平成30年度東京大学学位記授与式 総長告辞

平成30年度東京大学学位記授与式 総長告辞

本日ここに学位記を授与される皆さん、おめでとうございます。晴れてこの日を迎えられた皆さんに、東京大学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。本年度は、修士課程3,082名、博士課程1,103名、専門職学位課程301名、合計で4,486名の方々が学位を取得されました。そのうち留学生は936名です。これまで長きにわたり、学業に打ち込む皆さんを物心ともに支え、この晴れの日をともに迎えておられるご家族、ご友人の方々にも、お祝いとともに、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

皆さんは、本日、学位記を手にされ、東京大学で学問に取り組んだ日々を振り返り、様々な感動あるいは苦労を思い起こしていることと思います。皆さんはこれから、さらに大きな変化に出会うことでしょう。そのとき、東京大学での経験を糧として、変化に怯むことなく、むしろそれを好機と捉えて、存分に楽しみ、前に進んで頂きたいのです。

さて、私が東京大学総長に就任してほぼ4年が経過しました。この4年間を振り返ると、世の中がかつて無いスピードで変化するようになり、これまでと異質な転換がおきつつあるのではないかと感じます。その背景にあるのが、サイバー空間の拡大です。私たちがインターネットを日常的に利用するようになってから既に20年ほどになりますが、この間に、様々なデータがデジタル化されサイバー空間に蓄積され続けてきました。特に、高度なセンシング技術や、半導体メモリなどの飛躍的な進歩によって、膨大なデータの収集や保存が容易になりました。そして今、人工知能技術やビッグデータ解析によって、そのデータを様々な形で活用できるようになっています。

こうした技術革新は、私達の日常にも急速に入り込んでいます。これは「デジタル革命」とも呼ばれ、社会や産業にも大きな変化をもたらしています。これまでは、自動化や大規模化によって、労働集約的な生産現場の資本集約化を進め、成長を達成して来ました。しかし、この成長モデルは終わりを告げています。第1次、第2次、第3次産業の領域を問わず、あらゆる場面で「スマート化」が進んでいます。そしてこうした流れの中で経済的な価値の中心が、モノから知恵や情報へとシフトしつつあります。今、これまでの延長上にはない、新しいモデルへの不連続な転換、すなわちパラダイムシフトが起きつつあるのです。知識集約型社会へのパラダイムシフトです。

デジタル技術によって、散在していた様々なデータがサイバー空間に蓄積され、それらが関連づけられ繋がります。サイバー空間を実際の物理空間と融合させつつ、データをうまく活用する中で、老若男女、障害のあるなしなど、様々な制約を乗り超えて、すべての人々が参加し、活き活きと活躍できる社会、すなわちインクルーシブな社会を実現できる可能性があります。地方と都市の格差や高齢化など現代社会が抱える様々な課題が解消され、より良い社会が実現するというシナリオです。

しかし、デジタル革命は必ずしも、より良い社会を建設するというシナリオへ我々を導くとは限りません。世界中のデータが一部の企業や国家に独占され、データを持つ者と持たざる者の間に決定的な断絶や格差が生まれてしまう、悪いシナリオへと陥る危険もあります。どちらに向かうのか、人類は、今、まさに分水嶺に立っているのです。我々は、互いに知恵を出し合い、協力し、より良い未来を選び取るのだということを意識して行動していかなければなりません。

このような状況において、大学の使命や学問の役割は質的にも大きく変わりつつあります。それを端的に示す例が、大学と産業界との関わり方の変化です。東京大学では、これまでも産業界との共同研究が多数行われて来ました。その多くは、企業の開発現場における様々な問題解決に関して、大学と企業が協力するというものでした。

しかしながら、そうした従来型の産学連携では、いまは不十分になってきています。パラダイムシフトが進む中、予め提示された問題を協働して解決するだけではなく、時代の課題と向き合いながら、何を解くべきかという問いそのものを検討し直し、共に考え協力して取り組むことが必要になっています。そのために東京大学では、「産学協創」と名付けた新しい形の連携を始めています。知識に関わる大学と、経済活動に携わる企業とが手を取り合い能動的に論じ合うことで、新たな知を創りだすことはもとより、その知を確実に社会に拡げ浸透させていくことが可能になるのです。

学問を担っていくという大学本来の役割と、社会を良くするために大学が担うことになる新たな使命とは、決して対立するものではありません。東京大学は、一昨年、創立140周年を迎えました。そこで次の70年を「UTokyo 3.0」と名付け、今、大きく飛躍しようとしています。平成最後の年に学位を取得される皆さんは、まさにその歴史的な転換点に立ち会っているのです。

知はそれを活用し、新しい社会を創る担い手がいて初めて意味を持ちます。私は、知を創造し、知をもって人類社会に貢献する人材を「知のプロフェッショナル」と呼んでいます。皆さんが今日手にした学位は、まさにその資格を意味します。資格を得たということは、同時に責任を負ったということでもあります。これまでの努力に誇りを持つと同時に、社会から期待される役割を自覚して、謙虚で誠実であり続けることを忘れず、常に前に向かい、挑戦を続けてください。

では、「知のプロフェッショナル」としてさらなる研鑽を積んでいくうえで、どのように社会や学問と向き合っていけばよいのでしょうか。そのヒントとして、「知のプロフェッショナル」の先達の例を紹介したいと思います。

昨年、日本の研究者がノーベル賞を受賞するという嬉しいニュースがありました。免疫学の本庶佑京都大学特別教授です。18世紀の英国におけるジェンナーの種痘法の開発に端を発する免疫学は、ベーリング-北里柴三郎によるジフテリアの抗毒素療法の発明など、たえずヒトの病気とのかかわり合いの中で発展し、人類に貢献してきました。

本庶先生は、米国から帰国した1974年より5年間、本学医学部の助手として教育研究に従事されました。先生は、日本で研究を開始するにあたり何をテーマにするか大いに悩んだといいます。そして「どうせやるなら一番やりたいことをやろう」との思いで、免疫の多様性の仕組みを解明するという大きな課題に真っ正面から取り組むことに決めます。免疫システムとは、体に侵入した細菌やウイルスなどの抗原とよばれる異物が侵入した際に、その異物に応じた抗体と呼ばれるタンパク質を生み出して自己を防御する仕組みです。ありふれた細菌などから自然界に存在しないものまで、侵入物は多種多様です。それを抗原と認識し、それぞれに固有の抗体を作りだすのです。その仕組みは、物理学者の私からすると、とても不思議です。この免疫系の驚くべき多様性は、長年の謎とされてきました。本庶先生は、助手時代に当時開発されつつあった分子生物学の技術をいち早くもちいて、抗体の遺伝子解析に取り組み、免疫の多様性の仕組みの解明に関する画期的な研究成果を次々あげます。

今回のノーベル生理学・医学賞の受賞対象となったPD-1分子の研究も、もともとは、好奇心からはじまった純粋な基礎研究でした。1990年代にPD-1分子が本庶研究室で発見された後も、しばらくはその重要性は未知数でした。免疫システムの中でPD-1の果たす役割は、すぐにはわからなかったのです。しかし本庶先生はずっと諦めることなく、様々な実験の試行錯誤を繰り返します。そしてついにPD-1を欠いたマウスについて、免疫系の作用が過剰になり、自分の正常な細胞や組織に対してまで攻撃してしまう自己免疫性疾患を発症するということをつきとめました。すなわちPD-1は免疫の応答を抑えるブレーキ役を担っていたのです。そこから本庶先生は、そのPD-1をコントロールして免疫のブレーキをはずすことができれば、がんの治療に応用できるのではないかと考えていきます。これは、当時まず無理であろうと思われていた癌の免疫療法です。本庶先生はこの仮説をもとに、最終的に画期的な新薬の開発にまでたどりつきます。手術、抗がん剤、放射線治療につぐ第4のがん治療法としての免疫療法は、多くのがん患者の新たな治療につながっています。好奇心から生まれたテーマをとことん突き進めた結果、大きな社会貢献に至ったのです。本庶先生は、「何ができるか」よりも「何を知りたいか」が研究をすすめるうえで重要だと語っておられます。私はまさにここに学問研究の本質があると思っています。

もうお一人、知のプロフェッショナルの先達を紹介したいと思います。同じ免疫学の研究者である石坂公成(きみしげ)先生です。昨年92歳でお亡くなりになられましたが、アレルギーの原因物質である免疫グロブリンE (IgE)の発見という世界的業績で知られています。

石坂先生は1948年東京大学医学部を卒業、現在の東京大学医科学研究所の前身の伝染病研究所で免疫学の研究を行い、1957年には米国に拠点をうつし、生涯を通して、アレルギーの仕組みを探る免疫学の研究に取り組みました。免疫システムは、本庶先生の研究でも触れましたように、外界からの侵入物に対し、自己と非自己を見分けて自身を守る精緻で複雑なしくみです。その免疫のしくみがアレルギーというやっかいな症状をもたらす原因にもなるのです。我が国では全人口の約2人に1人がアレルギーに悩んでいるとされ、それを原因とする花粉症や気管支喘息、蕁麻疹(じんましん)などの増加が社会問題となっています。

アレルギーの原因物質は「レアギン」とよばれ、その正体については学会で長く信じられていた定説がありました。石坂先生はそれに疑問をもったのです。そして、自身の実験データから、当時の技術では同定できないほど微量にしか存在しない別の物質ではないかとの結論にたどりつきました。学説上の常識ではなく自身の実験事実を信じたのです。さらに創意工夫のうえ独創的な方法を考案し、ついに1966年、アレルギーの原因物質として、IgEというタンパク質分子の発見に至るのです。常識にとらわれないという研究スタイルが生みだした大発見でした。

石坂先生は世界中の免疫学研究者から大変尊敬され慕われていました。それは、IgEの発見という大きな業績だけでなく、先生の寛大な精神、オープンな姿勢によって世界のアレルギー学が大きく発展したからです。当時、IgEやその抗体は大変貴重でした。それを、世界中の研究者に何の見返りもなく配布したのです。その結果、大勢の研究者の取組によって、複雑で厄介なアレルギー症状の基本的病態はほぼ解明され、喘息などの治療薬が生み出されたのです。石坂先生は、「competitor同士はサイエンスの意義を社会に知らせるという共通の目的を持っている。互いに協力することは、相手を蹴落とすよりもはるかに大切である」と語っています。

このお二人の研究者に、学ぶべき点は沢山あります。
 まず第一に、何かを知りたい、という純粋な好奇心から始まっていることです。決して最初から直接的に役に立つ研究を目指していたわけではないのです。大きな課題に立ち向かおうとすればするほど、「知りたい、理解したい」という純粋な原点の重要性が浮かび上がってくるのです。

第二に、定説を安易に信じず、自ら主体的に考える姿勢と創意工夫によって、ブレークスルーを生み出した点です。着実に積み重ねた事実とデータが常識を打破しうる。その過程においては、粘り強く困難に挑戦する強い気持ちと自分を信じる力が必要となります。

第三は、研究開発におけるオープンマインドの重要性です。成果を独占するのではなく広く社会と共有することが、むしろ新しい価値の創造につながりうる。これは、最近その重要性が強調されている、オープンイノベーションの先駆的な例ともいえます。また現代社会における、知的財産の管理のあり方についても、重要な示唆をあたえてくれているように感じます。

これまで述べてきたように、免疫システムの本質は、「自己と非自己の識別」にありますが、このテーマは、免疫学以外の学問においても大きな示唆を与えるものです。石坂先生の弟子のおひとりに、本学で免疫学の教授をつとめた多田富雄先生がいます。多田先生は、免疫学を研究しつつ、自己とは何か、そして、人間とは何かということまでも深く問われました。免疫の本質は、自己とそうでない非自己、すなわち他者の識別にあり、それを通じて生命としての身体を守っています。ところが、免疫には、非自己を単に攻撃するだけではなく、一定の条件下において、自己の中に入ってきた非自己を受け入れることがあります。これは免疫寛容と呼ばれます。人間が持つ免疫システムが、自己と他者を巧みに区別しながらも、時にその他者と折り合いをつけるような寛容性をもそなえ、共存する道を生み出してきたのです。多田先生は、この免疫システムにおける「寛容性」は、自然界にそなわっている知恵の結晶であるという視座を示し、人類社会においても同様の知恵が必要だと論じていきます。

他者に対して「寛容」であるためには、自らを知り、他者を知らなければなりません。手軽なメディアの言説に安易に頼るのではなく、世界の様々な人々からの声や地域の真の状況を自ら知る努力をしなければなりません。他者に対する敬意と、公正で公平な理解なくして、意義のある連携や協創は生まれません。皆さん自身が、多様性を担う主体として他者に正当に認識してもらうためにも、自身の個性をいっそう磨き、世界に向けて主張していくことが大切なのです。

はじめにお話しした様に、今「デジタル革命」の大きなうねりの中で、皆さんを取り巻く環境は大きく加速しながら変化しています。研究についても、世界を舞台にした競争は激しさを増しています。皆さんもこれまでの研究生活の中で、高い目標をかかげ、自ら追求すべき課題を探し、その答えに近づくために、時に寝食を忘れて取り組まれたと思います。新しい発見に心躍らせるようなこともあった一方、思うように研究が進まず、苦しんだこともあったのではないでしょうか。そのような困難を乗り越えてきた皆さんだからこそ、先人が成し遂げてきたことの価値を深く実感できるのです。修了にあたって、自らの体験をあらためて振り返って見て下さい。そしてその思いをもとに、これから、自信をもって新しい道をすすんでいっていただきたいのです。

本日、学位記を手にされた皆さんは、これからそれぞれの進路を歩まれることになります。東京大学もまた、次の70年、UTokyo3.0という新たなステージに踏み出すべく、知の協創の世界拠点としての改革を懸命に進めています。現代社会はいっそう多様で複雑になり、頼るべき絶対的な座標は見当たりません。そのような現代社会において、「知のプロフェッショナル」として力強く歩んで下さい。

皆さんはこれからの歩みの中で、大きな課題に遭遇し、それを解決するために再び原点に立ち戻る必要があるかもしれません。あるいは本学で共に学び、研究をした仲間達と再び協力し合いたいと思うかもしれません。その時には是非、東京大学を活用して、新たな協創の輪に加わっていただきたいと思います。東京大学は常に、皆さんと共にあります。卒業は大学との別れではありません。新たな協働の始まりです。どうか、皆さんには、これからも、本学の成長に積極的に関わって下さるよう、心からお願い申し上げます。

最後になりますが、皆さんが、今後益々、それぞれの職務や研究に邁進されること、そして、皆さんの未来に幸多きことを心より祈念し、私からのお祝いの言葉と致します。

学位の取得、誠におめでとうございます。

平成31年 3月25日
東京大学総長  五神 真

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