平成27年度東京大学学部入学式 総長式辞

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式辞・告辞集 平成27年度東京大学学部入学式 総長式辞

 

本日ここに東京大学に入学された新入生の皆さんに、東京大学の教職員を代表して、心からお祝いと歓迎の意を表します。皆さんを新たな仲間として東京大学にお迎えすることは、私たち教職員にとっても大変喜ばしいことです。

目標としてきた東大入試を突破し、念願が叶ったという喜びと、大学での新しい生活への期待に胸を膨らませていることと思います。東京大学の恵まれた教育環境を思う存分に活用して、大きく成長してください。

ご列席のご家族の方々にも、心からお喜び申し上げます。皆さんが大切に育んでこられたお子さんが、東京大学でその能力をさらに大きく伸ばすことができるよう、私たち教職員も全力を尽くしたいと思います。

 

本日入学された皆様は3,144名です。うち、女子学生は580名、外国人留学生は38名です。あとで詳しくお話しするように、東京大学は、多様性を大切にしたいと考えています。それは、優れた人材が育つためには、多様な人材が集まって切磋琢磨する環境が不可欠だからです。東京大学には、全ての都道府県の出身者が在籍しています。その点では多様性に富む大学と言えます。しかし、女子学生と外国人留学生の比率については、残念ながら私たちの期待する水準には至っていません。私は、東京大学の学生の多様性をさらに豊かなものにしていかねばならないと考えています。

新入生の中には、東日本大震災で大きな被害を受けた地域から進学された方々も含まれています。中学生のときに大震災に遭い、復旧復興が進む中で高校時代を過ごし、困難な環境の中で勉学に励まれ、そして今日この日を迎えられました。ハンディキャップを乗り越えたご努力に、心より敬意を表します。大震災発生から4年の歳月が流れました。しかし、復興はいまだ道半ばです。東京大学はこの間、濱田前総長の下で、多くの教職員や学生が様々な復興支援の活動を行ってまいりました。これからも、復興にむけた貢献を続けていく決意でおります。新入生の皆さんも、復興支援のボランティアの輪にぜひ積極的に加わってください。

 

さて、東京大学は1877年(明治10年)4月12日に創立されました。昨日が東京大学の138回目の誕生日です。皆さんが3年生に進学するときに、東京大学は創立140周年を迎えることになります。

東京大学の前身である蕃書調所は1857年、種痘所は1858年の幕末期に設立されました。明治期に入り、文明開化の時代になると、西洋諸国の近代化の成果を一気に導入することが必要になりました。その中枢的役割を担うために東京大学が設立されました。そこで教育の中心的役割を担ったのは、西洋諸国から招聘した外国人教師、いわゆるお雇い外国人で、講義はほとんど外国語で行われていました。設立当初の東京大学は、今よりもはるかに国際化していたのです。

東京大学は、1886年(明治19年)に公布された帝国大学令によって帝国大学に改組され、総合大学としての原型が整いました。その際に、工部省が所管していた工部大学校が帝国大学に統合されました。これは実は、世界史的に見て画期的な試みだったのです。中世ヨーロッパに起源を持つ西洋諸国では、大学は、医学、理学、法学、文学などの古典的な学問を教育研究する組織であり、工学のような実用技術は大学では取り扱わないとする考えが支配的だったのです。東京大学は、工学を学問として、他の古典的な学問と同格で総合大学の構成要素と位置付けたわけです。これは世界で初めてだったのです。現在では、欧米の大学に工学部が設置されているのは普通のことになりましたが、東京大学のこの試みは、先駆的なアイディアだったのです。

この頃既に、東京大学から優れた人材が育ちはじめていました。アドレナリンの結晶抽出に成功した高峰譲吉、緯度変化のZ項を発見した木村栄、土星型原子模型を提唱した長岡半太郎など、教科書に紹介されているような著名な研究者は、いずれも東京大学の創設期の卒業生です。彼らは、単に西洋の先進的な学術を学んだだけでなく、それぞれの領域で従来の学問の常識を超える、世界最先端の学術成果をあげた人物たちです。

高峰たちのように、知識を武器として活動し、既存の常識を超える新たな発明や発見をし、そのことを通じて世界を舞台に、人類社会に貢献するような人物を、私は「知のプロフェッショナル」と呼びたいと思います。高峰たちは傑出した「知のプロフェッショナル」ではありますが、彼らは決して例外ではありません。私は、東京大学総長として、東京大学で学ぶ全ての学生諸君が「知のプロフェッショナル」になって欲しいと願っています。またそれは可能なことであると確信しています。

それでは、どうしたら皆さんは「知のプロフェッショナル」になることができるのでしょうか。

 

「知のプロフェッショナル」になるためには、当然のことながら、それぞれの専門領域で最先端の知識を身に付けなくてはなりません。皆さんがこれから身に付けなければならない専門知識はきわめて高度なものですが、東大入試に合格した皆さんなら、よほど怠けない限り、十分に咀嚼可能でしょう。しかし、いかに高度であっても、単に既存の知識を吸収するだけでは、不十分なのです。皆さんが、既存の知識の限界を突破する「知のプロフェッショナル」になるためには、最先端の知識を身に付けることに加えて、3つの基礎力を身につけることが不可欠だと私は考えています。

 

第1の基礎力、それは、「自ら新しいアイディアや発想を生み出す力」です。

高等学校では、身につけるべき知識はあらかじめ定められていました。その知識を学び取ることが即ち学習でした。東京大学の入学試験においても、高等学校の学習指導要領の範囲を超えた問題を出題しないことを原則にしています。ですから、皆さんがこれまで励んでこられた受験勉強は、いわば有限の枠内における勉強だったのです。それに対して、東京大学におけるこれからの学びは、自由であり、かつ無限です。そもそも大学には指導要領など存在しません。東京大学では世界最先端の知の探求を目指し、日々研究がすすめられています。大学教育はその最先端の知の担い手を育成することを目指しています。世界の最先端には、先人によるお手本はありません。これまでのように先生が授業で教えてくれたことに満足するだけでは、既存の知の限界を突破することは永遠にできません。そこで求められるのは、「自ら新しいアイディアや発想を生み出す力」なのです。

 

第2の基礎力は、「考え続ける忍耐力」です。

東京大学の入学試験では、受験生が持っている知識の多さよりも、持っている知識を組み合わせて解を導く力、すなわち「考える力」を重視しています。ですから、東京大学の入学試験に合格した皆さんは、優れた「考える力」を持っていると言えます。しかし、東京大学の学びで求められる「考える力」は、それよりもはるかに高い水準のものなのです。というのも、入学試験では解答時間が決まっています。問題を解くために考える時間は、せいぜい2時間か3時間です。そして、試験問題には基本的に正解が存在します。それに対して、最先端の知を追求する大学の学びでは、どうすれば正解に辿り着けるのか誰にも分かりません。そもそも正解があるのかも分からないのです。そこで求められるのは、単なる「考える力」ではなく、「考え続ける力」なのです。考え続ける期間は、何日も、何週間も、時には何ヶ月にも及ぶかもしれません。ですから、それは「考え続ける忍耐力」と呼ぶべき力なのです。天才の一瞬の閃きによって生み出されたとされる歴史的な発見であっても、実は、殆どの場合、「考え続ける忍耐力」の産物なのです。

 

第3の基礎力は、「自ら原理に立ち戻って考える力」です。

大学での学びを通じて、皆さんはそれぞれの専攻する専門分野を選び、やがてそれぞれの専門分野におけるエキスパートとして活躍することになるでしょう。学問は、高度化すればするほど専門化し、細分化される傾向があります。細分化が進む中で、袋小路に迷い込んだ経験を持たない幸運な研究者は、むしろ稀です。袋小路に迷い込んだ時、研究者を救うのは、「自ら原理に立ち戻って考える力」なのです。原理に立ち戻ることで、自分が今どこに立っているのかを確認し、進むべき方向を見いだすのです。

 

これまでお話ししたことから、東京大学における学びが、高校時代の学習や受験勉強とは質的に大きく異なるものであることはご理解頂けたと思います。皆さんは、東京大学に合格して、受験勉強から解放されました。そしてそれは、「自ら新しいアイディアや発想を出す力」、「考え続ける忍耐力」、「自ら原理に立ち戻って考える力」という3つの基礎力を身につけるための、新たな学びへのスタートに他ならないのです。

受験勉強からこの新たな学びへの転換には、ギアチェンジが必要になります。東京大学は、濱田前総長のもとで「学部教育の総合的改革」と呼ばれる大規模な教育改革に取り組んできました。それは、みなさんがこのギアチェンジをスムースに行えるようにするためのものです。新入生が最初の1年間、大学を休学し、自ら作った計画に基づいて様々な体験活動に取り組む初年次長期自主活動プログラム(FLYプログラム)、自らが選択して多様な活動を経験する体験活動プログラムなどがあります。また、皆さんの学年から始まる、初年次ゼミナールでは、様々な分野の第一線で活躍する教員が、少人数のクラスで、自らの研究体験を踏まえながら、大学での学びについて語り、皆さんの知的好奇心に火を付けたいと思っています。ここではこれらのプログラムの詳細な説明は省きますが、皆さんの新たな学びへの挑戦を応援しています。どうか存分に活用してください。

 

さて、大学の学びの中で3つの基礎力を身に付けた皆さんは、「知のプロフェッショナル」に向けて次第に歩んでいくことになります。そこで、皆さんがこれから「知のプロフェッショナル」になる上で欠かせないのが、「何のために」という問いに答えることなのです。

この問いに対する答えを見つけるのは皆さん自身です。私たち教員は答えを教えることはできません。しかし、皆さんに対して、それぞれの専門を生かして、人類の抱える諸問題を解決することに貢献していただきたいと願うことは、許されると思います。

20世紀は「科学技術の世紀」と呼ばれ、科学技術の多くの分野で目覚ましい革新が生み出されました。21世紀に入って、変革の速度はますます増しています。科学技術の発展は、かつて人類が抱えていた多くの問題を解決しましたが、同時に新たな問題を発生させました。例えば資源の枯渇、環境破壊、世界金融不安、地域間の格差拡大等です。これらは地球規模の深刻な問題であり、人類の存続を脅かしています。私たちは、人類の未来のために、学問の力を通じてこれらの諸問題の解決に貢献する責任があります。皆さんは是非、それぞれの専門を生かして、これらの諸問題を解決することに挑戦し、貢献してください。

 

これらの課題は、いずれも難問です。こうした難問を解決するのに必要なものは何か。私は、「多様性すなわちダイバーシティー(diversity)の尊重」そして「自己を相対化する視野」の二つが絶対に必要であると考えています。

「多様性の尊重」が必要なのは、これらの正解の分からない難問を解くためには、多様な観点から様々な知恵を出し合うことが不可欠だからです。その前提として、多様性が尊重されなくてはなりません。多様性の尊重とは、人々の国籍、性別、年齢、言語、文化、宗教などの違いを大切にし、互いの個性を尊重することです。現在急速に進行しつつあるグローバル化は、人々の生活をフラット化する、すなわち画一化する方向に導く傾向があります。しかし、個性を塗りつぶして、皆が同じような生活をする社会は人類の進むべき方向ではないはずです。

私は、グローバル化の中で顕在化してきている問題を解決するためには、むしろ画一化の対極にある多様性の尊重が不可欠だと考えています。多様性が尊重される社会において、人々が異なる視座からの知恵を出しあい、地域や国境を越えて共に行動し、協力して社会をよりよい状態に導くのです。すなわち「多様性を活力とする協働」が地球規模で行われることこそ、真のグローバル化の姿でなくてはなりません。

 

「多様性を活力とする協働」とは、自らと異なるものを理解し、互いの違いを尊重しあいながら協力することです。そのために求められるのが、私のいう「自己を相対化する視野」なのです。皆さんがこれから学ぶ駒場の教養学部は、「自己を相対化する視野」を獲得するための絶好の条件が整っています。東京大学に入学した全ての新入生が学ぶ教養学部には、全国、そして海外から多様な学生が集まっています。皆さんは、クラスだけではなく、課外活動や学生寮での生活などを通して、自分とは異なるバックグラウンドを持つ友人を見つけ、意識して交流してください。私自身も、教養学部時代のサークル活動で培った、文系理系を越えた交流は、生涯の貴重な財産になっています。

皆さんは、これから教養学部で学ぶ中で、自ら進むべき専門分野を見極め、選ぶことになります。しかし、私は皆さんに対して、あえて、自らの選ぶ専門分野の対極にあるような学問に触れ、自らの専門についてもそれを相対化する視野を教養学部時代に身に付けることを、強く勧めたいのです。文系の皆さんは、自然科学の最先端の学問に是非触れてみてください。理系の皆さんは、文化や社会の在り方に関する人類の叡智に是非触れてみてください。せっかくの機会を素通りして卒業してしまってはもったいないのです。

このように自らと異なるものとの交流を体験することを通じて、皆さんは「自己を相対化する視野」を獲得することができるでしょう。そしてそれは、「知のプロフェショナル」として活動するはずの皆さんの可能性を大きく拡げるはずです。

 

私は、この4月1日に東京大学総長に就任したばかりです。皆さんと同じ1年生です。東京大学の教育研究の水準をさらに高度なものとすることに努め、皆さんが東京大学を卒業するとき、「東京大学で学んでよかった」と心から思えるような大学にしたいと考えています。伝統は守るだけのものではなく、創り出すものです。皆さん、是非一緒に東京大学の新しい伝統を創っていきましょう。

最後になりますが、何事を成し遂げるにも健康が第一です。その為には規則正しい生活をすることがなによりです。規則正しい生活をする秘訣をお教えしましょう。まず、朝、きちんと起きて朝食をしっかり食べること、そして授業に出席することです。

「知のプロフェッショナル」を目指して大きく成長してください。皆さんのご健闘を祈ります。

 

平成27年(2015年)4月13日
東京大学総長  五神 真

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