平成27年度東京大学大学院入学式 総長式辞

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式辞・告辞集 平成27年度東京大学大学院入学式 総長式辞

 

本日ここに東京大学大学院に入学された皆さんに、東京大学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。また、ご家族の皆様にも、心からお慶び申し上げます。

本年4月に東京大学大学院へ入学したのは、修士課程が2,914名、博士課程が1,221名、専門職学位課程が348名、合計4,483名です。皆さんは、これからの東京大学大学院における研究と新たな学びへの期待に胸を膨らませていることと思います。大学院は日本の教育体系の中で最高位に位置し、中でも東京大学大学院は、規模の点でも水準の点でも世界有数の大学院です。この恵まれた環境を存分に活用して、学問に賭ける夢を育み、叶えてください。私たち東京大学の教職員は、皆さんの夢の実現を全力でサポートしたいと思っています。

 

私は、本日の午前中に行われた学部入学式で、新入生の皆さんに対して、大学で成長するために「学び」の姿勢のギアチェンジをしてほしいと述べました。高等学校までは、与えられた知識を身につけるという受け身の学びでしたが、大学では、能動的で主体的な学びが求められます。新入生に求められるギアチェンジとは、受け身の学びから能動的で主体的な学びへ切り替えることにほかなりません。

その為に、学部の段階で3つの基礎力を身に付けて欲しいと述べました。3つの基礎力とは、「自ら新しいアイディアや発想を出す力」、あきらめず「考え続ける忍耐力」、そして「自ら原理に立ち戻って考える力」です。さらに、この3つの基礎力をもとに、知の創造とそこから価値を生み出すための行動を起こすこと、そのためには、「多様性を尊重する精神」と自分の立ち位置を見据える「自らを相対化できる広い視野」を持つことが必要であると、学部新入生の皆さんにお話ししました。

学部を卒業して今や大学院生となった皆さんには、こうした学部段階で身に付けた力を発揮して、新しい知を創り出し、その知から新たな価値を生み出す「知のプロフェッショナル」となることが期待されています。如何にしたら「知のプロフェショナル」になることができるのでしょうか? それを実践的に学ぶ場が、この大学院です。大学院に入学することは、新しい知の創造者となるための挑戦の始まりです。まさにこれからが本番なのです。自信をもってひるまず前に進んで下さい。

 

東京大学は、2003年3月に、東京大学の憲法ともいうべき東京大学憲章を定めました。東京大学憲章は、学術の基本目標として、「学問の自由に基づき、真理の探究と知の創造を求め、世界最高水準の教育・研究を維持・発展させることを目標とする。」と掲げています。その上で、研究教育を通じて「人類の発展に貢献することに努める」と述べています。これは東京大学の学術活動を支える、揺らぐことのない基本理念です。自由な発想に基づく、真理の探究と知の創造、それは我々人間にしか出来ない、根源的で崇高な活動です。この人類の知の活動は、様々な技術を生み、それを多くの人々が活用する中で成果が共有され、新しい価値となり、社会に広く浸透していくのです。

 

20世紀を振り返ってみましょう。20世紀は自然科学のあらゆる分野で飛躍的な発展が見られ、科学技術の世紀となりました。例えば、物理学の分野では、20世紀の初頭に相対論と量子論が生まれ、物質とは何か、時間空間、さらには宇宙とは何か、という自然についての認識が一変したのです。そしてそのサイエンスから、半導体エレクトロニクスが生まれ、そこからコンピューターの急速な発展が生じたのです。このような科学技術の進歩によって、人類は大きな力を得て、その活動範囲は桁違いに拡大しました。高速鉄道やジェット機などの新しい交通手段や通信技術の革新によって、国境を越えた交流が可能となりました。特に近年のインターネットやIT技術の革新はめざましいものがあります。今や私たちは、世界中の情報を瞬時に手にすることが出来ますし、ネット上に流通する情報は、日々爆発的に増え続けています。

さて、このように科学技術が進歩する一方で、資源の枯渇、環境破壊、世界金融不安、高齢化、地域間の格差など、地球規模の課題が深刻さを一層増しています。これらの課題が人類の生活を不安定にしているのです。それは、最近世界で起きている紛争や様々な事件からも感じ取ることができます。

 

私が子供の頃は、「母なる大地」とか「水平線の彼方」といった表現でイメージされるように、地球はともかく、無条件に大きな存在でした。その地球が有限であるということが際だってきているのです。このような “小さくなった地球”の中で人類はどのような社会を目指すべきなのでしょうか? これからの時代を担う皆さんが、どのような社会を作っていこうとするのか、それが今まさに問われているのです。

小さくなった狭い地球で、皆が同じ様に暮らす均質な社会に向かうべきなのでしょうか? 20年ほど前に、国境を越えた活動が活発化する中で、「グローバル化」という言葉が使われ始めました。そこでは、世界中がフラットになる、すなわち均質になるという方向性が、ポジティブに語られていたと記憶しています。先進諸国における、良い暮らし、高い生活の質を地球上のすべての人々が享受する社会です。しかし、程なく、それは求める方向ではないことが強く意識されるようになりました。「個性を塗りつぶして均質をもとめる先に、人類全体の幸福、すなわち人類社会の発展はあるのか?」という疑問です。地球上には様々な歴史・文化をもった人々が暮らしています。性別、年齢、国籍を問わず、様々な立場の人々が、互いの違いや個性を受け入れ、それを尊重しあう社会を創らねばならないのです。その多様性を尊重し合うことを活力として、社会をより良くするために人々が協力するという姿、それこそが求めるべき「グローバル化」の姿であるべきでしょう。すなわち、「多様性を活力とした協働」が活発に行われる社会を、私たちは目指すべきなのです。

 

皆さんには「知のプロフェッショナル」として、知の力をもって活躍し、人類社会に貢献してもらいたいのです。その「知のプロフェッショナル」となるために、これからスタートする大学院をどのように活用したらよいのか、そのヒントを二つお話ししたいと思います。いずれも、私自身の経験に基づくことです。

 

第一は、科学的論理性を一層磨くことです。

学術研究は、自由な発想を起点とし、自分自身の論理的な思考の積み重ねによって、普遍的な真理に迫る知の営みです。新しい知の創造には「論理的思考」が不可欠です。知識が論理によって裏打ちされているからこそ、個人の発見した知識を多くの人々が共有することができるのです。大学院での生活の中で、この論理的思考力をより高度に鍛える努力をしてください。そのために私が推奨したいことは、皆さんがそれぞれ取り組む研究領域において、論理的に書かれている論文、とりわけ研究の出発点とされる原論文をたどり、自分が納得できるところまでじっくり時間をかけて徹底的に読み込むことです。原典とよばれる文献はかならずしも読みやすいものではありません。それはその論文が書かれた時にはその周囲の学問体系が整っていないため、理解を進める為の道標となるものが論文の中に示されていない場合が多いからです。

私自身の大学院生時代を振り返ってみると、この様な文献と格闘することが多くありました。幸い、周囲には、同じ問題意識を共有できる優れた先輩や後輩がいました。それらの人々を巻き込んで徹底的に議論をする中で、一人では読破できない難解な文献を理解することが出来たということを何度も経験しています。このような仲間との濃密な議論は、実験データの解析や解釈、あるいは共同で論文を書く場面など、大学院生の研究活動のあらゆる場面で、皆さんの研究の科学的論理性を支えるものとなるでしょう。このような大学院での学びは、間違いなくその後の人生の財産となるものです。

皆さんの中には、大学院を出て、アカデミア以外の分野で活躍する人も多いと思います。この科学的論理性を追究する中で鍛えた力は、皆さんがどのような分野で活躍しようと、皆さんを強く支えるはずです。問題について自らその原因を辿り、それに従って予断なく合理的に判断し、次のアクションを的確に提示するという、問題解決力の源泉となるからです。

 

第二点として皆さんに伝えたいことは、大きな野心と夢をもって未踏の領域に進む、「挑戦の精神」です。

学術研究は、基礎に立ち返り、論理的な思考によって足場を踏み固めながら進み、新たな知識のピースを追加していくという、地道な作業の積み重ねです。しかし、時として手にした新たな知によって、それまでの学問体系の全体像がまるで違った形に見えるような瞬間に出くわすことがあります。この瞬間の興奮と感動こそが学問に向かう原動力なのです。新たに追加された知のピースによって、それまで常識として定着していた学理体系の矛盾や欠陥が露わになり、大きな音を立てて崩れ去ることすら起こるのです。そして、そこから新しい枠組みが再構築されます。これがいわゆるパラダイムシフトです。皆さんには、是非このようなパラダイムシフトにつながる研究に向かって挑戦してほしいのです。このようなパラダイムシフトは、偶然やってくるものではありません。みずから引き寄せるものだと私は考えます。引き寄せるためには、先ほど述べたように、先人が築いた学問を基礎に立ち返って理解すること。その上でそれに安住するのではなく、それを疑い、その先を求める野心と夢をもつことです。青色発光ダイオードの研究で、昨年度のノーベル物理学賞を受賞された名古屋大学の天野浩教授の例のように、大学院時代にそのような研究のきっかけをつかむことは多いのです。

東京大学においても、そのような例は枚挙にいとまがありません。ひとつの例を紹介しましょう。皆さんは「ヒッグス粒子」をご存じでしょうか? 宇宙創世の秘密を解き明かす「神の粒子」とよばれるものです。2013年のノーベル物理学賞は、 1960年代にこの「ヒッグス粒子」の存在を提唱したエディンバラ大のピーター・ヒッグス名誉教授とブリュッセル自由大のフランソワ・アングレール名誉教授へ授与されました。ところで、質量の起源を与えるというヒッグス粒子のアイディアの源泉は、2008年にノーベル物理学賞を受賞された、本学出身の南部陽一郎教授が提案された、「自発的対称性の破れ」という考え方にありました。2013年に「ヒッグス粒子」がノーベル賞の対象となったのは、スイスの欧州合同原子核研究機関(CERN)の行った実験で、ヒッグス粒子の実在が証明されたことによります。その実験は、CERNにおいて、世界中から集まった3,000人を超える研究者集団によって行われました。そこで中心的な役割を演じたのが、本学大学院理学系研究科の浅井祥仁教授と本学素粒子物理国際研究センターの小林富雄教授が率いた、東京大学の大学院生を含む若い研究者グループなのです。ヒッグス粒子の発見は、真空というものは、何もないからっぽの空間ではなく、いまだ良くわかっていない不思議なもので詰まっていて、それが相転移し、進化することでこの宇宙が生まれたことを示唆しているのです。まさに、我々の世界観に大きなパラダイムシフトをもたらすものです。皆さんにも、このような感動と興奮をつかむチャンスが、すぐそばにあるのです。

 

これまで、知の創造のための「論理的思考」と「挑戦の精神」を強調してきました。このような力を鍛える場として、東京大学は長い歴史を持っています。東京大学は1877年(明治10年)に創立され、2015年の今年は創立から139年目に当たります。今年は第二次世界大戦終戦から70年目ですから、東京大学の歴史は、第二次世界大戦の終戦を真ん中に挟んで、前後約70年ずつに分かれるわけです。そして、皆さんの「知のプロフェッショナル」としての人生は、まさに次の70年を担うことになります。そこで、東京大学の発足時の話を少し、紹介しておきたいと思います。

東京大学創立の頃は、長い鎖国のあとで、西洋文明を急いで導入し近代化を進めるため、各方面の外国人教師を招いていました。皆さんは、東京大学の創設時から医学を教え、日本医学の恩人とされるドイツ人のベルツ博士をご存じでしょうか。ベルツ博士は詳細な日記を残しており、ベルツ博士の日記は明治期の日本の様子を伝える貴重な記録として知られています。その日記に、1901年(明治34年)11月に小石川の植物園で行われた自身の在職25年祝賀会のことが記されています。祝賀会でベルツ博士は、次のようなことを述べています。

 

「日本人は科学というものを、たやすく運んできてそこで仕事をさせることのできる機械であると誤解している。科学は有機体でありその成長には一定の気候・大気が必要である。外国人教師は、科学の樹が、日本の土壌から自力で育つように種をまく庭師としての使命感に燃えていた。それなのに日本人は彼らを果実を切り売りする人として扱った」

 

創立からまだ四半世紀という段階ですが、効率よく知識や技術を移入するだけでなく、本当の学問を日本に根付かせてほしいという願いを込めた苦言です。ベルツ博士は日本人がもっと自分たちの歴史や文化を誇りにし、大切にすべきだということも他の箇所で述べています。長年、日本の若者に愛情を注いできたベルツ博士の思いを感じることができます。

ではベルツ博士の願いは実現したのでしょうか。20世紀初頭の東京大学の学術を見ると、ベルツ博士の願いが実現しつつあったことが分ります。ベルツ博士が教鞭をとった医学部を卒業した北里柴三郎が、ドイツで血清療法を発見したのは1890年です。化学では、高峰譲吉がアドレナリンの結晶抽出に成功したのが1900年です。物理学では長岡半太郎による土星型原子模型の発表は1903年です。人文科学では、東西文化融合の先駆者である岡倉天心の英文著作「東洋の理想」の出版が同じく1903年です。西洋のまねにとどまるのではなく、自然の普遍的な仕組みを探る研究や、日本の伝統的な考え方や文化を取り込みながら、東西文化融合の新しい学術に挑戦し、独自の学術を世界に発信し始めていることが分ります。ベルツ博士の精神はこのようにしっかり根付きはじめていたのです。

 

世界の不安定化を感じることが多くなっている今日において、人類の多様性を活力として、より良い社会を創るために、我々は知恵を出し合い、協力して行動しなければなりません。この東京大学が培ってきた、東西両洋に根ざした学術の伝統は、まさに、人類の知の多様性の表れであり、これこそが真の「グローバル社会」構築の鍵となるはずです。その中心に集う皆さんには、人類に貢献するという責任感と気概、そして野心と夢をもって挑戦して頂きたいのです。

これから大学院での生活が始まりますが、皆さんが安心して最高の学びと研究に打ち込めるように、私は東京大学総長として、さまざまなレベルで大学院の教育研究環境を充実させていきたいと思っています。また、皆さんが「研究する人生」に魅力を感じることができるように、研究者の雇用環境の改善に向けて働きかけをしていきます。

大学で学び、研究する私たちの果たすべき役割は、学問を深め、新たな価値を創造することです。私は21世紀を担う皆さんと共にその現場に立てることを、幸運だと思っています。共に夢を持って挑戦し、新たな伝統や学問を一緒に創っていきましょう。

皆さんが元気に活躍されることを期待しています。

 

平成27年(2015年)4月13日
東京大学総長  五神 真

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