[格差の連鎖と若者1] 教育とキャリア
『教育とキャリア』は、「格差の連鎖と若者」シリーズ3巻本のひとつとして刊行されたもので、東京大学社会科学研究所のパネル調査プロジェクトの研究成果である。21世紀にはいり、現代日本の若者を取り巻く社会・経済的な環境は大きく変貌してきた。学卒後に正規の仕事につき働き続け、交際を経て結婚し子どもを育てるというライフコースの軌跡は、以前では当然のもととして受け入れられていたが、もはや標準として考えることはできなくなっている。にもかかわらず、ひとりひとりの若者は、社会に貢献する責任あるメンバーとしての「大人」へと巣立っていかなければならない。
東大社研パネル調査プロジェクトは、若年者を対象とした追跡 (パネル) 調査を2007年から毎年実施することで、若年者の職業キャリアや家族形成に関わるライフコースの流れを「大人への移行」の過程として多面的・総合的に捉えることを目指している。第1巻『教育とキャリア』では、学校から職業への移行と初期の職業キャリア形成に焦点を当て、第2巻『結婚と若者』では交際から結婚への移行と夫婦関係を取り上げ、第3巻『ライフデザインと希望』では、若年者の希望などに関する意識と人生設計についての考え方の変遷について論じている。このシリーズでは、若年者が辿る多面的なライフコースの軌跡を跡付けると同時に、様々なライフイベントを経験していく中で格差・不平等がどのように生成され、連鎖・蓄積していくのかを分析することを目的としている。
『教育とキャリア』では、学歴取得、職業キャリアの達成過程での格差の生成・連鎖・蓄積を論じる。生れ落ちた出身家庭における様々な格差が、どのように教育機会や初職の有利さ・不利さに影響を与えているのか、初発の格差がその後の若年者の人生のなかで拡大していくのか、それともセカンド・チャンスにより不利を克服し格差が縮小していくのかを、実証的な調査データの計量的な分析により明らかにしている。本書の分析によれば、初期の家庭環境による格差は、学歴の達成、職業的地位の達成の過程を経る中で、消滅することなく維持され連鎖するメカニズムがあることが明らかになった。格差が「連鎖する」ということは、生まれによる格差がライフコースの過程で拡大し、有利なものと不利なものの差がますます開いていくわけではないことを意味している。しかし他方では、初期の格差が縮小していくわけではなく、有利なものは有利なまま、不利なものは不利な状態が維持されていることを意味している。
本書では、「格差の連鎖」が確認された学歴達成と職業キャリア形成の過程に焦点を当て、第1部では教育と労働市場の関連を取り上げ、第2部では入職後の職業キャリアを論じる。具体的なテーマとしては、学校を経由した就職とその帰結、学歴インフレーションと学歴効用の変容、新規学卒一括採用制度の特徴、正規職・非正規職の分断、貧困の連鎖、無業と社会的孤立の循環的な関係などである。
(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 石田 浩 / 2017)
本の目次
総論 ライフコースから考える若者の格差[石田 浩]
序章 格差の連鎖・蓄積と若者[石田 浩]
第I部 学校から仕事への移行
第1章 学校経由の就職活動と初職[大島真夫]
第2章 教育拡大と学歴の効用と変容─日本型学歴インフレの進行[苅谷剛彦]
第3章 新卒一括採用制度の日本的特徴とその帰結─大卒者の「入職の遅れ」は何をもたらすか?[有田 伸]
第II部 初期キャリアの格差
第4章 正規/非正規の移動障壁と非正規雇用からの脱出可能性[中澤 渉]
第5章 現代日本の若年層の貧困─その動態と階層・ライフイベントとの関連[林 雄亮]
第6章 社会的孤立と無業の悪循環[石田賢示]
終章 教育とキャリアにみる若者の格差[石田 浩]