岩波新書 <シリーズ日本中世史 3> 室町幕府と地方の社会
本書は1333年の鎌倉幕府が滅亡から1494 年の「明応の政変」と呼ばれる政変までの政治史と、その時代の社会の様子を概観したものである。この間は三つの時期に分けられる。
第一の時期は、鎌倉幕府の滅亡、後醍醐天皇による「建武政権」の樹立と早々の破綻、足利氏を将軍とする室町幕府の成立、室町幕府と「建武政権」の継承者である南朝との対立、室町幕府の内部の抗争などの戦乱を経て、足利義満のもとでようやく安定を見るまでの時期で、「南北朝時代」と呼ばれる。
第二の時期は、室町幕府による実効的な全国統治が行われていた時期で、狭義の「室町時代」と呼ばれる。室町幕府は武士が中心となった政権であるが、幕府が京都におかれたことによって、公私にわたって武士と公家の交流が盛んとなった。政権運営だけでなく、婚姻や文化行事でも両者の一体化が進み、公家・武士を包含した貴族社会が現出した。しかし、一見はなやかなこの時期にも、京都の幕府と、鎌倉におかれた関東統治のための機関 (鎌倉府) との対立や、幕府をささえる有力な大名家の内紛など、政治的な抗争の火種は消えていなかった。
第三の時期は、15世紀後半に起きた有力大名家の内部抗争を契機に、諸大名が二分して戦った応仁の乱と、その後、幕府が全国統治の実効性を次第に失っていく時期である。ただし、幕府の将軍たちはまた政権再生への意欲を失ってはおらず、16世紀の戦国時代とは異なる。
本書では、幕府政治や戦乱の詳細な過程や、歴代の将軍たちの個性による政策の違いよりも、歴代の将軍たちに共通する統治の原則を見出すことに意を注いだ。それが将軍の代始めに実施された次の二つの施策である。一つは、荘園制に基づく所領保証制度の維持と公正な裁判の遂行を宣言する「徳政」であり、もう一つが、武威の顕示のための軍事行動である。15世紀の室町幕府政治史上に見られるさまざまな政策や政治上の混乱は、この二つの観点から整理すると理解しやすくなる。
もう一点、本書で重点を置いたのは、室町時代は、現代にまで通じる社会慣行や文化の誕生した時代だという点である。教科書で取り上げられる茶道や能だけでなく、現在まで続く農村、漁村などの各地の集落の基本的な姿ができあがり、そこで催される祭礼が誕生したのもこの時代である。また、文字文化が地方社会に広まり、儒学的知識にもとづいた道徳観や、日本や中国の古典に取材した歴史知識に庶民が接するようになったのもこの時代である。その意味で、室町時代は現在につながる伝統の成立した時代といえる。ただし、こうした文化や社会のあり方は21世紀の現在、急速に変化している。私たちは今、600年続いた一つの時代の終焉に立ち会っているともいえる。そうした認識をもって、今、日本は何を失おうとしているのか、守るべきものは何なのかを考えることも必要であろう。
(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授 榎原 雅治 / 2018)
本の目次
第1章 建武政権と南北朝の内乱
第2章 もう一つの王朝時代
第3章 南北朝・室町時代の地方社会
第4章 室町公方の理想と現実
第5章 動乱の始まり
おわりに
関連情報
日本経済新聞 (朝刊) 2017年11月4日