平成24年度卒業式総長告辞

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式辞・告辞集 平成24年度卒業式総長告辞

平成24年度卒業式総長告辞
 

 皆さん、ご卒業おめでとうございます。東京大学の教員と職員を代表して、お祝いを申し上げます。また、この晴れの日をともにお迎えになっていらっしゃるご家族の皆様にも本日は多数ご参列いただいており、心よりお祝いを申し上げたいと思います。
 このたび学部を卒業する学生の数は、合計で3,090名になります。うち留学生は51名です。

 これまでの通例では、卒業証書の授与の式典は、本郷の安田講堂において2回に分けて行われてきました。今年は、安田講堂の耐震改修工事のために、この有明コロシアムで執り行うことになりましたが、結果としてこの式典は、文系理系を問わず、学部を卒業するすべての皆さんが一堂に集うことのできる、貴重な機会となりました。会場の収容数が大きいために、ご家族の皆様にもこの式典の場にご同席いただけることになり、嬉しく思います。いま、このようにして学部を卒業していく多くの皆さんを見ると、これからの日本の社会、あるいは世界の国々の未来を担っていくであろう若い力の熱気をひしひしと感じます。

 振り返ってみれば、おそらくは、あっと言う間の大学生活だった気がするのではないかと思いますが、この期間に、皆さんの知的な力は、間違いなく大きく成長したはずです。知識の量が増えたというだけでなく、知識の質も変わったはずです。また、多くの友人を得たり、さまざまな社会経験をしたりと、日々の生活の幅も随分と広がったことでしょう。皆さんの在学中にはさまざまな出来ごとがあったでしょうが、そのうちのもっとも大きな事柄の一つが東日本大震災であったことは、間違いないと思います。あの大震災から2年あまりが経ったものの被災地の復興はまだなお途上にありますが、この間に、少なからぬ数の学生の皆さんが、教員や職員とともに救援活動や復興支援活動に参加してくれたのも、私の記憶に強く残っているところです。皆さんは、日々勉学を重ねてきたことによる学問的な成長にくわえて、こうした大きな社会的出来ごとの中で真剣に考え、あるいは行動することを通じて、社会的な成長をも遂げてきたことと思います。今日、そのような過程を経て卒業の日を迎えている皆さんの姿を見ると、まことに頼もしく感じます。

 実は、私はこの3月で、総長としての6年任期のうちの4年間が過ぎることになります。つまり、皆さんのうち4年間で卒業する人たちは、私が総長に就任してすぐの時期に日本武道館で催された入学式での式辞を聞いていたはずの人たちです。その式辞の中で私は、新入生の皆さんに、「タフな東大生」になってほしい、というメッセージを伝えました。それ以降、私は繰り返し学生の皆さんに、そのメッセージを出し続け、またそのように皆さんが成長できるような教育環境を整えるための取組みを行ってきました。皆さん、いま自分自身を振り返ってみて、大学で過ごしている間に「よりタフに」なった、と感じているでしょうか。

  「タフ」という言葉には、いろいろな意味合いがあります。4年前に式辞の中でこの言葉に触れた時には、皆さんが大学での勉学を通じて磨き上げる知的な力を、実際に社会で存分に発揮していくために、「社会的なコミュニケーションの場におけるたくましさ」、そして、そのたくましさを裏付ける人間的な力をも鍛えてほしいという話をしました。その後、何度も「タフさ」について話をしたり議論をしたりする機会があり、また学生の皆さんから「『タフ』ってどういうことですか?」と聞かれることもあったのですが、それに対して、「タフとは何かを考え続けることこそがタフになる道だ」と、禅問答のようなやりとりをしていたことも思い出します。

 皆さんに求められるタフさというものを考えると、大学において皆さんが何より鍛えられてきたのは、学問という知的な作業に取組んでいく上でのタフさだったはずです。大学での勉学で扱われるテーマは、高校までの勉強の延長上ではないものが数多くありますし、またよく言われるように、必ずしも一義的な正解のない問題も少なくありません。そうした課題に対してさまざまな角度から思考を重ねてみる、また概念と論理をぎりぎりまで積み上げてみる、あるいは、なかなか成功しない実験や観察を新たな工夫をくわえながら繰り返し続けていくといった経験を、皆さんはしてきたはずです。また、必ずしも授業や単位とは関係なくても、自分で関心を持った課題や分野に挑戦してみようという主体的な姿勢に目覚めた皆さんもたくさんいると思います。さらには、挑戦という言葉では語り尽くせないような、自らの中に沈潜して知的な思考を深く続けていく精神の緊張の厳しさや、あるいはひょっとして、そうした緊張の心地良さを味わった皆さんも、少なからずいることと思います。こうした多彩な経験を通じて、皆さんは大学で、ただ多くの知識を得たというにとどまらず、知的な事柄に取り組む作法とタフさを身につけて、いまここに、卒業の時を迎えています。

 こうした知的なタフさにくわえて、私は皆さんに、社会的なタフさというものも培ってほしいという願いを持ちました。それが、さきほど触れた、「社会的なコミュニケーションの場におけるたくましさ」ということです。ただ、「たくましさ」というと、それは、自分の意見や考え方を何が何でも押し通そうとする強さのようにも感じられるかもしれませんが、そうではありません。「コミュニケーション」というのは当然に、一方向ではなく双方向であってこそ成り立つものです。自分の考えや論理を正確に表現し、伝えるとともに、相手が何を考え、何を伝えようとしているのかを理解しようとする努力なくしては、コミュニケーションは成り立ちません。たしかに、そうした双方向のやり取りというのは、ただ一方的に何かを伝えることと違って、なかなか手間ひまのかかるものです。けれども、大学において、例えば試験で答案を書くといったことや一人で論文を仕上げるといったこととはまた違って、社会においては、そうした双方向の面倒なプロセスを通してこそ皆さんの知的な力を具体的な形にしていくことが出来ます。そこでは、アクティブな表現力が必要になることもあれば、相手を受け止める理解力や寛容さ、あるいは、場合によっては他人の悲しみや痛みをも背負い込みながら問題解決の道を求めていくような力さえ求められることもあります。このようなことを考えるとき、私は、結局のところ、何事であれ物事を正面から受け止め、それに粘り強く向き合っていくという、きわめて素朴な事柄が、タフさの本質的な部分であるように感じます。
 社会で求められるこうした力の大切さを、この4月から就職する皆さんはすぐに実感することと思います。また大学院にすすむ皆さんにしても、学部の時代以上に社会的な付き合いの場面が広がり、やはり、こうしたタフさの必要性をこれまでにも増して感じるようになるでしょう。 

  最近、皆さんが少なからず耳にする言葉の中に、多様性という言葉、そしてグローバル化という言葉が含まれているはずだろうと思います。そうした言葉が広く用いられている状況は、タフさというものが、この時代にますます重要になっていることを意味するものと、私は理解しています。
 多様性というのは素晴らしい言葉ですが、同時に恐ろしい言葉でもあります。多様性は個々の人や生物、事物の特性が生かされる状態ですが、社会というものが構成される限りは、それらの個性が互いに触れ合わないわけにはいきません。そうした個性の触れ合いが、お互いを擦り減らし合うのではなく、むしろ相互に強め合いプラスになっていくための触媒の役割をするのが、先ほどお話ししたような意味でのタフさであろうと思います。
 グローバル化についても同じことが言えます。グローバル化というのは、現代における多様性の重要な部分を占めています。今日盛んに言われているグローバル化の意味というのは、ただ英語などの外国語でコミュニケーションが出来るということだけでなく、自分とは違った価値観や考え方、異なった習慣や生活スタイルをもった人々と交わることを通じて、自分の力を高めていくことにあります。そうした建設的な交わりを生み出すために必要なのが、タフさに他なりません。私はよく、学生の皆さんが「よりグローバルに」、「よりタフに」なるようにと、二つのフレーズをセットで繰り返してきましたが、タフさはグローバルな環境をよりよく生かすために必要なものであり、またグローバルな環境の中でよりよく鍛えられるものであると考えています。 

 タフ、ということについて、最後にもう一点、付け加えておきたいと思います。タフであるということは、皆さん一人一人にとっての力の源となると同時に、社会が皆さんに期待する役割から逃げないためにも、社会から期待されている責任を引き受けるためにも、必要な資質です。皆さんの多くはおそらく、大学に入学した時に、将来は社会に役立つことをしたいと考えていただろうと思います。実際、大学の設立の趣旨からしても、また運営財源の少なからぬ部分が国民の税金によって賄われていることからしても、東京大学で学んで卒業していく皆さんには、さまざまな形で社会に貢献していくことが強く期待されています。そうした期待に正面から応えようとする時に、高い水準の知的な力を備えることにくわえてタフであるということは、皆さんの大いなる武器となるはずです。

 さて、皆さんの多くは、これからおそらく40年以上にわたって、社会のさまざまな場で仕事を続けることになると思います。40年先というのは、社会予測ではいろいろなことが言われていますが、実感としてはなかなか想像できないほど先の時間です。
 私もいまの皆さんと同じように大学を卒業した時から、ほぼ40年が経ったのですが、卒業当時は、今あるような時代の姿はとても想像していませんでした。私の大学時代は、ちょうど大学紛争の真最中でした。そこでは伝統的な学問の権威が問い直されていましたし、また大学の外でも活発な労働運動が展開されるなど社会が大変騒がしい時期でした。東西の冷戦がまだ厳しく、ベトナム戦争が続いていた時代です。その時期の日本は、同時に、経済的に見ればなお戦後の高度経済成長が続いていた時代でした。しかし、その後、オイルショックを経て高度経済成長から安定成長の時代に移り、1990年代に入るといわゆるバブルの崩壊を迎えます。この間、1989年、ちょうど皆さんの多くが生まれるか生まれないかという頃の時期ですが、その年にはベルリンの壁が崩壊し、東西の冷戦時代は終わりを告げました。
 皆さんのご家族の方々の多くも、こうした時代を経験してこられたことと思いますが、このように40年というのは、いま皆さんがとても想像できないような大きな変化が起きるのに十分な時間です。そうしたことを考えると、卒業していこうとする皆さんに希望するのは、これからの人生を、目先のことだけに一喜一憂したり周囲に振り回されたりするのではなく、自分の頭で考え自分の判断を信じて、大きな視野を持ちながら泰然と送ってもらいたいということです。時代のいかなる変化にもかかわらず、そのように生きることが出来、また社会からの期待に変わらず応えていくことが出来るように、皆さんの知的な力を、そしてタフな力を、東京大学は育てようとしてきたつもりです。
 幸いにして、皆さんは一人ではありません。卒業後も大学と、あるいは卒業生同士で、さまざまなネットワークが生かされていくことと思います。東京大学が、卒業生の間のネットワークづくりや卒業生と大学とのより密接な関係づくりに力を注いできていることは、皆さんもある程度はご存じだろうと思います。そうした大学の姿勢に応えて、近年、同窓会の活動は日々活発なものとなってきており、大学と連携もしながら多彩なイベントも催されています。毎年秋に開催されるホームカミングデイはその代表的なものであり、このたび大学を卒業していく皆さんにもぜひ数多く参加いただきたいと願っています。留学生の皆さんの母国でも、卒業生の同窓会組織が出来ているところがあります。私もここ数年、海外の同窓会も含め各地の同窓会訪問を続けていますが、そうした場で、それぞれの地域のリーダーとして活躍している卒業生の皆さんの姿を見るのは、とても嬉しいことです。

 今日は、これまでの皆さんとの別れの時であると同時に、これからの皆さんと出会う最初のきっかけとなる日です。さらに大きく成長した皆さんと再びお会いすることを楽しみにしながら、私の告辞を終えたいと思います。皆さんのこれからのご活躍を、心からお祈りしています。

平成25年3月26日

東京大学総長
濱田純一

 

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