人文社会科学振興ワーキング・グループ最終報告書

「東京大学における人文社会科学の振興とその展望─東京大学人文社会科学振興ワーキング・グループ最終報告書」の公表にあたって


  1995(平成7)年11月15日に施行された「科学技術基本法」は、その第一条で「科学技術」を規定するにあたって、「人文科学のみに係るものを除く」と明記しています。
 それから25年を経た2020(令和2)年の第201回国会において、「科学技術基本法等の一部を改正する法律」が成立し、「人文科学のみに係る科学技術」が「科学技術基本法」の振興対象に加わることになりました。「人文科学のみに係る科学技術」は、ここにいわば復権を遂げたわけです。それと同時に、「科学技術基本法」には「イノベーションの創出」が振興対象に加わりました。これにより「科学技術基本法」は、2021(令和3)年4月施行を以て「科学技術・イノベーション基本法」に変更されることになります(https://www8.cao.go.jp/cstp/cst/kihonhou/mokuji.html  2021年1月26日アクセス)。
 こうした四半世紀にわたる動向のなかで、東京大学は濱田純一前総長の時代から人文社会科学の振興に係る議論と施策に着手しており、それは五神真総長に発展的に継承されました。五神総長が総長就任直後の2015(平成27)年10月に制定・公表した「東京大学ビジョン2020」には、「ビジョン1:〔研究〕新たな価値創造に挑む学術の戦略的展開」において、「[2]人文社会科学分野のさらなる活性化」が謳われたのです(https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b01_vision2020.html 2021年1月26日アクセス)。
 これにもとづき、東京大学では「人文社会科学振興ワーキング・グループ」が設置され、2016(平成28)年度から活動を継続してきました。このワーキング・グループは、「東京大学ビジョン2020」の最終年度となる今年度、最終報告書を取りまとめ、学内的にこの最終報告書を共有するとともに、学外的にも公表することとしました。
 最終報告書は、ワーキング・グループの所掌として企画立案し、実現に取り組んだ諸々の事業を個別に総括するとともに、ワーキング・グループ所掌外において本学で取り組まれ、人文社会科学振興にも資する各種事業の提示を行っています。また、ワーキング・グループの5年間におよぶ議論のなかから、重要と考えられる論点を取り出し、それを「総論」として概括しています。
 この「総論」では、我が国における学術的風土の歴史的な形成と、そのなかでの人文社会科学の位置づけから論を起こしつつ、「文系」対「理系」という、世界的に見れば20世紀後半に確立した学術区分のあり方に目を向けています。その上で最終報告書は、歴史的・文化的・社会的存在者としての「人間」を対象とするという、もっとも広い意味での人文社会科学のあり方にその学術的な基盤を求めつつ、人文社会科学の特質や研究評価のあり方について論述しています。
 その一方で最終報告書は、「人文社会科学」対「自然科学」、すなわち「文系」対「理系」という二分法を所与として無批判的・無自覚的に受け入れるのでなく、その区分をクロスカットすべき他のさまざまな学術分野の区分のあり方を提示しています。そして、それを以て、「人文社会科学」対「自然科学」、ないしは「文系」対「理系」という固定観念を今こそ相対化する必要性について強調しています。東京大学としても、「文系」分野、「理系」分野、さらには「文理融合」分野をも俯瞰する視座から、本学の学術振興を全体的に把握し、そのなかで人文社会科学振興を位置づける取り組みが必要不可欠であると提起しているのです。この観点から見るならば、文理という区分にとらわれることなく、多様な分野の多様な研究者を糾合しつつ、東京大学としての学術振興を多角的に検討することが必要であるといえるでしょう。
 我が国の学術が、ゲノム編集にせよ人工知能実装にせよ、文理のみならず、さまざまになされる学術区分を超越した地点から取り組むべき社会的課題に直面していることは明らかです。そうした社会の動向にも呼応しつつ、アカデミアは、そこに所属する研究者個人ないしは研究者コミュニティの自由と責任とによって不断の再編を受けうるものであることを自覚し、その自覚の上で学術活動を遂行することが、研究者個人にも研究者コミュニティにも求められているという認識が、最終報告書の基調となっています。
 
2021年2月17日
 
大学執行役・副学長
人文社会科学振興ワーキング・グループ座長
森山 工
 
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