都市経営時代のアーバンデザイン
海外都市の都市計画やアーバンデザインの動向を継続的に調査してきたグループの最新の研究成果をとりまとめた一冊である。先進的な試みを行っている欧米、アジア、日本の諸都市のアーバンデザインの試みの中に、これからのアーバンデザインが目指すべき新しい方向性を共有できる視点を見出すことを目的とし、調査、分析の結果として、「ハードとソフトを合わせて統合的に都市をマネジメントすることに責任を持たねばならない時代」と定義した「都市経営時代」という時代認識を提示した点に、本書の社会的、学術的な意義がある。そして本書は、アーバンデザインの歴史的展開において、建築デザインの延長線上に生まれた、「図」を描く「空間設計としてのアーバンデザイン」、都市計画との関係をより強め、「図」だけでなく「地」にも対象を広げた「公共政策としてのアーバンデザイン」のその先にあるものとして、「図」でも「地」でもなく、それらを舞台として展開される「生活文化」そのものを描き出すアーバンデザイン=「都市文化政策としてのアーバンデザイン」を提起したのである。「生活者の文化の力を信頼し、都市のあり方そのものを見直すこと、言い換えると、都市生活そのものを文化の文脈で見直すという都市の文化政策の一翼を担うものとしてのアーバンデザイン」である。
本書は「都市経営時代」のアーバンデザインの解くべき課題に応じて、3部構成をとる。第1部「人口減少時代のアーバンデザイン」では、都市像そのものが生まれ、共有されていく過程を全体として構想し、地域住民との合意をダイナミックに仕掛け、関与していくアーバンデザインについて議論を展開している。第2部「成熟社会を支えるアーバンデザイン」では、文化政策としての魅力ある都市づくりの推進や、路上のアクティヴィティの復活などのアーバンデザインのボキャブラリの実現によって側面的に都市の多様性や持続可能性への貢献を模索している。そして、第3部「都市生活のデザインへ向かう合意形成とリーダーシップ」では、都市空間をデザインするというよりも都市生活をデザインすることから戦略的な合意形成を目指し、「共有できる都市生活の実感を梃子にアーバンデザインの実践を進めていこうという都市戦略について、解説を行っている。各章は都市政策の背景にある各都市固有の課題にも深く切り込みつつ、アーバンデザインが生み出す具体の都市空間、都市生活のありようを各著者それぞれの筆致で生き生きと描き出している。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 准教授 中島 直人 / 2018)
本の目次
はじめに
1部 人口減少時代のアーバンデザイン
1章 積極的な非都市化を進める ── デトロイト
高梨遼太朗・黒瀬武史
1・1 人口減少と荒廃の先に
1・2 荒廃の経緯と特徴
1・3 草の根活動の広がり
1・4 選択と集中計画の試行錯誤
1・5 戦略的長期計画デトロイト・フューチャー・シティ (DFC) と都市計画の地と図の反転
1・6 DFCの影響と限界
1・7 地区単位の積極的非都市化への到達過程
2章 縮退工業都市の戦略とブラウンフィールド ── バッファロー
黒瀬武史
2・1 縮退都市とブラウンフィールド問題
2・2 縮退工業都市の未来を拓く
2・3 ブラウンフィールド再生を地区の再生に繋げる
2・4 工業都市の再生を促す産業と戦略
3章 成長都市から定常化へのパラダイムシフト ── シュトゥットガルト
坂本英之
3・1 ドイツ都市のパラダイムシフト
3・2 ドイツ都市計画の特徴
3・3 土地利用の原型をつくったバウシュタッフェルプラン
3・4 シュトゥットガルト市の都市計画の動向
3・5 インテグレートされた都市開発プログラム
3・6 シュトゥットガルト21と州民投票
3・7 丘陵地の整備 ──グリーンUからグリーンリングへ
3・8 生活者の都市シュトゥットガルト
4章 原発被災地域の復興における経営 ── 福島県南相馬市小高区
窪田亜矢
4・1 経営概念と原発被災地域
4・2 福島県南相馬市小高区の事例分析
4・3 原発被災地域の復興における経営
2部 成熟社会を支えるアーバンデザイン
5章 社会的弱者と向き合うポスト都市再生のアーバンデザイン ── バルセロナ
阿部大輔
5・1 空間再生のバルセロナ・モデルの系譜
5・2 公共空間主導の地区再生 ──「つくる」からマネジメントへ
5・3 バルセロナ都市再生の光と陰
5・4 社会的包摂を支えるアーバンデザイン
6章 革新的ランドスケープを用いたアーバンデザイン ── ミラノと柏の葉
宮脇 勝
6・1 ミラノ垂直の森
6・2 柏の葉アーバンデザイン
6・3 ランドスケープを主軸にアーバンデザインを考える意義
7章 文化芸術創造都市からインナーハーバー再生戦略へ ── 横浜
野原 卓・鈴木伸治
7・1 「港町」横浜の誇りと再生 ──海都横浜の誕生と遺伝子
7・2 横浜の都市デザイン ──六大事業から文化芸術創造都市へ
7・3 クリエイティブシティ・ヨコハマによる都心再生戦略
7・4 創造界隈拠点形成によるツボ押し戦略
7・5 インナーハーバー再生戦略
7・6 横浜都市戦略のゆくえ
8章 保全型アーバンデザインから創造都市戦略へ ── 台北
楊 惠亘・柏原沙織・鈴木伸治
8・1 変化するアーバンデザイン像
8・2 台北におけるアーバンデザインの変遷
8・3 歴史地区保全とアーバンデザイン
8・4 URSの仕組みと展開
8・5 産業遺産の保全と活用
8・6 北門における景観保存
8・7 実験を重ねるアーバンデザイン
3部 都市生活のデザインへ向かう「合意形成とリーダーシップ」
9章 企業経営者ブルームバーグ市長のもとでの都市空間再編 ── ニューヨーク
中島直人
9・1 再び、アーバンデザインの先進地へ
9・2 都市空間を再編する長期ビジョンとリゾーニング
9・3 都市のイメージを刷新する新たな公共空間の創出
9・4 ブルームバーグ以後のニューヨーク
10章 斜陽都市を欧州文化首都に押し上げる大統領と市長の牽引力 ── マルセイユ
鳥海基樹
10・1 地方分権性善説を疑う
10・2 文化政策を梃子とした都市再生
10・3 アーバンデザイン・ニュー・ディール
10・4 凋落都市から欧州文化首都へ
11章 広域自治体大ロンドン庁による歴史的都市景観の形成戦略 ── ロンドン
岡村 祐
11・1 計画主導によるスカイラインの形成
11・2 広域的眺望景観の保全
──ランドマークへの眺めの保全から多様なスカイラインの形成へ
11・3 世界遺産の周辺環境の保全
──バッファゾーンによらない世界遺産周辺エリアの保護手法の開発
11・4 「新たな」歴史的都市景観の探求
12章 自転車都市にみる都市再生と合意形成 ── フローニンゲン
坪原紳二
12・1 オランダを代表する自転車都市
12・2 都心に出会い機能を再生する
12・3 住宅地の史跡公園を再生する
12・4 都心の歩行空間を再生する
12・5 自転車都市のブランド化
関連情報
豊嶋純一 評 (UDW 特定非営利活動法人 都市デザインワークス)
http://www.udworks.net/archives/book-review/urbandesigncitymanagement
出版記念イベント:
『都市経営時代のアーバンデザイン』著者チーム (中島直人、阿部大輔) X 都市空間のつくり方研究会 (学芸出版社 2017年5月29日)
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1705urban/
著者インタビュー:
連載【都市論の潮流はどこへ 第1回】/中島直人/聞き手:松田達
中島直人インタビュー「 20世紀前半の都市論―1910年代の断面図 (1/3):イギリス、ドイツ、スペイン、フランス」 (建築討論 2018年3月2日)
連載【都市論の潮流はどこへ 第2回】/中島直人/聞き手:松田達
中島直人インタビュー「 20世紀前半の都市論―1910年代の断面図 (2/3):カミロ・ジッテ、ヴェルナー・ヘーゲマン、ル・コルビュジエ」 (建築討論 2018年3月26日)
連載【都市論の潮流はどこへ 第3回】/中島直人/聞き手:松田達
中島直人インタビュー「 20世紀前半の都市論―1910年代の断面図 (3/3):日本の都市計画創成期、アメリカのアーバニズム論」 (建築討論 2018年4月30日)