平成16年度入学式(大学院)総長式辞

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式辞・告辞集 平成16年度入学式(大学院)総長式辞

式辞

国立大学法人東京大学総長 佐々木 毅
平成16年(2004年)4月5日

 

今日ここに東京大学の大学院に入学、進学された皆さんに対し、東京大学を代表して心から歓迎の意を表します。(今年から新たに設けられた法科大学院、公共政策大学院の入学者の皆さんには、特に大きな声で歓迎の言葉をかけたいと思います。)
皆さんはこれまでの学問的研鑚を踏まえながら新たな飛躍を求めて大学院で更に研究する道を選択しました。この選択が有意味であったことが実証されるよう、その新たな挑戦が実りある成果を結ぶよう期待しています。
大学は知的探究心を基本に組織されています。ここでは知的探究心に基づく活動であればあらゆることが許され、寛容されます。それだけに厳しい世界であることも事実です。恐らく、知的探究心に自信のない人にとっては誠に居心地の悪い世界でしょう。そして多くの人々にとって知的探究心は他の関心に比べて決して高い価値を持ちませんから、彼らにとって大学は常によく理解できない、不可解な世界であり続けるであろうと思います。「象牙の塔」という言葉にはそうしたニュアンスがよく出ています。
皆さんがこれから挑戦する知的世界はなまじの知的探究心の枠を遥かに越えた高度に抽象的・分析的世界であります。幾重にも重なった知的階段を一歩一歩踏みしめることによってのみ初めて接近可能な領域に属します。この限りなき登坂を通して、日本においては元より世界に冠たる水準に到達することがあなた方に期待されているところです。この限りなき挑戦に臆することなく、あらゆる精力を傾注していただきたい。研究という活動は人間の全エネルギーの発露であり、若い時代のエネルギーの大きさと素晴らしさは目を見張るものがあります。一気に長足の進歩を遂げ、人生最高の成果をあげることも珍しくありません。その意味でこれからの数年間は皆さんにとってまたとない好機であることを肝に銘じ、悔いのない挑戦を行なってもらいたい。
東京大学は数多くのCOEプログラムに代表されるように優れた研究基盤と皆さんに対するさまざまな支援の仕組みを準備しています。また、研究科に限らず、数多くの附置研究所が皆さんを歓迎しています。こうした豊かな知的ストックは皆さんのあらゆる挑戦に応えられる充実したものであると確信していますが、法人化を契機に私は新しい研究領域の開拓を本学のイニシャティブで行なうような仕組みも準備しています。また、既存の学問領域を横断するような研究活動に対して大学の判断で積極的な支援を行なうことも可能になりました。これからも一層知的刺激に富む研究環境の整備を進めていきますから、皆さんの方もこれに応えて思い切り挑戦を行なっていただきたい。
それと同時に、皆さんには知的探求の持つ意味について考え、必要に応じてそれを他の世界の人間に伝える努力もまた求められます。大学という組織は知的探究心をそれ自身目的にすることに対して非常に寛容な場所ですが、大学は社会全体を代表するものではありません。大学は決して社会の縮図ではなく、極めて一つの特異な社会組織であると考えるべきでしょう。そもそもあらゆる知識はわれわれがいわゆる現実をどう考え、どう観るかという視点に常に関わっています。しかも、この二世紀余りを考えてみるならば、知識は現実を解釈する武器であるだけではなく、現実を大きく変え、新しい現実を作り出すという巨大な力を発揮してきました。今や科学技術を除いて現代社会が理解不可能であり、「知は力なり」というフランシス・ベーコンの命題はわれわれの生活を深く貫いています。
知識の実践的帰結についての問いかけが出てくるのは、こうしたやむを得ない事情があるからです。この問いを全く無視して知的探究心の殻に閉じこもるのは社会の側からいえば、フェアでないことになります。この問いかけにどう応答するかを考えるのは些か片手間の仕事のように見えるかも知れませんが、実は入念な準備を踏まえた上で行なわれるべき大事なものです。それぞれの知の領域によって応答は多様でしょうし、ましてや「直ぐ役に立つ」といった回答に対して劣等感を感ずる必要は毛頭ありません。
今や日本においても知識基盤社会といった言葉が日常的に使われるようになりました。高度な専門的・先端的知識の持ち主が社会において大きな役割を果たすことは当然に期待され、そうした人材の役割が大きくなることへの抵抗感は小さくなりつつあります。皆さんは東京大学にとって貴重な人材であるだけではなく、社会にとって大切な人材です。それだけに自らの探求する知識についての社会の側からの問いかけを知的に受け止める入念な準備をしておいてください。
更にはこうした問いかけに受身で対応するだけではなく、専門的・先端的知識の役割を積極的に主張することも必要になります。社会というものは知識の存在感が高まるのを決して単純に容認するものではありません。知識の自己主張を喜ばない勢力による数多くの抵抗が行われることは必至です。それだけに皆さんは知識の担い手として自らを全うするために社会の現実に対面し、時には対決しなければなりません。そしてこれこそ知が社会においてどのような位置を占めることができるか、知は現実をどの程度変え得るかに関わる決定的なポイントです。その限りにおいて、知の担い手は批判的精神の持ち主にならざるを得ません。若し、知が社会的に連戦連敗の中に止まっているならば、それは精々アクセサリーにしかなりません。それが社会的に真剣に受け止められる存在になろうとすることは現実との熾烈な抗争を必ずや伴います。
これからの数年間の研鑚を通して皆さんがこれらの課題に立ち向かう逞しい存在に成長すること、それを通して大学の持つ潜在可能性の大きさを多くの人々に印象付けられるようになること、こうしたことを私は皆さんに期待しています。皆さんの前途に輝かしい未来があらんことを祈って、東京大学最初の大学院入学式における私の式辞と致します。

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