日本社会は、世界的に例を見ないほど急速な高齢化を経験しています。このような人口構造の急激な変動は、私たちの社会にさまざまな影響を及ぼすことが予想されます。格差や不平等の問題もその例外ではなく、高齢化が社会全体の不平等を拡大させるとの指摘もなされています。では、高齢化が急速に進む日本社会において、格差や不平等は具体的にどのような姿を取って現れているのでしょうか。また高齢化社会の格差・不平等問題に対して、私たちはどのような視角と手法によってアプローチすべきなのでしょうか。
本書は、これらの問題の検討を目的の1つとして実施された2015年SSM調査プロジェクトの成果の1つです。SSM調査というのは「社会階層と社会移動 (Social Stratification and Social Mobility) 全国調査」の略称で、日本の社会学者が大学の垣根を超えて、1955年から10年おきに実施している長い歴史を持った調査プロジェクトです。東京大学の白波瀬佐和子教授をプロジェクトリーダーとする2015年の調査では、高齢化社会の格差・不平等の問題をより重点的に扱うために、調査対象者の年齢の上限が従来の69歳から79歳に引き上げられ、また調査対象者の数自体も大きく拡大されました。これらにより、これまでのSSM調査では難しかったさまざまな分析が可能となっています。
2015年SSM調査プロジェクトの成果をまとめた全3巻の図書シリーズのうち、この第3巻には、主に人生の後期、すなわち壮年期から高齢期にかけての人々の暮らしや格差の問題を扱った13の章が収録されています。各章が扱っているテーマは、高齢者の就業機会、資産、生活水準、健康、住宅、格差意識、経済的脆弱性等のほか、階層移動・職業移動や教育達成、階層帰属意識など社会階層研究の中心的トピックに至るまで、多岐に渡っています。これらの分析から得られた知見の詳細については、直接本書をご覧になっていただければと思いますが、大まかにまとめれば、壮年期から高齢期にかけての人々の生活とその格差には、個々人のそれまでの人生のあゆみとそこにおける格差が色濃く反映されていること、また高齢期の人々の生活とその格差は、定年退職制度や年金制度をはじめとする社会の制度的条件の影響を大きく受けること、などが各章の分析からは示されています。
高齢者の格差・不平等という研究テーマは、単に高齢者に関してのみならず、社会全体の格差・不平等に対しても重要な知見をもたらしてくれるものと言えます。また今後高齢化がさらに進むにつれて、このテーマを研究することの重要性はますます高まるでしょう。世界的にも急速な高齢化を経験している日本社会を事例として、今後もこのテーマに関してさらに研究が進められていくことが期待されます。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 有田 伸 / 2022)
本の目次
I ライフコースと高齢者の地位・生活
1 稼得歴の推定を通じた男性高齢者の社会経済的格差分析 (有田 伸)
2 高齢者の健康と社会階層 (神林博史)
3 高齢期における住宅のアクセスの不平等 (竹ノ下弘久)
4 職歴の記述方法としてのRPD指標の提唱 (保田時男)
II 老年期の就業・職業キャリア
5 高齢期の社会階層と非正規雇用 (太郎丸 博)
6 定年退職期の職業移動 (吉岡洋介)
III 出身階層と達成
7 高齢者の出身階層と到達階層 (藤原 翔)
8 少子化社会における教育機会格差のゆくえ (濱中義隆)
9 地方国立大学卒業生の出身と到達 (平沢和司)
IV 高齢化社会の意識
10 地域の高齢化と格差意識 (数土直紀)
11 所属集団が規定する女性の階層帰属意識 (荒牧草平)
12 高齢期の経済的脆弱性と雇用・家族の履歴 (永吉希久子)
V 少子高齢化と社会階層論
13 超高齢社会の不平等 (白波瀬佐和子)
補論 2015年「社会階層と社会移動に関する全国調査 (SSM調査)」実施概要と回収状況 (白波瀬佐和子・三輪 哲)
関連情報
https://www.utp.or.jp/book/b601054.html
関連サイト
2015年 社会階層と社会移動 (SSM) 調査研究会
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/
関連動画:
白波瀬佐和子「超高齢社会・日本の未来:若者に着目して」― 高校生のための東京大学オープンキャンパス2016 模擬講義 (東大TV 2016年8月4日)
https://todai.tv/contents-list/2016FY/open-campus-lecture2016/2016-09
書評:
稲葉昭英 (慶應義塾大学文学部教授) 評「書評」 (『社会と調査』第30号 2023年3月)
https://jasr.or.jp/asr/new/
今井順 (上智大学総合人間科学部教授) 評「書評論文」 (『社会学評論』第73巻第4号292号 2023年3月)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsr/list/-char/ja
書籍紹介:
斉藤知洋「文献紹介」 (『家族社会学研究』34巻2号 2022年10月31日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoffamilysociology/34/2/34_153/_article/-char/ja/