本書は弥生文化と社会の形成過程と展開の特質を、縄文文化と比較しつつ、とくに東日本に焦点をあてて研究した書物で、5部からなります。
第1部は土器の分析を中心とした編年と年代研究の成果によって構成しました。縄文晩期の汎列島的土器編年を基点に、中部・関東地方における弥生土器の形成過程を論じて縄文土器からの系譜を強く引くという特色を描きだし、弥生時代開始の実年代については、AMS法による炭素14年代測定の結果を整理、検討しました。
第2部は生業問題で構成しました。レプリカ法と呼ばれる土器の表面の穀物圧痕の分析により、中部・関東地方の穀物栽培開始の実態を分析し、先行研究の成果を踏まえつつ、当該地方では雑穀栽培から農耕が始まるという弥生文化開始の地域的な特質を論じました。それは、土器と石器の変化や狩猟と漁撈活動にも当てはまります。
第3部は縄文から弥生時代に祖先祭祀がどのように変化するのか、気候変動などの背景もまじえて論じました。まず、文化人類学の祖先祭祀に対する考え方を応用して、縄文時代の再葬墓における祖先祭祀の機能を推定し、東日本の初期弥生時代における再葬にもその性格が引き継がれ、それは気候寒冷化を背景とする集団関係のあり方に規定されていることを述べました。西日本の弥生文化はそれとまったく異なる祖先祭祀を挙行しますが、その要因を中国から移入された思想的背景に求めました。
第4部は弥生文化に影響を与えた縄文系の文化要素に関する論考です。板付I式土器は北部九州の初期弥生土器ですが、そこに東北地方の縄文晩期亀ヶ岡系土器が影響を与えているという論を展開しました。大陸的な弥生文化を代表する銅鐸の成立にも、縄文土器の文様の影響がうかがえます。一方、祭祀遺物である東日本の土偶に農耕文化の影響が及び、縄文時代の女性土偶が男女一対の偶像に変化することを明らかにしました。以上のように、縄文系の文化と農耕文化が相互に影響を与えあうことによって弥生文化が形成されることを論じました。
第5部は弥生中期以降の本格的な弥生文化の形成について論じ、朝鮮半島から金属器が導入されて列島内に広まるなど縄文時代~弥生時代の最大の画期を弥生中期に見出し、その背後に交流が大きな役割を演じていることを論じました。
これまで、弥生文化の研究、とくにその形成過程の研究といえば西日本が中心となって展開されていたわけですが、本書では東日本を中心に議論をおこないました。それは、西日本と比べて東日本が縄文文化の伝統が根強いために西日本と異なる形成過程を描くことができる可能性があったからです。その結果、初期弥生文化のいくつかの文化要素に縄文文化が継承されている状況とその意義をとらえることができました。またそれは東日本に留まらず弥生文化全体、すなわち日本農耕文化形成全体の固有性にもかかわっていたことを明らかにした点に本書の意義があります。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 設楽 博己 / 2017)
本の目次
第I部 土器の様式編年と年代論
第1章 弥生土器の様式論
第2章 弥生時代の実年代をめぐって
第3章 弥生改訂年代と気候変動-SAKAGUCHI1982論文の再評価-
第4章 縄文晩期の東西交渉
第5章 中部地方における弥生土器の成立過程
第6章 浮線網状文土器の基準資料
第II部 生業論
第7章 食糧生産の本格化と食糧獲得技術の伝統
第8章 中部・関東地方の初期農耕
第9章 側面索孔燕形銛頭考
第10章 動物に対する儀礼の変化
第III部 社会変動と祖先祭祀
第11章 再葬の社会的背景-気候変動との対応関係-
第12章 縄文・弥生時代の親族組織と祖先祭祀
第13章 独立棟持柱建物と祖霊祭祀-弥生時代における祖先祭祀の諸形態-
第IV部 縄文系の弥生文化要素
第14章 板付I式土器成立における亀ヶ岡系土器の関与
第15章 遠賀川系土器における浮線網状文土器の影響
第16章 銅鐸文様の起源
第17章 弥生時代の男女像
第V部 交流と新たな社会の創造
第18章 弥生時代の交通と交易
第19章 関東地方の遠賀川系土器とその周辺
第20章 木目状縞模様のある磨製石剣
第21章 信濃地方と北部九州地方の文化交流
第22章 弥生中期という時代
終章 農耕文化複合と弥生文化