平成18年度入学式(学部)総長式辞

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式辞・告辞集 平成18年度入学式(学部)総長式辞

平成18年度 東京大学入学式総長式辞

平成18年(2006年)4月12日
東京大学総長  小 宮 山 宏



  東京大学に入学された皆さん、おめでとうございます。東京大学を代表して心からお祝いを申し上げます。
  今年入学された新入生は、文科一類から理科三類まであわせて、総数3,161名でした。その中には、前期日程入試で合格された方、後期日程入試で合格された方に加えて、外国の学校を卒業した外国人及び日本人を対象とした特別選考入試の合格者、さらには、国費外国人留学生などの留学生も含まれています。
  しかしこれは、入試方法による区別にすぎません。東京大学の学生は、このような言い方では尽くされない多様性を備えています。たとえば、別の指標をとってみますと、今年度の入学者に占める女性の比率は20%で、20年前に比べて2倍以上に増加しています。また出身高等学校の所在地でみると、日本全国すべての都道府県が網羅されています。外国人留学生は、13カ国45名にのぼります。年齢も皆さんが想像しておられるよりもはるかに拡がりがあります。さらに、身体に障害をもつ学生も入学を果たしています。
  東京大学へようこそ!――このような多様性に富む方々を迎えることを、私は、総長として、とてもうれしく思っています。
  東京大学は、今から3年前の平成15年3月に『東京大学憲章』を制定し、その前文で、
「東京大学は、構成員の多様性が本質的に重要な意味をもつことを認識し、すべての構成員が国籍、性別、年齢、言語、宗教、政治上その他の意見、出身、財産、門地その他の地位、婚姻上の地位、家庭における地位、障害、疾患、経歴等の事由によって差別されることのないことを保障し、広く大学の活動に参画する機会をもつことができるように努める」
と謳いました。
  東京大学の多様な成員が一同に会する機会はそう多くはありません。卒業式は文系と理系を分けて行っていますので、ある年度の入学者が一同に会するのは、この入学式が最初にして最後です。この唯一の特別の機会に、私は東京大学という場がもつ意味について皆さんにお話ししたいと思います。
 
  東京大学は、明治10年の創立以来129年の歴史を有する日本のなかでも非常に古い歴史を持つ大学です。しかし同時に、私たちは、その時々に応じてつねに新しい時代の課題に取り組んできました。そしてその結果として、世界でも有数のリーディング・ユニヴァーシティとしての評価を内外ともに確立しています。平成16年度から「国立大学法人」という新しい設置形態に変更されましたが、これを機にさらに一層、大きく飛躍を遂げようとしているところです。
  東京大学の特色は、文字通りのユニヴァーシティ、つまり、総合大学であることにあります。ユニヴァーシティであるとは、ユニヴァースであることですから、古今東西、人類社会のあらゆる知が凝縮されている「小宇宙」であるということです。自然と人間のあらゆることに関連する最先端の「知」がそこでは育まれているのです。
  そのために、東京大学は10学部、15研究科(大学院)、11研究所、21全学センターといった50以上の部局を擁しています。そして、それぞれの場で基礎から応用まで、文科理科を横断した様々な研究教育活動が日々展開されています。学部学生は、大きく括って1万5千人、大学院学生は1万3千人、教授から助手までの教員は4千人あまり、職員も3千人を超えています。
この規模の大きさと豊かな多様性こそ、総合大学のエネルギーです。このような巨大で複雑な制度を通して、東京大学は、人類社会の知を幅広く継承し、それを発展させるという大学の根本的な使命を果たそうとしているのです。

 この「知」の「小宇宙」に皆さんは今日から、その成員として入ることになります。今日から、東京大学は、皆さんが属する、皆さんの「小宇宙」なのです。もちろん東京大学というこの巨大な組織のどの現場も重要でないものはありません。しかし、私は総長として、あえてそのなかでも、たったいまこの「小宇宙」に迎えいれられた皆さんこそ、なににもまして重要なのだと言いたいと思います。なぜでしょうか。理由は簡単です。それは、皆さんこそ、私たちのこの「小宇宙」の、そしてそれが鏡のように映しだしている人類社会のもっとも遠い「未来」を担う人びとだからです。東京大学という「知」の「小宇宙」のいっさいは、ある意味では、皆さん方が「よりよい未来」を創りだすためにこそあるのです。大学とは「未来の器」なのであり、その大学の願いをもっとも遠くの「未来」へと届かせるのが、皆さん方なのです。
  そしてそれだからこそ、私は「知」の「小宇宙」の多様性を受け渡すべき皆さんがまずは多様性に目覚めていただきたいと思います。言うまでもありませんが、たったひとりの存在には多様性はありません。多様性とは、すでにひとりひとりがさまざまに異なった他者のなかに存在していることを意味しています。「未来」とは、ひとりの存在が創るものではありません。それは、他者とともに、共同して創りだすものでなければなりません。私は、東京大学というこの「総合の場」が、皆さんにとって、なによりも多様性の目覚めの場、多様性のエクササイズの場であって欲しいと切に願っているのです。

 分かりやすい例をひとつだけ取り上げてみましょう。新入生のなかには、毎年、程度の差はあれ身体になんらかの障害のある学生が何人かいます。目が見えなかったり、車椅子を使用したりします。総長としては、そうした新入生が大きな不自由なく大学生活を送れるかといつも心を配るのですが、現実には、誰が指示するということもなく、クラスの友人たちが教室間の移動を手伝い、エレベーターのない建物では車椅子を持ち上げたり、当番を決めて一緒に移動したりと、自然発生的にサポートする環(わ)ができることが報告されています。目の不自由な学生が入学した時には、点字のサークルが教材の翻訳に大活躍をしました。理科一類にそうした学生が入学した際には、教員も理科実験が出来るように物質の色の変化を音に変換する装置を組み立てたりしました。また、ある時には、初修外国語5万語の電子辞書を点字ディスプレイ上で読みとれるソフトを作ってしまったこともあります。
  私は、学生、職員、教員がそれぞれの立場で、しかし自発的に、ほとんど自然のこととしてこのような取り組みを立ち上げることができる東京大学を誇りに思っています。これはけっして障害のある方を助ける、という一方的な関係なのではありません。それぞれが自分という枠を超えて、異なる他者との共同の場を創りあげているということなのです。「未来」が共同のものとして自覚されているということなのです。豊かな大学の「知」が、真に豊かな「未来」を切り開くことができるためには、かならず人間と人間とのあいだの、しかもけっして同質ではなく、異質な人間のあいだの共同の関係の構築が欠かせません。大学という場は、「知」の内容だけではなく、そうした根源的な社会性をも学ぶ場であるはずなのです。

 東京大学は「世界のリーディング・ユニヴァーシティ」という目標を掲げ、人類社会の公共性に貢献する大学づくりを進めています。21世紀に入って世界の変化の速度はいよいよ激しく、技術と社会、人類と環境、あるいは文化と文化の間の葛藤は一層顕在化の様相を深めています。その一方で、国家の時代は終焉の方向に向かい、世界的な競争が始まるとともに、人類社会という自覚も芽生えています。
  このような激動の時代には、多様性という特徴が顕著になります。世界には様々な政治形態が並立し、様々な文化や宗教が競い合い、その間の往き来も活発です。東京大学の場合、戦後間もない新制大学発足の昭和24年(1949年)には、学部の入学者は1800名ほどでしたが、そのうち女性はわずかに9名、留学生はいませんでした。それと較べれば、今のキャンパスは、大変に明るく、また国際色豊かになりました。いったん社会に出てから大学に再び入学される方も増えました。まだまだ不十分な面もありますが、これらの傾向が今後一層深まっていくことと期待しています。大学院も含めて、全世界からの留学生受入の拡充などを推進していきたいと考えています。
  「知」の発展を通して人類社会の公共性に貢献するという目標をかなえて行くには、私たちはこうした多様性をこれまで以上に大切にしていかなければなりません。
  「知」とは本来、人間を自由にするものです。人と人との自由な交流を促し、活力を与え、様々な制約から人間を解放する根元的な力です。知の創造と活用が、これからの人類社会の様相を決めていくと言って過言ではありません。そうであればこそ、大学は常に社会とともに呼吸し、その息づかいを感じ取ることができるのでなければならず、常に開かれたコミュニティであり続けなければなりません。
  大学は、ユニヴァーシティという言葉が示すとおり、人類社会という大きなユニヴァースの発展に貢献することが使命です。現在グローバル化の動きが急速に進んでいますが、グローバル化はともすれば世界が画一化されることと受け取られがちです。しかしグローバル化の動きが、人類の文化や社会の多様性、さらには知の多様性を開花させるように努めるのが、私たちの使命です。多様性は新たな発展の源にある本質的な要素だからです。そのためには、大学という「小宇宙」が均質な閉鎖的な集団ではなく、それ自体多様性に満ち、協力や葛藤を常に経験しつつダイナミックに活動しているのでなければなりません。いまこそ、知の集積の場である大学が、率先して世界や社会に対して自らを開き、新しい交流と発展の核となることを目指さねばなりません。
  この点にもう少し目を向けてみましょう。
  他の多くの組織と異なる大学の多様性の特徴は、それが複数の世代から構成されているという点でしょう。すなわち、教える側と学ぶ側です。現在の人類社会の知の総体を担っている教員と、その知を未来に向けて継承していく次の世代という二つの層から構成されています。この二つの層は時として世代間対立の関係にあり、学園紛争などの形で火を噴くこともありますが、対立をはらみつつも、一方は必ず他方を必要としており、深い依存関係にあります。若い世代の役割は、これまでの人類社会の知を吸収しつつ、それを新しい世代の文化という袋の中につめていくことにあります。どうか、臆することなく、教員に鋭い質問を浴びせ、皆さんの新鮮な感性でそれを存分に吸収してください。
  大学がもうひとつ大切にしているつながりは、同世代の絆(きずな)です。私も若い頃に、若手の研究者が一週間くらい泊まり込んで朝から晩まで徹底的に討論をするグループに参加する機会を得ました。それは、日本人と外国人が半々くらいの合宿形式で、二十人くらいが、一人ずつ一時間、自分の研究と関心事を話します。それに対して、もう一時間、他の参加者から様々な角度から質問を受け、徹底的に議論をさせられます。様々な分野からの出席者ですが、そうであればこそお互いの関心事を伝えあい、忌憚のない意見を交わす機会は大変に貴重で、そこで得た刺激が今の私の研究の源になっていると言って過言でありません。
  皆さんが今隣り合って座っている人が生涯の友人になるかもしれません。お互いに挨拶を交わしましょう。お互いの違いを尊重して切磋琢磨することを通して、私たちはたえず問題意識に目覚め、自分たちの使命に的確に応えることが出来るようになりますし、そのような中でこそはじめて豊かな自己が確立されていくのです。
  大学という場でのかけがえのない4年間を、活気に満ち、自由で知的なエネルギーに満ちたものにしていく努力を精一杯してください。
 
  私は昨年4月に総長に就任して以来、社会の中心的なリーダーとなる人材を送り出していく機能、すなわち教育がことさらに重要であることを、国内でまた海外で繰り返し訴えてきています。昨年の入学式で私は、「本質を捉える知」、「他者を感じる力」、そして「先頭に立つ勇気」を持とうと、新入生に訴えました。そして、これまでの枠組みにとらわれない斬新な教育の開発、全学のカリキュラムの見直し、教室・図書館やキャンパスの環境整備などを積極的に進めています。そのうちの新しい試みとして、昨年度の冬学期から教養学部で開始した「学術俯瞰講義」について最後にお話しをいたします。
  学問は特に20世紀の後半に知識の爆発と言ってもよいほど急速な進歩を遂げました。それ以前とは比較にならないほどの量の知識がもたらされ、今なお刻々増えています。人類社会もかつてそのような急速な進歩を経験したことがなかったわけではないのですが、今回の特徴は、学問領域の極端な細分化を伴ったことです。大学での授業の科目名や学科名を見ていただければ、実に多くの新たな学問領域が近年誕生したということがご理解いただけると思います。問題は、専門化の度合いが深まった結果、領域間の関係が見えにくくなってしまったことです。爆発的に増大した知識をそれぞれの専門家しか使いこなせないという状況は、その知識の利用という観点からすると大変に問題です。教育の場面でも、学生は膨大な知識のごく一部分を学習するだけで4年間を終わってしまう可能性があり、「木を見て森を見ない」状況では真に新しい創造は不可能です。こうした困難を克服する力を育てていくために、昨年度から駒場での教養教育の一部として、「学術俯瞰講義」という講義を開始しました。1年生、2年生に、「知」の大きな体系や構造をわかりやすく提示することによって、それぞれの学生に、自分が学んでいる授業の意義や位置づけを認識してもらおうという試みです。昨年度は「物質」をテーマとして、本日もご出席のノーベル賞受賞者であられる小柴昌俊本学特別栄誉教授にスーパーカミオカンデや素粒子物理学の現在についてお話しをいただくなど、冬学期に13回の横断的な授業を実施しました。今年度はまず夏学期に、「人類社会の共生」をテーマに社会科学の著名な先生方にご講義をいただきます。

 大学は今、あたらしい目覚めの中にあります。新しい試みが様々に行われています。
  そのような環境をすべての新入生が積極的に活かしてほしいと願っています。 この4年間、たえず新しい意識にめざめつつ、ゆったりと、しかし着実に歩みを進めて下さい。21世紀の人類社会に貢献するという大きな課題に向けてともに進んでいくことを、この入学式の機会に訴えて、私の式辞を終えることにいたします。

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