平成26年度東京大学学部入学式 総長式辞

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式辞・告辞集 平成26年度東京大学学部入学式 総長式辞

 皆さん、入学おめでとうございます。長い受験生活を経て今日ここに出席が叶った皆さんに、東京大学の教職員を代表して心よりお祝いを申し上げたいと思います。また、この場にはご家族の皆さまにも多数参加いただいています。この日に至るまで皆さんの厳しい受験勉強を支えて下さったご家族の皆さまにも、お慶びを申し上げます。この晴れの日を皆さまとともにお祝いさせていただけることを、まことに嬉しく思います。

 今年度の学部入学生の数は、3158名です。うち外国人留学生は44名です。東京大学の入学試験は皆さんがよく知っているように、たくさんの知識をただ暗記するだけではパスできません。豊かな知識を基礎として、それを使いこなすことのできる力、つまり、文章や現象の本質を読み解く力、総合的かつ分析的な思考力、あるいは論理的な表現力などが、入学試験で試されています。それだけに、この試験を突破してきたことによって、皆さんは、東京大学の学生という身分を得たという形式にとどまらず、これからこの大学で人類の長い歴史を背負った学問の広く深い世界を探求していく資格を認められたという実質を、誇りとしてもらいたいと思います。

 今年は、本郷キャンパスの図書館工事のために、恒例の三四郎池傍での掲示板での合格者番号の発表は行いませんでした。合格者番号を自分の目でたしかめたい、あるいは胴上げをしてもらいたかったと、残念だったかもしれません。その分、この場では、例年以上の思いを込めて、皆さんに「おめでとう」という言葉をお伝えしたいと思います。同時に、こうした機会に皆さんが、難しい入学試験に合格した時の感激にまさるような感動を、むしろきちんと卒業した時にこそ味わえるような成長を、大学生活の中で目指してくれれば、それもまた素晴らしいことだろうと考えています。それはつまり、これまでの受験勉強以上の豊かな、あるいは時にはハードな学びの経験を、この大学にいる間に行ってもらいたいということです。

 皆さんがいま具えている学力は、欧米の有力大学への新入生に比べて、決して遜色ないものであり、少なからぬ皆さんの力はそれを凌駕するほどのレベルのものです。ただ、卒業の時点になると力が逆転していくという話も聞きます。もっとも、これは、海外の大学との交流経験豊かな教員たちの実感ベースでの印象であって、何か明確な統計的証拠があるわけではありません。また、東京大学を卒業するかなりの人たちは、世界の有力大学の卒業生と比較しても高い水準の知的能力を習得しています。しかし、いずれにしても、グローバル化の時代といわれ、将来皆さんには世界のあちこちで思い切り活躍してもらわなければならない時代を迎えて、私は、学生の一部だけではなく、今日この場にいるすべての皆さんが世界トップ水準の知的な総合力を身に付けることができるように、教育を行いたいと考えています。

 皆さんはこれまで、日々着実に成長を重ねてきました。たとえば、中学校に入ったばかりの頃の自分といまの自分とではずいぶん変わったと、皆さん自身が感じることもあるでしょうし、何より傍からずっと皆さんを見てきたご家族の皆さまが、その目覚ましい成長ぶりをよくご存じのことと思います。しかし、大学という場で、皆さんはさらに大きく変わるはずです。これまでさほどでもなかった学生の力が、新しい学問の刺激に出会ってぐんと伸びるのはよくあることです。また、性格も入学時は内向的であった学生が卒業時にはずいぶんと積極的になるということも、よく見聞きします。大学では皆さんの能力も人格も、これまで以上に目覚ましい変化を遂げることが多いのです。

 その理由は、大学では、知的にも社会的にも、これまでとは大きく違った環境があるからだと思います。知的な面で言えば、高校までは限られた範囲に枠づけられていた授業科目の向こうに、とてつもなく広大な学問の世界が広がっていることを発見するはずです。そして、その学問の世界は、教科書に固定されたように静止しているのではなく、すさまじいスピードでさらに発展していることにも気づくでしょう。そうしたダイナミックな知の世界に身近に触れることによって、皆さんの知識の構造、論理の進め方、物事の見方や価値の捉え方などが大きく変化していくのは、自然なことです。

 また、皆さんの世界は、社会的な意味でも大きく広がるはずです。自分が住んでいたのとは異なった地域で生まれ育った人たち、自分とは違った能力や経験をもった人たちとの出会いの機会は、高校時代とは比べ物にならないはずです。大学外での活動も広がることと思います。一言で言えば、一段と多様性を増した世界が、皆さんの周りに広がります。これまで自分が慣れ親しんできたものとは異なった環境、しかもそれぞれに素晴らしい能力を具えた人々に取り囲まれた環境の中で日々を送ることは、間違いなく自分を成長させてくれるものです。そのような変化が起こるのだということを意識し、その変化を楽しむということが、まさしく大学での生活の醍醐味です。東京大学という恵まれた環境を最大限に生かすために、皆さんには、大学での知的な生活、社会的な生活に、積極的・能動的にかかわっていってもらいたいと願っています。

 こうした期待を述べるときにしばしば使われるのは、主体性を持つ、という言葉です。私もたしかに使うことがあるのですが、ただ、私は実は、主体性という用語は何となく綺麗な言葉にすぎる印象があって、あまり好きではありません。自分の主体とは何であるのかまだ迷っている人たちに、また、まだまだこれから主体の中身を作っていくことが求められている人たちに、主体性という言葉を当然の前提として期待を述べることに、いささか躊躇を感じます。自ら物事に積極的・能動的にかかわることが求められる時に、主体性という言葉でなければどんな言葉があるだろうかと考えて、私に思い浮かぶのは、少し固い言葉ですが、「自己投企」という哲学用語です。これは、私が大学に入って間もなくの頃に耳にして以来、いまでも印象深く覚えているのですが、たしかドイツの哲学者であるマルティン・ハイデッカーからフランスの哲学者であるジャン=ポール・サルトルにつながる実存の哲学の流れの中で使われた言葉だったと思います。この概念の厳密な哲学的な議論や当時の時代状況の下での政治的・社会的文脈などはさておき、私がそれをいまも記憶しているのは、これまでの自分というものに囚われず、まだはっきり見えていない未来の可能性の中に自分を投げ込む、そこで思い切りもがいてみることによってこそ自分というものが形成されてくる、というニュアンスを、この言葉から直感的に感じ取ったためであると思います。皆さんには、これまでの受験勉強の時代に別れを告げて、大学という知的な新しい世界に思い切り自分を投げ込んでほしい、そこから改めて大きな成長を遂げてほしいという願いを込めて、東京大学という環境の中に「自己投企」を、という言い方で、皆さんへの期待をあらわしたいと思います。

 もちろん、皆さんにこのような期待をし、こうした呼びかけをする以上は、大学の側としても皆さんの「自己投企」が意味あるものとなるように、態勢を整えなければなりません。いま東京大学の学部課程で総合的な教育改革をすすめている理由は、まさにそこにあります。

 平成27年度、つまり来年度からの本格実施を目指して進めている教育改革の全体像については、先ほど皆さんに配布したパンフレットを後ほどじっくり見ておいていただければと思います。皆さんも来年度から、その枠組みの流れに則って教育を受けることになりますが、そこで目標とされているのは、教育の国際化であり、教育の実質化であり、教育の高度化ということです。国際化をさらに大きく進めるために4ターム制をとって、海外の主な大学と授業期間や休暇期間のサイクルを出来るだけ調和させる、そして、さまざまな国際交流プログラムや奨学金を拡充することによって、皆さんが東京大学の中だけでなく、世界を動き回り、新鮮な知識や異なった考え方・価値観、あるいは違った生き方などに触れて、自分の中に眠っているかもしれないあらゆる可能性を試し、伸ばしてもらいたいと考えています。「グローバル・キャンパス」という言葉を東京大学では目標としてしばしば使ってきましたが、これは、海外からさらに多くの留学生を受け入れてキャンパスをいっそう国際性豊かなものとしていくという意味であると同時に、学生の皆さんがどんどん海外に出ていくことによって、世界中の大学のキャンパスを、あるいは世界のさまざまな場を、自分たちの学習の場としていくという状況をも目的としたコンセプトです。

 言うまでもなく、学生生活の基本は、教室という場です。私たちは、そこで提供されている授業の内容が世界トップ水準のものであることに、自信と誇りをもっています。このたびの教育改革で行っているのは、そうした内容をより効果的に、さらに実質的に皆さんの血とし肉としてもらうために、さらにどのような工夫が可能かという取組みです。双方向性の高い授業、少人数のチュートリアル的な授業、アクティブラーニングの強化、さらに習熟度別の授業、教養教育と専門教育との有機的な結合、分野横断型のカリキュラムの拡充など、構想されているメニューは実に豊富です。東京大学では定期的に「学生生活実態調査」という学生へのアンケート調査を行っていますが、2012年に行った調査では、「現在のカリキュラムに満足していますか」という問いに対して、満足している・まあ満足している、という答えを合わせると60%くらいになっています。これは必ずしも悪くない数字ですが、他方で、大学への要望で一番多いのが授業の工夫や改善に対するものであり、改善をとても期待する・期待するを合わせると75%に上っています。このたびの教育改革を通じて、こうした学生の皆さんの要望に応えながら、東京大学が研究で世界トップの水準であると同様、教育でも世界トップの水準であることを実現したいと考えています。そうした取組みを基盤として、私がこれまで学生の皆さんに繰り返し呼びかけてきたように、「よりグローバルに、よりタフに」という東大生の姿が着実に実現されていくものと期待しています。

 ただ、ここでもう一度強調しておきたいのは、こうした改革は、学生の皆さん自身がそれに積極的・能動的にかかわり、自分の力を伸ばすために仕組みを十二分に活用していこうという姿勢がない限り実を結ばない、ということです。皆さんが大学の今の改革の取組みを口を開けて待っているだけでは、状況はこれまでと大きく変わることはないでしょう。であるからこそ、皆さんに、このいまの東京大学の動きに積極的にかかわっていく、「自己投企」を求めたいと思うのです。

 皆さんの先輩の中には、すでにいまの教育環境を最大限に活用して、自分の才能を花開かせている人たちが、たくさんいます。例えば、東京大学には学生表彰という仕組みがあって、毎年、「学業、課外活動、社会活動等において特に顕著な業績を挙げ、他の学生の範となり、本学の名誉を高めた」学生を表彰するということが行われています。そして、そのなかでも「極めて顕著な業績」と認められたものについては、「総長大賞」が与えられます。学業の場合は、成績だけではなく学術的な高い成果なども求められますので、通常は大学院生にこの大賞は授与されてきました。しかし、昨年度は、学部での研究論文が国際的な科学雑誌に掲載されるなど高い評価を受けたとして学部4年生の2人の学生が、この総長大賞を受けています。いまここにいる皆さんも、わずか数年もすればこうした成果をあげられるまでに成長するということであり、そうした可能性を大いに楽しみにさせていただきたいと思います。

 また、教育改革の中ですでにスタートしている取組みの一つとして、初年次長期自主活動プログラム、いわゆるFLYプログラムというものがあります。これは、入学直後から1年間特別休学をして国内外でボランティア活動や就業体験活動、国際交流活動などを行って自分を成長させていく自己教育の仕組みです。昨年4月から11名の学生がこの制度を利用して活動してきましたが、その成果レポートが最近出てきています。そのレポートを読んで私も感動しましたので、ほんの一節だけですが紹介させていただこうと思います。
 「この一年様々な国を訪れてみて、日本での当たり前が当たり前ではない、むしろ正反対のことが当たり前とされている世界のあることを知った。そのことから、唯一絶対の『正しい』価値観など存在せず、真実は無数にあると考えるに至った。この気づきは様々な点で自分の変革を促したが、それは一度日本の当たり前の日常を離れてみなければなかったと思う。」と言っています。そして、そこから「自分の変革」の一つとして、「他者を否定しない」という学びを得た、ということにも触れています。
 また、「以前私は失敗することを恐れ、決して失敗しないように生きてきた結果、勉強以外の活動にあまり積極的になれなかった。しかし社会に出て自分のしたいことを実現させていく中で失敗や他者からの批判は必ずつきものであり、それを恐れていては何も始まらないことを知った」、ともレポートしています。
 このFLYプログラムに限らず、いま東京大学では、いろいろな形、さまざまなタイミングで、社会的あるいは国際的な体験活動に皆さんが参加出来る機会を充実させています。皆さんが知識というものを頭だけでなく実感として肌身で学んでいくために、こうした機会も効果的に活用してもらえればと思います。

 大学というのは狭い意味での勉強をするだけの場ではありません。私は「知的な総合力」という言葉を使うことがありますが、高い水準の知的な力を鍛えるとともに、それを実際に生かしていく、高い水準の社会的な力をも鍛えてもらいたいと考えています。それらを併せて、皆さんが将来、大学で研究者としての道を歩むのであれ、社会のどのような現場で活動するのであれ、人々の中でつねに先頭に立って活躍が出来るような「知的な総合力」を育んでもらいたいと思います。そのために、ある時は、一人で夢中で勉学の世界にのめり込むことも必要ですし、またある時は、仲間や他の人々と一緒に、社会の多様な広がりを経験するといったこともして下さい。

 たまたま明日から春の東京六大学野球が神宮球場で始まります。開幕戦に東京大学の試合がありますので、私も応援にいくつもりですが、球場に行くと、野球部員の学生たちの活躍はもちろん、後ほど、今日の式典の最後に皆さんにエールを送ってくれる予定の応援部の学生たちの元気一杯の応援ぶりなど、日頃はあまり目にしない、東京大学の姿、学生仲間の魅力を感じることができます。ぜひ皆さんにも在学中、運動会のさまざまな部の試合の競技に参加する人も多いでしょうが、また応援に出かけるといった機会も作ってもらいたいと思います。

 こうしたこともすべて含めて、この東京大学は、皆さんが持っているさまざまな可能性を大きく成長させていく宝庫です。そうした可能性の大海に「自己投企」をして、これまでの自分というものに囚われず皆さんの力を鍛え上げてほしいと思います。そして、全力を尽くして卒業の日を迎える時に、いま現在の入学の喜びにもまさる、一杯の充実感や達成感、深い感動を味わってもらいたいと願っています。これからの皆さんの実り多い大学生活を心から祈って、式辞とします。

平成26年(2014年)4月11日
東京大学総長  濱田 純一

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