平成29年度学位記授与式総長告辞

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式辞・告辞集 平成29年度東京大学学位記授与式 総長告辞

 

本日ここに学位記を授与される皆さん、おめでとうございます。晴れてこの日を迎えられた皆さん、東京大学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。本年度は、修士課程2,990名、博士課程1,096名、専門職学位課程326名、合計で4,412名の方々が学位を取得されました。留学生はこのうち863名です。これまで長きにわたり、学業に打ち込む皆さんを物心ともに支え、この晴れの日をともに迎えておられるご家族、ご友人の方々にも、お祝いとともに、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 

東京大学は、昨年4月に140周年を迎えました。前半の70年は、開国によって、国際社会で認められるために、明治政府のもとで近代国家としての形を整え、それを担う人材を育成することからはじまります。そのために西洋の学問を旺盛に取り入れますが、その中で東洋と西洋の異なる学問を融合し新たな学問を作り出すという東京大学の伝統が築かれました。後半の70年は、敗戦の復興から始まります。20世紀後半は科学技術の革新を牽引力とし、工業化が進み、世界経済は飛躍的に拡大しました。その中で、日本は工業立国として、高度経済成長を達成し、世界有数の先進国としての地位を確立し、そして平和な社会を獲得したのです。東京大学は、最先端の学術を学んだ人材を社会の各方面に送り出し、ここでも、大きな役割を果たしました。

 

そして、今、東京大学は、「UTokyo 3.0」と名付けた次の70年のステージに向けて大きく飛躍しようとしています。皆さんは、まさにその歴史的な転換点に立ち、今東京大学を巣立つのです。

 

さて、2015年に国際連合は17の目標からなる「持続可能な開発目標=SDGs」を定めました。これは地球規模の課題が深刻化する中で、より良い人類社会を創るために、2030年までの行動指標としてまとめられたものです。かけがえのない地球を守り、全ての人を排除することなく取り込んで、自然環境や多様な文化を尊重し、調和の取れた発展を目指すという方針が掲げられています。これは、「世界の公共性への奉仕」を誓う東京大学憲章の精神にも合致しています。

 

ところで、東京大学は昨年6月30日付で「指定国立大学法人」に指定されました。私たちは、認定申請に際し、「個を活かし人類全体が持続的・調和的に発展する社会」に向け『知の協創の世界拠点』となることを目指す行動プランをまとめました。

このなかでSDGsに着目し、具体的に行動を推進することにしました。そして、その司令塔として、未来社会協創推進本部(Future Society Initiative)を創設しました。現在、より良い未来社会のモデルづくりに向けて、広く日本の産学官民が力を合わせながら、世界に先んじて行動し、成果を発信する活動がはじまっています。

 

本日修了する皆さんには、ぜひこの「より良い未来社会づくり」の担い手になってもらいたいと思います。東京大学で学んだ知を最大限に活用して、次の70年の人類社会のあるべき姿を描き、それに向けた道筋をつけるために何をすべきかを考え、実際に行動を興してください。

 

私たちは今激動の中にいます。環境破壊やエネルギー問題、大規模テロ、世界金融不安といった地球規模の課題はいっそう顕在化しています。その中で、イギリスのEU離脱や、アメリカの政策の劇的な変化など、世界の政治、経済の不安定性が増していることを、皆さんも感じておられるでしょう。一方で、人工知能(AI)技術やビッグデータ活用などの新技術の急速な発展は、こうした変化を加速する要因になっています。この激しい変化の中で私達はこれからどう生きていくべきでしょうか。それが今、まさに問われているのです。

 

このような激動の社会だからこそ、大学という存在の役割はますます重要になります。東京大学も、維持すべきものと変わるべきものをしっかりと見据えて、前に進まなくてはなりません。本日、学位授与という学業の節目を迎えた皆さんと共に、現代社会における大学の役割について、少し考えてみたいと思います。

 

学問による人類社会への貢献とは、その時点の社会を良くするための活動だけを意味するものではありません。過去から未来へと流れる永い時間スケールの中で、時を超越した真理の深淵を探究することにこそ学問の真の魅力があり、果たすべき役割があるのです。ここで、100年以上の長期的な時間スケールの学問の例を紹介しておきます。

 

私は、昨年8月上旬、北海道の2つの施設を訪問しました。農学生命科学研究科の北海道演習林と人文社会系研究科の北海文化研究常呂実習施設です。どちらも、息の長い研究に継続的に取り組んでいる拠点で、あわただしく動く日常の中で忘れがちな時空の広がりを、落ち着いて捉えることの大切さを改めて感じました。

富良野にある北海道演習林は、1899年、木材生産のための林業の研究を主眼として設立されました。1950年代前半、第5代演習林長の高橋延清先生は、長期的な経済性と環境保全の両立という観点に立って、新しい林業モデルを提案しました。ある区域の樹木を全て伐採してしまうのではなく、老木や病気の木を中心に伐採し、森を若返らせるというものです。成長分だけを収穫することで、持続的に木材を得ることができるという林業モデルで、現在では広く普及している伐採法です。60年以上も前にサステイナビリティの意義を見抜いた先達の慧眼です。

ところが、それが商品として経済に良い結果をもたらすかどうかは別の問題です。植林した木材を利用できるようになるには40~50年かかります。しかし、植林当時に植えた木が50年後に社会が求める商品になるとは限りません。木材の利用法や需要供給状況の変化などによって、樹木の持つ価値が変わってしまうからです。林学は社会の役に立つ実学の一つです。実学というと、短期的なものに目が行きがちですが、役に立つことをどのような時間スケールで測っていくかは、もっと本質的で人間的な問題です。長期的に見て初めて役に立つ実学も当然あるのです。その時点の経済性だけでは真に人類に役立つものを生みだすことはできません。実学としての林学には、材木を売るということだけでなく、国土保全、CO2吸収、森の保健機能まで含め、長い時間スケールで未来社会を予見することが求められるのです。

 

さて、北見市の常呂は、ピョンチャンオリンピック大会で活躍した女子カーリングチームのホームグラウンドとして一躍有名になりました。オホーツクの海とサロマ湖に隣接するホタテ養殖と畑作の町です。1956年、文学部の服部四郎教授が、樺太アイヌ語を話す人の調査にここを訪れました。その際、地元の考古学愛好家が、「海岸の砂丘の林のなかに大規模な遺跡があるので、ぜひ東京大学に調べてもらいたい」と訴えました。翌年、さっそく考古学の駒井和愛教授が発掘調査を始めました。以来60年にわたって、町と東京大学の連携のもとで、学生たちを交えた研究実習教育が続けられています。1300年前にサハリンから南下してきた海洋民の「オホーツク文化」や、1000年前に漁労と雑穀農耕を営み、篦(へら)で擦(こす)って文様を付けた土器で知られる「擦文(さつもん)文化」がこの地で出会い、アイヌ文化まで連綿と続く遺跡の宝庫であることが明らかになりました。これは、日本文化というものは、決して均一のものではなく、地域において多様な文化が、混じり合い、並び立ち、あるいは競い合って発展してきたものであるということを知ることのできる貴重な遺跡なのです。

常呂には、約104ヘクタールもの広大な土地に、3000基もの竪穴式住居の跡が凹みとして残っています。その地図を見ると、一部2ヘクタールほどの四角いくっきりとした空白の区域があります。これは、1970年代に、遺跡の学術的文化的価値が認知される前に、建築材料用の砂を取るための開発が入ってしまい、遺跡が削り取られてしまったものなのです。機械で砂丘を掘り返すのはじつに簡単で、何日もかからなかったことでしょう。これに対して遺跡の発掘は手作業で時間がかかります。発掘できるのは、年間数個ほどで、全部を調べるには途方もない時間がかかるのです。この遺跡調査研究もまさに100年スケールあるいはそれ以上の学術なのです。

 

100年スケールと言っても、それを実現していくことは容易いことではありません。私たちの限られた人生をこえて、想像力を受け継ぎ、次の世代の他者と協働していく必要があるからです。現代のテクノロジーが生まれる遙か以前から繋がれてきた先達の知恵というものを常に意識し、本来の価値に関する感覚を研ぎ澄ましておかねばなりません。東京大学にはそのような深い知恵に直接触れることができる資産がたくさんあります。大学はこのような長期的な課題にしっかり取り組むための貴重な受け皿なのです。

今、私達は目まぐるしく変化する時代に生きています。このような時代だからこそ、目新しい技術や流行の概念のみを追い求めるのではなく、長い時間スケールで物事を捉え、その意義と価値を社会にきちんと伝えることが大切です。昨年訪問した、北海道の二つの施設で、こうした思いを改めて強くしました。

 

いま大学が永く維持すべきものについてお話をしましたが、一方で、私たちはかつて人類が経験したことのないスピードでの大きな変化に晒されています。この激動の中で、「人類全体が持続的に発展する社会」の実現に貢献するためには、単にその条件を分析するだけでなく、より良い社会に向けて自らが主体的に行動すべきです。そのためには、大学自身も変わらなければなりません。

 

今、大きな変化の原動力となっているのは、デジタル革命の急速な進展です。現在、多くの人がスマートフォンを持ち、世界中の様々な情報を瞬時に簡単に手に入れながら暮らしています。これまでにない膨大な規模のデータがサイバー空間に蓄積され続けています。そして、AI技術など、従来とは違った手法でこの大規模な情報を扱う技術も生まれつつあります。さらに、人を介さずに物が直接インターネットに繋がるInternet of Things (IoT)が進むことで、物が生みだす情報も解析対象に加わるのです。これらの情報を繋ぎ合わせ、それらをリアルタイムで解析し、活用する時代もすぐそこまで来ています。そこでは、産業を含め社会や経済の仕組みは今とは随分違ったものになるはずです。

その変化は必ずしも緩やかに徐々にではなく、飛躍として一気に、不連続にあらわれるでしょう。旧来の1次、2次、3次産業といった分類によらず、あらゆる分野の産業に、デジタル化の波が押し寄せ、遠隔地に分散していたものを繋ぎながら、スマート化に向かうと考えられます。

 

日本や先進諸国が経験した、工業化を主体とする経済成長は、労働集約型から資本集約型へと移行する中で生産性を高めるというモデルでした。この成長モデルは広く定着し、浸透していますが、これから私たちが迎えるのは、これとは異質なものです。価値の源泉は物ではなくなり、膨大な情報とそれを整理した知識、活用する知恵の結びつきが価値を生みだすのです。いわば知識集約型の社会経済です。この知識集約型への転換が新しい成長モデルとなるわけですが、これは、旧来の資本集約に向けた成長モデルの延長としてではなく、劇的な変化を伴うパラダイムシフトによる成長となるでしょう。

 

このような状況において、大学の役割は既に質的にも大きく変わりつつあります。その代表例が大学と産業界との関わりです。東京大学では、毎年1800件を超える産業界との共同研究が行われています。これらの多くは、企業側で抱えている問題点などについて、共同研究の申し入れがあり、その問題解決を大学が手伝うというものです。それに対し、パラダイムシフトが進む中で、そのような従来型の産学連携では不十分になってきています。そこで、東京大学では、「産学協創」と名付けた新しい形の産学連携を始めています。

この「産学協創」においては、予め存在している問題に対する解決法を探るだけでなく、何を解くべきかという問いそのものから共に考え、そして協力して行動するという点が大きく異なります。こうした形で大学と企業とが手を取り合い論じ合うことで、新たな知を創りだすことはもとより、その知を確実に社会に拡げ浸透させていくことが可能になると考えています。すなわち、大学がこれまで以上に社会に能動的に関わり、さらに、産業界と協力をして社会に良い変革をもたらすために行動するのです。

 

「100年スケール」の学問を担っていくという大学の役割と、社会を良くするために大学が担うことになる新たな役割は、決して対立するものではありません。学問の持つ長い時間スケールは、今直面している大きな変化の中で、私たちがどう知恵をしぼりどのような選択をすべきなのか、判断をする際の重要な支えです。過去を調べるということは、単に昔を振り返るということではありません。未来の姿を想像し、立ち向かうべき課題を予言し見通すということに繋がるのです。産官民と協創して社会の課題解決に粘り強く挑む活動から、長い時間スケールの中で新たに育むべき知の領域が見えてくると私は考えています。東京大学で学んだ皆さんには、様々な場面で、このような大学の姿を社会に広く発信してほしいと思います。

 

今、大学の役割について述べてきましたが、知はそれを活用し、新しい社会を創る担い手がいて初めて意味を持ちます。私は、知を創造し、知をもって人類社会に貢献する人材を「知のプロフェッショナル」と呼んでいます。皆さんが手にした学位は、まさに「知のプロフェショナル」としての資格を意味します。資格を得たということは、同時に責任を負ったということでもあります。これまでの努力に対して誇りを持つと同時に、社会から期待される役割を自覚して、謙虚で誠実であり続けることを忘れることなく、常に前に向かい、挑戦を続けてください。

 

皆さんが、激動の時代の中で挑戦を続けていく際のヒントとして、最後に将棋の世界の話を紹介したいと思います。

先日、あの羽生善治永世七冠に直接お会いする機会があり、AIに関する非常に興味深い話を伺いました。羽生永世七冠は、ご自身がAI技術に対して非常に大きな興味を持っており、将棋を通じてAI技術も研究しているそうです。AIがその膨大なデータ処理能力を通じて、人間が長年かけて築き上げてきた将棋の世界の境界をときに飛び越え、これまでとは違う将棋の姿を見せてくれるというのです。永世七冠の羽生さんの、新しい可能性と向かい合い、面白いと思って挑戦し続ける姿勢は、ぜひ、参考にしてもらいたいと思います。

 

本日、学位記を手にされた皆さんの多くは、これから東京大学を離れ、それぞれ違った進路を歩まれることとなるでしょう。東京大学は、皆さんの母校となり、新たな形で永遠の繋がりを持つことになります。皆さんが、これからの人生の中で、何か厚い壁にぶつかるということもあるでしょう。もう一度、原理に立ち返ってみたいと思うとき、あるいは仲間たちと助け合いながら大きな課題の解決に挑戦し人類に貢献したいと考えたときなど、ぜひ、東京大学という「場」を活用してください。私たちはいつでも皆さんを歓迎します。

 

最後になりますが、皆さんが、今後益々、それぞれの分野でご活躍をされること、そして、皆さんの未来に幸多きことを心より祈念し、私からのお祝いの言葉とさせて頂きます。

 

学位の取得、誠におめでとうございます。
 

平成30年 3月22日
東京大学総長  五神 真
 

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