平成15年度入学式総長式辞

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式辞・告辞集 平成15年度入学式総長式辞

式辞

国立大学法人東京大学総長 佐々木 毅
平成15年(2003年)4月11日

 

今日ここに入学式を迎えられた新入生の皆さんに対し、東京大学を代表して心から歓迎の意を表します。大学の大きな財産の一つは若い新しい力を毎年迎え入れることができるという点にあります。皆さんを迎え入れることによって新しい生命を手に入れることができたという意味で、今日は東京大学にとっても誠に喜ばしい日であります。
さて皆さんが入学した東京大学はどういう大学でしょうか。過日のある報道によれば、自然科学系論文がどれだけ引用されたかという観点からこの十年余りの世界の大学等の実績を見たところ、東京大学は日本では一位、世界全体でも十六位であるとのことでした。また物理学では世界第一位、化学では世界第二位ということです。実際、東京大学はこの十年余り世界の自然科学系の専門誌への論文数の発表において世界第二位を堂々と維持しており、この結果は特別驚くには当たりません。このことは東京大学が単に入学試験の難しい大学に止まらず、世界の大学の中で高い評価を受けていることを示しています。皆さんのような若い力が加わることによって、更に一層の前進が行われるよう、強く期待しております。
現在の日本では年齢性別の違いを超えて、多くの人々がそれぞれに人生の新たな突破口と社会の新たな展望を発見しようと日夜懸命の努力を続けています。これはいわばどこに解があるか分からない、際限のない努力と競争の世界です。皆さんは今日を境にして見慣れた受験勉強の世界に決別し、現実の世界に片足を入れました。逆にいえば、もう数年の間はこの世界に両足を入れずに勉学やさまざまな活動を通して自己を改めて確かめ、自由に自らを鍛える余裕を与えられたということです。あるいは、将来にわたって重要な意味を持つ習慣を身につけ、その後の人生にとって確固たる基盤を作り上げるべき時期に当たります。これは人生において貴重なそして贅沢な時間であり、それをどう有効に活用すべきかについて、早速にもそれぞれに戦略を練っていただきたい。
ところで昨年、私は学生表彰制度、通称、総長賞というものを創設しました。これは学部学生と大学院生双方を対象にし、課外活動及び勉学・研究において目覚しい活躍を示した学生を総長が表彰するものです。昨年度、10件の個人及び団体が表彰されました。こうした制度を設けることについてはさまざまな議論がありました。課外活動について表彰することには異論がな
いにしても、勉学や研究について表彰するといったことには躊躇を感ずるという強い意見もありました。確かに、全ての学生の勉学や研究についての完全な情報に基づいて判断を下すなどということは不可能なことです。しかし、「東大生の全ては同じように勉強している」とか、「同じように勉強ができる」といった議論は実態とは全くかけ離れたものであり、現実を隠蔽するものであることをわれわれはよく知っています。下手をすれば、そうした議論は怠けている学生の利益に奉仕するものにもなりかねません。
こうした議論の末に昨年度この制度を導入しましたが、私にとって何よりも嬉しかったのは東大の学生達の中に如何に素晴らしい活動を送っている学生がいるか、それを具体的に知ることができたことです。昨年は最初でしたからそのほんの一部が浮上したに過ぎないでしょうが、それでも東大の学生に対する私の自信と信頼を裏付けるのに充分な内容を持つものでした。例えば、最年少で七大陸の最高峰を制覇した学部学生がいるかと思えば、大学院生の中には国際的に最先端の研究をして注目されたり、高く評価されている国際的な賞を受賞したり、有名な国際的専門誌に論文を発表している学生も珍しくありません。また、今日の入学式に参加している運動会応援部の皆さんのように、度重なる敗戦にもめげずに黙々と応援というその任務を果たし続ける学生達もおります。恐らく審査委員会は私に受賞者の数を増やしてもらいたいと思っているに違いありません。
ここで私が申し上げたいのは、皆さんが「他の誰もしないことに挑戦する」気持ちで学生生活を送ってもらいたいということです。この四年間の学生生活はこうした挑戦が許される人生で例外的な時期に該当します。失敗しても人生において致命傷を負うことにはなりません。そして、四年後にその挑戦の意味をはっきりと総括できるような生活を今日から心がけていただきたい。思い起こせば、受験勉強こそは正に「他の人と同じことをする」典型的な活動形態です。受験勉強から解放されたからと気を許しているうちに、「他の人と同じことをする」という習慣から本当の意味で自由になるチャンスを失い、漠然とした方向喪失感の中で学生生活を送った人々が如何に多かったかを考えてみていただきたい。
そこで次に認識してもらうべきは、この受験勉強というものが如何に狭い意味での競争でしかなかったか、如何に自分のことにしか関心を向けない競争であったかを正確に認識することです。それは人生そのものと比較した場合、実に例外的な、片隅の競争でしかありません。誰にも分かることですが、こうした例外的な片隅の競争しか知らない人々を幾ら寄せ集めてもまともな社会は出来ませんし、そうした人間は社会にとってむしろ有害である可能性さえあります。実際、立身出世主義と結びついた粗雑なエリート意識は正に「百害あって一利なし」です。
しかしながら、どの社会もリーダーを必要とし、それも優れたリーダーを必要としています。そしてどのようにしてこうしたリーダーを育てるのかは何時の世においても尽きることのない議論の対象となってきました。私の専門である政治学においてこれは数千年来のテーマです。こうした中でこの数十年余りの日本社会はこのことに真剣な注意を払わない、実に気楽で珍しい社会でした。ここでは全ては成り行き任せで行なわれてきました。あるいは粗雑なエリート意識の弊害にうんざりしてしまい、議論することすら受け入れない粗雑な反エリート意識に冒されてしまったように見えます。いずれにせよ、われわれはこの粗雑なエリート意識と粗雑な反エリート意識との悪循環によって支配され、結果として人材の払底もここまできたかという実感に毎日苛まれています。ここには深い闇があります。これこそ自業自得、自縄自縛に他なりません。
皆さんの中には将来社会のリーダーになろうという意欲を持っている人が少なからずいると思います。私はそのことを大変嬉しく思いますし、そうした希望が叶うことを祈っております。しかし忘れてならないことは、リーダーになろうとすることは報われないことを覚悟で人一倍大きな責任を負うことを引き受けることができる、それを厭わない人間であるということを当然に前提にしています。彼らは私利私欲にしか興味のない人間のいわば対極に位置し、物質主義者とは異なる精神的な貴族主義を内に秘めた人間でなければなりません。従って、こうした人間は正に社会の財産であるという言い方もできるわけです。そういう覚悟をもってリーダーたらんとする人は弛まぬ努力によって自らを内面外面双方にわたって鍛えていただきたいと思います。
しかし、このような意味での真のリーダーを目指すだけの条件を自分は持っていないという人もいることでしょう。そういう人はせめて良質なリーダーの良質な支持者になる努力をする義務と必要があります。これは公共的な事柄に対する無関心は必ずや手酷い報いを受けるというわれわれの経験から学んだ点です。かつて日本では特定の組織にその持てる全てのエネルギーを捧げて一生懸命尽くせば社会全体は巧く行くという漠然とした信仰が支配していました。部分部分が巧く機能すれば全体は巧く機能するという「見えざる手」へのこの信仰は、結局のところ、狭い関心しか持たない、狭い範囲でしか通用しない人間を大量に作り出しただけでした。自分の属する組織のことについては巧みな判断が出来ても、一歩その外に出て公共的事柄を扱う場面に直面すると準備が全くないというわけです。かくして、公共的事柄を扱う活動と人材は貧弱になり、成り行き任せでしか動かなくなりました。このように公共的な事柄に対する無関心は手酷い報いを受けることになったのですが、皆さんにはこうした過ちは繰り返してもらいたくありませんし、また、皆さんの世代にはこうした過ちを繰り返す余裕もないと思います。
皆さんが本当に自らを大切にしたいと考えるならば、公共の事柄に対して関心を抱いてもらう必要があります。何故ならば、皆さん一人一人が社会の中で生活し、活動していく以上、それを支える条件としての公共的世界のあり方は常に関心の対象であり続けなければならないはずだからです。そして曖昧な根拠に基づく希望的観測で公共の事柄を扱うことなく、常に合理的に取り扱う習慣を若い時代から身につけることは特に大切です。合理的な思考をする習慣のない国民の間から良質なリーダーが誕生することは決してありません。
新入生の皆さん、今や世界も日本も大きな転換期にさしかかっています。過去の経験や常識が通用しないことがますます多くなるでしょうし、通り一遍のマニュアルで生きていける時代ではなくなるでしょう。逆にいえば、それぞれの人間の持っている全人格的な力、その知的・道義的エネルギーの総体が問われる時代に入っていきます。これは小手先では対応できない時代になるということを意味します。これに敢然と立ち向かいそこで新たな遺産を後世に残せるような強固な頭脳と研ぎ澄まされた意志を持つよう皆さんそれぞれに鍛錬していただきたい。そして、皆さんの中から一人でも多くの優れたリーダーと公共的な事柄に合理的に取り組む市民的エリートが誕生することを私は心から祈っております。
皆さんはそれぞれに大変な潜在的なエネルギーを持っています。それを皆さん一人一人がこの四年間に充分に発揮し、是非とも自分の可能性と力量を見極めていただきたいと思います。これはある意味で自分との闘いですが、それを一度通過することがこの四年間の最も大事な課題になります。東京大学には優れた施設が沢山ありますし、優れた人材が数多くおります。それを十分に活用してこの課題と取組んでいただきたい。今日、私たちはアカデミック・ガウンを着用しておりますが、四年後には皆さんがこの課題を成し遂げ、アカデミック・ガウンを着て清々しい気持ちで卒業式に出席できるよう祈って、私の式辞と致します。

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