宮下保司教授 講演概要

公開講座・講演会 東京大学公開学術講演会

宮下 保司   MIYASHITA Yasushi

東京大学大学院医学系研究科 教授

*本年度 紫綬褒章受章
宮下保司


「見る・記憶する・想像する:脳科学の最先端」

 ヒトは、実在しないものや遠く離れた所にあるものを、あたかも眼の前に在るかのごとく想像する力、つまり「イメージを創る力」を備えています。古来、多くの哲学者がこの力に興味を持ちました。例えば、ジャン・ポール・サルトルは「想像力の問題」という著書の中で、「パンテオンのイメージを創ってごらん。その柱の数を数えられるかい?」という問いを出して、イメージと実際の視覚との差を論じています。このイメージを創る力が我々の脳のどのようなしくみによって実現されているのか、そのしくみは実在するものを見る通常の視覚と何が違うのか、最近の脳科学研究はこうした疑問に自然科学的な答えを与えつつあります―非常に簡単化した結論を述べれば―イメージを創る力の根本は脳の高次領野から低次の視覚領野へと情報を送り返す「逆向性」の情報の流れにあり、他方、実在するものを見る通常の視覚では、眼の網膜から脳の高次視覚野へ向かう「順向性」の情報の流れが主役となっています。まず順向性の情報処理を見てみましょう。ヒトの網膜もテレビカメラも、その最初の過程は似ています:二次元面に敷き詰められた多数の光受容素子が、飛んでくる光量子を電気信号に変換し、外の世界の明るさについての二次元マップをつくります。しかし、ヒトの脳はこの情報を自在に使います。コーヒーカップは、どんな角度から見ても、どんなに遠くにあっても、大きくても小さくても、コーヒーカップだと判かります。単純な金属のカップも、装飾過多の陶磁器のカップも、やはりコーヒーカップに見えます。こうした情報処理を脳は易々とこなしますが、コンピューターにやらせてみれば如何に難しいか直ぐに判明します。秘密は、この情報処理過程を媒介する手段として脳が様々な「世界の脳内表現」を形成することにあります。本講演では、見る・記憶する・想像する、という私達の能力が、脳内表現を媒介としてどのように実現されているかをお話しようと思います。
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