平成25年度東京大学学部入学式 祝辞


式辞・告辞集 平成25年度東京大学学部入学式 祝辞
本日の入学式にお招きいただき、大変うれしく思います。新入生の皆さんに心からお祝い申し上げます。おめでとう。福島、宮城、岩手の3県からの皆さん、本当におめでとう。福島県相馬高校の「いなむら たける君」そしてご両親本当におめでとう。そして、松村先生ありがとうございます。
ずいぶん以前の話ですが、私は東大の医学部を卒業し数年して渡米、14年余りを日本の組織から独立した「個人」として米国の大学で医師として教育、研究、診療に従事し、それなりのキャリアを積んできました。その年月のあいだに「外から見える日本」、日本にいるときには気付かなかった日本がよく見えるようになりました。「良い所も、弱い所も」。気になるのです。自分の国ですから。
予想もしなかったいきさつで、15年後に帰国。それ以来多様な機会をいただき、そのつど「世界の中の日本」という枠組みで自分の責務を考え行動し、日本社会の在りよう、日本の大学についていろいろと発言をしてきました。この一年数ヶ月は国会の福島原発事故調査委員会の委員長として私のことをご存知の方もおられるでしょう。「この委員長とはどんなひと?」と思った方も多いでしょう。私のことは、「グーグルする」ともっと知ることができます。今日の機会を与えてくださった、濱田総長以下、関係者の方々に感謝します。
東大は日本のトップ、世界でも有数の大学です。しかし、陰りが見え始めています。「秋の卒業や入学」、「入試の在り方」などの検討は東大の危機感の表れの一つです。しかし、これらはもっと大きな目標への手段の一つに過ぎません。
東大が発表するから、メデイアが書き、社会が注目し、社会の変革のきっかけになるのです。東大にはそのような「日本での責任」があるのです。
ところで、世界の意欲ある若者達を引き付ける世界の一流大学は、この10年、学部教育を大きく変化させています。国際性、多様性であり、学部時代の海外そして異文化の体験を重視しているのです。なぜでしょう。
この20年世界は激変しました「グローバル世界」です。日本の経済成長は止まり、あなた達は物心ついたころからあまり明るい話を聞いたことがないと思います。世界は相互依存を強めながら予想を超えるスピードで変わり、この変化はさら加速されるでしょう。グローバル世界では、多様性、異質性、しかも「異能 異端の人」たち「ユニーク」であることなどが大きな価値と可能性を持つ、タテからヨコへ広がる世界と社会、そして柔軟な組織へと向かっています。個人個人の力量が世界から見えてしまう「フラットな世界」。そんな中で、大学もどんな学生を育てているのか世界から見られ評価されるのです。
世界の経済と政治の均衡がシフトしはじめ、国家統治と財政、産業、経済はダイナミックに変化し、格差、人種、宗教などの違いで衝突が起こり易い脆弱な世界になっています。地域の小さな衝突が世界に大きな影響を及ぼすのです。将来を担う広い世界の同世代が相互理解を深める、国家を超えた多様で多彩な個人のつながりと信頼こそが、これからの世界には必須の要件であると、世界の一流大学は認識している。多角的に自分をみる、世界を見る、考えられる人材に育てる、その責任を果たそうと努力しているのです。均一性の高い組織はこのような世界の多様で多彩な違いに気が付きにくい、対応しにくいのです。
あなた達の4人に1人が東大合格者数でトップ10の高校の卒業生、あなた達の5人に2人がトップ20の高校の卒業生。多くが中学高校の6年間同じ学校で学び、入学試験で選抜され、今日を迎えたのです。あなた達の中の女子学生は19%弱。この10年平均20%に届くかどうかなのです。合格率は男女でほぼ同じ。つまり女性が受験しない、東大に来にくい社会的背景があるのです。日本の主要大学の中で東大の女子学生比率は最低レベルです。皆さんがすぐに思いつく世界の大学、 Harvard、Cambridge、Stanford、Princetonなど学部生は男女半々です。各大学が目標へ向けて努力しているのです。さらに米国の一流大学の例、たとえばアイヴィーリーグ8大学ではその4大学で女性が学長です。東大の弱さは多様性に欠ける、均質性が高い、国際性が低いことです。教員も学生も男性が多く、女性も、外国人も少ないのです。
自分の「良さ」、「強さ」、そして「弱さ」は違った環境に出てこそはじめて認識できるものです。グローバル世界の中での自分の「強さ、良さ」そして「弱さ」を知ることはとても大事です。自分を過信することなく「弱い」所を知ることで、謙虚になれる。その謙虚さこそが自分の「弱さ」を生かす「本当の自信」を生み出すでしょう。「自分を過信せず謙虚に」これこそがグローバル世界でどんな活動をするにしてもあなた達の「自信」となるのです。
世界ではとんでもないことがおこっています。デジタル時代の画期的な教育法、「ムーク MOOC」"Massive Open Online Courses"です。Stanford、MIT、Harvard、Berkeleyなどの大学の授業をだれでも、いつでも、しかも無料で On-lineで受けることができるのです。自分の成績をこれらの大学の学生達、世界の若者達と共有できる、評価できるのです。世界の何千人、何万人という若者達が参加している授業もあります。大いに活用してください。自分の力がわかる、視野が広がる世界が広がっていくのを実感できるでしょう。
日本の大学では、教育に対する評価が軽視されていました。「学生による授業評価」に批判的な先生が多いのも事実です。しかし「ムーク」によって授業や教授の評価が世界にオープンになってきた。大学教育の革命です。大学は、先生にとっても学生にとってもお互いに世界に「オープン」な「学びの場」になってきたのです。デジタル技術は皆さん一人一人に、社会の肩書も国籍も国境も超えて自分の可能性を追求する力を与えている。「ムーク」で自分の可能性をさらに広げることができるのです。ムークを受けるうちに海外の大学へ行きたいと考え始める人もあなた達の中に出てくるでしょう。とんでもないことと思われるかもしれませんが、それは可能なのです。あなた達、一人一人の選択です。
グローバル世界でのあなたの価値をつくる。これがあなた達、一人一人の、これからの世界での「ユニークな自分のキャリア」なのです。「ユニークな自分のキャリア」を作る、これはあなた達、一人一人の選択なのです。
いくら知識があっても、実体験のないことは 所詮ヴァーチャル、頭の中の出来事です。実体験ほど大切なことはありません。これらからの世界の将来を一緒に背負っていく世界の仲間達を知ることは、自分の将来にとってとても大事なことです。このような仲間が世界に広がる、ネットでつながっていることができる。日本と世界の多彩な人達を結ぶ「ハブ」に、あなた達、一人一人がなれるのです。ここにも東大の「秋卒業」「秋入学」のメ―セージがあるのです。春でも、夏でも、秋でも、冬でも、休みのときには、まずは社会体験をする。いろいろ違った世界へ出かけてみることです。私は、特に海外へ出てみることを、皆さんにすすめます。
なぜ「海外」か?それは自分の将来にとって、グローバル世界の課題と自分の可能性に気付く機会が、飛躍的に増えるからです。そして日本を「外から」見る、自分と日本の「良さ、強さ、そして、弱さ」を感じ取れる、より大きな枠組みで日本を見ることができるからです。意識が大きく変わっていく、成長していく自分を実感するでしょう。そのような機会を 積極的に増やすことです。
時には「自分のしたいことはこれだ、、、、」と気が付くこともあるでしょう。それは心のときめきか、直感か。心がざわめく、「それ」が好きだから、自分の「心の声」だから夢中になれるのです。海外の大学へ短期留学もよし、AIESECによる海外の企業や政府やNGOでのインターン、ボランテイアもよし、ギャップターム、ギャップイヤーなどなど、自分で行動する機会はいくらでもあるのです。
思い切って休学するのも賢い選択です。世界に出ることで自分の夢、大きな目標に目覚め活躍している多くの若者を知っています。そんな東大生を何人も知っています。皆さんが見違えるような成長をしているのです。だからこそ「外へ出てみる」「休学のすすめ」なのです。世界の自分を見つける「休学のすすめ」。
これからの世界の変わりようはだれにも予測できません。今日、新しい人生の出発点に立ったあなた達がそれぞれに世界の中で自分の大きな夢を見つけ 充実した刺激に満ちた毎日を過せれば、こんなに素敵な人生はないでしょう。
「いまを生きる」というアメリカ映画があります。寄宿舎生活の「エリート」高校の先生と生徒の交流のものがたりです。私は、なぜかとてもとても感動しました。素晴らしい言葉がいくつも出てくるのです。なかでも「Carpe Diem」というラテン語、「いまを生きる」「今日をつかむ」、この言葉が私の心にとても響いたのです。私も色紙(シキシ)や本にメッセージを求められることがあります。いつも「Carpe Diem 今日をつかむ」と書きます。あなた達のこれからの毎日が「Carpe Diem 今日をつかむ」であるとすれば本当に素晴らしいことです。「Carpe Diem 今日をつかむ」。
皆さんおめでとう。
平成25年(2013年)4月12日
東京大学名誉教授 黒川 清
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