ひょうたん島通信 第9回「柏崎さんの屋台のこと」ほか

ひょうたん島通信 第9回

 岩手県大槌町の大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターのすぐ目の前に、蓬莱(ほうらい)島という小さな島があります。井上ひさしの人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルともされるこの島は、「ひょうたん島」の愛称で大槌町の人々に親しまれてきました。ひょうたん島から毎月、沿岸センターと大槌町の復興の様子をお届けします。

「ひょうたん島通信 第9回」は、東京大学学内広報NO.1429 (2012.9.24)に掲載されたものです。

柏崎さんの屋台のこと

中井 祐(東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻教授)

 

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【写真】居酒屋ドン開店の日の柏崎浩美さんと美香子さん

 復興計画の支援で大槌に通いはじめて1年半、その間大槌の人たちとのさまざまな忘れがたい出会いがあります。なかでも、柏崎浩美さん、美香子さんご夫妻は、それをきっかけに大槌への思い入れが深まったという意味で、わたしにとって特別です。

  店を津波で失った柏崎さんは、昨年7月、あたり一面がれきだらけの小鎚神社の門前に、バラックの木造屋台で「居酒屋ドン」を開店しました。わたしは、助教の尾崎信君を中心とする研究室の仲間、そして日頃懇意にしているデザイナー南雲勝志さんとともに、屋台のデザインと製作の面から支援しました。はじめて柏崎さん夫妻と出会ってから屋台開店までのおおよそ1ヶ月半の経緯は省きますが、わたしたちが大切にしたのは、補助金や寄付に頼らず(つまり資金ゼロ)、人のつながりだけで、結(ゆい)の精神で実現する、ということです。周囲の人がすこしずつ協力や手間を無償で提供するかわりに、柏崎さんは、町の人たちが集まり語らい、わずかでも慰められる場所と時間を提供するのです。

 しかしこれこそ「言うは易し」の典型で、敷地を借りる交渉、材料の調達、製作場所や大工さんの確保、地面に敷く砂利の調達と整地、屋台の設計など、クリアすべき課題は山積でした。しかも、まだ被災の痕跡なまなましい極限的な状況下ですから、いま思えばわずか1ヶ月でよくぞ開店にこぎつけたものです。柏崎さんの人徳と大槌の共同体風土の賜物でしょう。壁にぶつかったときになぜか手をさしのべる人がでてくる(そのさしのべかたが一見ぶっきらぼうなのが、とても大槌らしいのです)。ほかの町で同じことを試みても、そううまくはいかないはずです。ですから、がれきだらけの暗闇の廃墟にぽつんと浮かび上がった居酒屋ドンの赤提灯は、大槌の人と風土の底力の一端を示していました。わたし自身、大槌の復興はかならず成る、と確信した瞬間でした。

 津波は、人間が生き抜くうえできわめてシビアな局面をもたらしました。こういう局面では、美しさや汚さ、強さや弱さといった人間のなまの性質が、すくなからずさらけ出される。しかし、そのなまの人間の芯の部分というのは、本来的に、情とか優しさだとかそういうものでできているのではないか。がれきの廃墟を照らした赤提灯、その下で自分たちはなにごともなかったかのように笑顔で酒と料理をふるまう柏崎さんご夫妻の姿を眺めながら、そんな気持ちになったことを思い出します。

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【写真】大槌美女3人を囲んで(中央が美香子さん)。後列は左から、すでにできあがっている、助教の尾崎信君、南雲勝志さん、筆者。

 11月、柏崎さんは屋台を大槌北小学校の仮設商店街に移して「屋台居酒屋みかドン」として再出発、屋台は3ヶ月で役割を終えました。何年後か、町が復興を果たして自分たちの日常を無事とりもどしたあと、あの再起の原点となった赤提灯の風景を思いながら、柏崎さんご夫妻と酒を酌み交わす、その日が待ち遠しくてなりません。

 

【かわべコラム】

被災地の声を電波にのせて―Raised on Radio―

(かわべコラム)国際沿岸海洋研究センター専門職員・川辺幸一です。大槌町にある沿岸センターで震災に遭いました。今は、釜石市から提供を受けた仮設住宅に住み、そこから大槌町中央公民館内にある復興準備室に通勤しています。

 

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 車で大槌町に来られる機会があるときには、カーラジオの周波数をFM 77.6MHzにあわせてみてください。

 2012年3月31日、臨時災害FM放送局として「おおつちさいがいエフエム」が開局しました。このFM局は、町から委託を受けた地元のNPO法人「まちづくり・ぐるっとおおつち」さんが運営しており、町民の方々がスタッフとして活動されています。

  スタジオは「ひょうたん島通信」第2回でも紹介した「シーサイドタウン マスト」の一角にあり、番組内容は「町民の声を伝える」をコンセプトとして復興計画や生活支援の情報、申請手続きといった各種行政情報などのほか、音楽やインタビューなどで構成されています。7月30日には沿岸センター長の大竹二雄教授も出演し、当センターの活動状況を紹介させていただきました。

  このコラム同様、被災地の声や様子を発信しつづけることが被災地支援の一貫となることに間違いはありません。その役割を担うこのFM局の存在は、今後ますます重要になってくると思います。

  町外避難者等への情報提供のために、Ustreamやサイマルラジオでの配信も開始されています。皆様もこのラジオを通じ、町の様子や町民の声を直接お聞きになってみてはいかがでしょうか。

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「ひょうたん島通信」第9回
制作: 大気海洋研究所広報室
掲載: 東京大学学内広報 NO.1429 (2012.9.24)

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