本書は、放送大学の2018年度から開講される授業科目「考古学」の印刷教材である。
考古学というと、遺跡の発掘と新しい発見を連想し、ロマンがあり華やかな学問と思う人も多いと思われるが、それは確かに考古学とかかわっているが、本来の目的は「人類社会の過去の復元」である。自分あるいは他の研究者の発掘により研究対象である考古資料を獲得したあと、膨大な資料を前にして、「どのような方法で、どのように分析」したら、目的に近づけるかを日々格闘しながら研究し、新しい成果を出している。その過程は、華やかさとはかけ離れた地道な作業である。
膨大な資料といったが、それは人類が残した資料のほんのわずかでしかない。有機物は地中で腐食し、遺構は古いものが新しいものに壊されたりと、過去の人類の生活は、長い歴史の全体にくらべれば、ごくわずかしか残っていない。さらに、活動の痕跡のうち、これまでに発掘された面積もわずかであり、地中にあってまだ発掘されていない遺跡が多いのも事実である。
人類社会の過去を復元する考古学は、歴史学としての考古学と人類学としての考古学という考え方に、大きく分かれている。前者は文献や金石文が古く出現したヨーロッパでおこり、後者は新大陸のアメリカで20世紀に入ってからおこった。もっとも大きな違いは、歴史学としての考古学は、地域ごとの人類社会の歴史を明らかにしていくのに対して、人類学としての考古学は、人類社会に共通する歴史の一般法則を見つけ出すことを目的としている。たとえば、農耕の出現や都市の発生のように、地域や時代をこえて人類発展の過程で現れる規則性である。どのように過去を復元していくかで違いがみられるが、どちらの考え方でも、扱う考古資料は同じであり、目的は「過去の復元」と共通している。したがって、考古学に共通したグランドセオリーを学ぶのが、本書の目的である。
15回にわたる講義のうち、第1章は「考古学とは何か」と題して全体を概観し、第2章以降の入門編とした。第2章から10章までは方法論やそれにもとづく考古資料の分析、隣接科学との学際的研究を述べる。たとえば第4章では、炭素14年代測定法について最先端の研究をおこなっている国立歴史民俗博物館の研究成果を紹介した。科学の知識がないと理解しにくいが、原理だけでも知ってもらいたいと思っている。これにより求められた年代は確定的なものではなく、第3章の型式学や層位学といった方法で求めた年代による検証が必要であり、それも紹介している。第11章から14章までは方法と分析の成果による地域の歴史を語り、第15章で現代社会とのかかわりを述べた。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 設楽 博己 / 2019)
本の目次
1 考古学とは何か………早乙女雅博
- 考古学とは何か
- 考古学の歴史
- 考古学と隣接科学
- 考古学の研究
- 野外調査とは
- 一般調査
- 発掘調査
- 近年利用できるようになった各種の野外調査技術
- まとめ
- 型式学と層位学
- 編年とその方法
- 時代区分の考古学的方法
- はじめに
- 被熱した年代を測定する方法
- 炭素14年代と年輪年代
- 高精度年代網の構築
- 空間分析の方法
- 分布の背景
- 分布圏と文化圏
- 人と自然
- 環境復元の諸相
- 道具材料の産地と獲得・交換
- 資源の構造と人の利用
- 狩猟・漁撈・採集生活
- 道具の製作と使用
- 旧石器時代の生活―遊動型狩猟民
- 縄文時代の生活―定着型狩猟漁撈採集民
- はじめに
- 農耕技術
- 金属器製作技術
- 戦いに関する技術
- 竪穴住居の出現
- 集落と社会構造
- 工人などの集落
- 考古学による精神文化へのアプローチ
- 人物造形品からさぐる先史時代の儀礼
- 銅鐸を用いた農耕儀礼
- 王権の儀礼と国家的な祭祀
- まとめ
- 旧石器時代
- 縄文時代
- 弥生時代と併行する時代
- 古墳時代
- 埴輪と須恵器
- 沖縄と北海道の考古文化
- 旧石器から新石器時代へ
- 青銅器時代
- 三国時代
- 海外の考古学
- 西アジアの考古学的課題
- 西アジア考古学を学ぶ意味
- まとめ
- 文化財の保存と活用
- 博物館と考古学
- 大学教育と考古学