辞

 

東京大学大学院に入学・進学された皆さん、皆さんの新たな門出にあたり、心よりお祝い申し上げます。またご家族や関係者の皆様にも、心からお慶び申し上げます。

これから皆さんは大学院生として修士課程、専門職学位課程、博士課程において、それぞれの目的にむけて、研究に取り組まれることになります。大学院に入学した皆さんにとって、大学院修了時の進路の選択が職を決める選択になります。現在、歴史上かつてない速度で社会が変化しています。この激しい変化の中で、自らのキャリアをどのように設計していくのかが、極めて重要です。

 

私自身のキャリアにおける転機について、少しお話ししたいと思います。私は1983年に本学工学部を卒業後、引き続き大学院工学系研究科に進みました。博士課程修了後に、九州大学工学部に助手として採用いただき、プロの研究者の道を歩みはじめました。三年間、九州大学で研究・教育に取り組んだ後、本学工学部附属総合試験所の助手に採用されました。当時、原子を一つ一つ操作する研究が発表されるなど、ナノテクノロジーが世の中の注目を集めはじめました。私は関連する分野の研究に大学院時代から取り組んでいましたが、21世紀に向けて何をすべきかを真剣に考え始めました。その中で出あった材料が、私が現在も研究を続けているゼオライトという結晶材料です。ゼオライト結晶中には分子サイズの空間が規則的に配列しており、空間の形や大きさで分子を識別することができるのです。私はこの結晶の構造の美しさに魅了されました。どうしたらこのような構造を創り出すことができるのかを知りたくなりました。私はゼオライト合成の研究を始めたくて、いてもたってもいられなくなりました。丁度その頃、オランダの大学と行っていた研究が様々なメディアで紹介され、関連の博士論文の審査を依頼されました。私はこの絶好のチャンスを利用して、ゼオライト合成の研究で私を雇ってくれる研究室を探すことにしました。現地での博士論文審査会の前後に二週間ほどをかけて、欧州と米国の七つの大学でセミナーを行い、私を売り込みました。最後に訪問したカリフォルニア工科大学で、ベストなオファーをいただき、一年間研究する機会をもつことができました。助手として研究をはじめて五年後、32才のときでした。帰国後は、研究室を移動し、助手・講師として三年余を過ごした後、助教授として自らの研究室を立ち上げることができました。私にとって、この助手時代の選択が、その後の私のキャリアを決定づけるものでした。

 

誰もが未来は現在の延長であると考えるものです。今の自分はこうだから、このような選択をしようと考えるのは自然なことです。これをキャリアのフォアキャスティングと呼びましょう。大学入学、本学の教養学部に在籍した方には二年時の進学選択、そして大学院入学と、皆さんにもこれまでに様々な転機があったものと思います。私にとっても、多くの転機での選択はフォアキャスティングによるものでした。一方で、助手時代の選択は、未来のありたい夢をバックキャスティングしたものでした。

 

さて、大学生・大学院生がキャリア選択に際し、勉学や研究の時間を犠牲にして就職活動に取り組まねばならない風潮が、昨今拡大しています。極めて深刻な状況です。学問を修める、そして研究を究めるためには時間が必要です。本学においては、一昨年度より、「本学卒業・修了予定者の就職・採用活動について」と題する採用する方々への要請を発表しています。一部を引用します。「本学では、本学の教育理念である『世界的視野をもった市民的エリート』の養成を基本としつつ、公共的な視点から主体的に行動し新たな価値創造に挑む『知のプロフェッショナル』の育成をはかり、卓越した専門性をそなえると同時に、多様な視点から自らの位置づけや役割を相対化することができ、謙虚でありながらも毅然として誇りに満ちた人間を社会に送り出す社会的使命を担っています。この本来果たすべき使命と責任を十分に認識し、その責務を果たすためには、就職・採用活動及び内定後にあってもその秩序を維持し、正常な学校教育と学生の学修環境を確保することが極めて重要であると考えています」。大学院生の皆さんにも、是非全文を読んでいただきたいと思います。本学においては、このようなメッセージを出すとともに、全学や各部局の学生支援部門で学部生・大学院生の就職の支援活動を強化しています。

 

現在、キャリアを考える上で、あまりにも多くの情報が溢れています。皆さんには、これらの情報に振りまわされることなく、未来のあるべき自らの姿を思い描き、そのバックキャスティングによるキャリア設計を行っていただきたいと思います。皆さんが考えている以上に、皆さんのまわりに様々なチャンスが潜在しています。我々も皆さんの夢の実現に向け、引き続き万全の体制をとります。皆さんが、自らの夢をキャリアとして具現化されることを祈って、私からのお祝いのメッセージにかえさせていただきます。

 

平成30年(2018年)4月12日
大学院工学系研究科長  大久保 達也
 

カテゴリナビ
アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる