能登半島地震と災害マップ──即時対応と継続的な支援のために
2024年1月1日に石川県能登半島で発生した地震は、津波や地盤の隆起など、大きな被害をもたらしました。現地に人が立ち入れない状況のなか、デジタルマップはどのように作成され、災害対策に活用されたのか、情報学環の渡邉英徳先生に聞きました。
── 能登半島地震が発生した直後、どのような情報発信をされましたか?
昨年2月のトルコ・シリア地震の際に実証されたように、衛星画像の活用により、被災状況を速やかに把握できます。しかし、能登半島全域の衛星画像を購入するためには、多額の費用が必要になります。日本政府は「情報収集衛星」を用いて日々情報収集を行なっているはずですが、能登半島のデータが公開されるまでには3週間もかかりました。こうした状況下で、クリエイター、研究者、ジャーナリストがすばやく連携し、さまざまな動きが生まれました。
今回、人工衛星企業のうちでは、東大発ベンチャーの「アクセルスペース」が、もっとも早く衛星画像を無料で公開しました。自社開発の衛星が、発災の翌朝に撮影した画像が、メディア・研究者など、希望者に提供されました。私はこのデータを活用して、震災前後の「輪島朝市」を比較した画像を、1月2日夜にX(旧ツイッター)に投稿しました。「MAXAR Technologies」など、欧米の高性能衛星と比べると性能はやや劣るものの、現地に入ることが困難な状況のなか、火災発生の状況などが速報的に確認できる衛星画像は、貴重な情報源になりました。
次に活用したのは、国土地理院による空中写真です。1月3日、デジタルコンテンツ制作企業の「スタジオダックビル」が、国土地理院の空中写真から3Dデータを作成したことをXで知り、すぐに連絡を取りました。国土地理院は、災害時に飛行機で空中写真を撮影し、公開してきています。しかし、一般の人々には知られておらず、わざわざ国土地理院のウェブサイトにアクセスするとは考えづらいです。そこで、スタジオダックビルとコラボレーションし、誰でも簡単にアクセスできるデジタルマップを公開することにしました。これまで作成したロシア・ウクライナ戦争やトルコ・シリア地震の被害状況を伝えるマップには、クリエイターが地上視点で作成した個々の建物の3Dデータを用いましたが、今回は、広範囲の空中写真から作成した3Dデータをはじめて活用しました。
空中写真で作る3Dマップ
── 空中写真から、どのような情報が読み取れたのでしょうか?
国土地理院の空中写真は、衛星画像とは異なる特性を持っています。飛行機が撮影しているため、宇宙空間から撮影される衛星画像のように広範囲をとらえることができません。そのため、津波被害が大きかった珠洲地区や輪島東地区の写真からスタートして、徐々に網羅される範囲が拡がっていきました。網羅性では衛星画像に劣りますが、空中写真はとても解像度が高く、さらに、画角の違う写真をコンピュータで処理すると、3Dモデルの「フォトグラメトリ」を作成することもできます。地上に近い視点から撮影するため、顔の前に指を立てて、右目と左目で見比べたときのような 「視差」が生じるのです。これは衛星画像にはないメリットです。
3Dマップを公開した1月3日時点で、マスメディアの現地取材は困難だったため、このマップは、被害状況を把握するための重要な手段となりました。例えば、孤立してしまった長橋集落(※本記事冒頭に掲載した発災前後の比較画像を参照)では、漁港の海底が地殻変動で隆起し、海面より上になっていることが確認できます。これでは船が着岸できません。つまり、集落に海からアクセスすることができなくなったのです。今回の地震では、もっとも激しい地点で4メートルほどの隆起があったとされています。また、集落につながる唯一の道路でも大規模ながけ崩れが発生し、陸路も断たれていたことが分かります。こうして多数の集落が孤立状態になってしまいました。ネット上では「ヘリコプターで救援するべきだ」といった意見も多数みられました。しかし、ヘリコプターが着陸するためには、ある程度の広さの平地が必要です。能登半島の地形は起伏に富んでおり、着陸する場所を探すためにも、3Dで地形を把握できるマップは有用でしょう。このマップには、1日で100万ページビュー以上のアクセスがありました。一般のかたによる現状把握はもちろん、テレビ局による取材と組み合わせた報道など、さまざまな用途に用いられました。
── 現在も、空中写真の更新は続いているのでしょうか?
国土地理院の空中写真は更新され続けており、私もマップを作成し続けています。震災前と震災後の画像をレイヤーにしてみると、今後、警戒する必要がある場所が把握できます。例えば、発災時にがけ崩れが起きた箇所が、2週間後には降雪で真っ白になっていることが分かります。春になると雪が溶け、再び土砂崩れを起こしたり、鉄砲水が集落に流れてきたり、ということも考えられます。巨大災害が起きたあとは、継続的に観測を続けることが重要です。この分析はNHKと共同で行ないました。
技術の応用で誰でも発信可能に
── マップは、実際にどのように利用されましたか?
これまでロシア・ウクライナ戦争やトルコ・シリア地震など、海外の被害状況を伝えるマップを作成してきましたが、今回の地震のマップは国内で最も活用された事例となりました。町野町においては、地元出身のかたによる安否確認にマップが活用されていました。衛星画像や空中写真は平面の情報なので、一見しただけでは、地形をともなう「読み方」が分かりません。3Dマップを公開することで、土地鑑のある地元のかたによるすみやかな情報発信が可能になり、災害対応に寄与できたということです。
また、デジタルマップ技術の活用事例として、読売新聞の記者たちが作成した「令和6年能登半島地震被災状況マップ」が挙げられます。実は昨年、東京大学の「学術指導」の仕組みを使い、東大1・2年生向けの授業と同等の内容を、記者たちに教えていました。この講習を受講した記者たちは、報道写真をすばやく3Dマップにまとめ、発災当日に公開しました。元日に発生した大災害で報道機関も混乱するなか、もっとも早かった事例と思われます。授業を通して技術を身につけた人々が、いざというとき、ボトムアップに自力でマップを作れることを証明してくれました。今後、どこで災害が起きたとしても、同じように即時対応し、効果的なコンテンツを作成できるでしょう。NHKとも、東京大学・NHK包括連携協定の一環として、記者向けのマッピング技術の講習会を開きたいと話しています。
── 今後、どのような展開が期待されるでしょうか?
マップ公開後、取材が殺到して対応が大変になってきたので、必要なクレジット付きで、任意の場所・時間の空中写真を直接ダウンロードできるウェブサイトを公開しました。これは、私から報道機関に向けた「自由に活用してください」というメッセージです。その後、番組等で活用されているようです。私を介さず、コンテンツが「自力で」歩み始める状況が生まれていることを実感しています。
加えて先ほどお話ししたように、技術を身につけた人々を、大学・報道機関をはじめ、社会のさまざまな場所で育てていくことにも力を入れていきます。空中写真を3Dデータに変換してマップを作る手法は、有用であることが確かめられましたが、特に難しい技術を要するものではありません。手法をまとめて公開することで、特定のクリエイターや企業、あるいは政府・自治体に頼らずとも、誰でもかんたんに使いこなせるマップを、誰もが自力で作成できます。こうして、正しい情報を速やかに入手・発信できる仕組みを浸透させていき、災害時には各自がボトムアップに・迅速に対応できる社会にしていけるといいですね。
渡邉英徳
WATANAVE Hidenori
情報学環・学際情報学府 教授
東京理科大学理工学部建築学科卒業。筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。2018年より現職。「ヒロシマ・アーカイブ」「忘れない:震災犠牲者の行動記録」「沖縄戦デジタルアーカイブ~戦世からぬ伝言~」などを制作。著書に『データを紡いで社会につなぐ』(講談社現代新書/2013年)、共著に『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書/2020年)など。
写真:中島みゆき
取材日:2024年2月28日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド