総長就任にあたって

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式辞・告辞集 総長就任にあたって

世界一の総合大学を目指しましょう


国立大学法人東京大学総長 小宮山 宏
平成17年(2005年)4月1日

熾烈な競争環境
  大学は現在、世界的な競争環境におかれています。人材育成の場として、未来を牽引する創造の場として、社会との間で知が交叉する場として、どの大学が21世紀をリードするのか、リーディングユニバーシティ間の競争は熾烈を極めます。優秀な若者に、トップクラスの研究者に、問題意識を抱くすべての人々に、いかに魅力ある環境を提供できるのか、それが大学の競争力の本質です。
  私の持論である「知の構造化」「自律分散協調系」、そして、新たな支援組織の基本構造として新執行部で議論を進めている「飛車角方式」を紹介し、どのようなコンセプトで世界一の総合大学を目指そうと考えているのかをお伝えして、すべての構成員のご理解を求めたいと思います。

知の構造化
  20世紀における学術の進歩は、学術領域の細分化をもたらしました。専門を異にする人々の相互理解は著しく困難になっています。社会から大学が見えにくくなっているばかりではなく、大学の内部でもお互いにお互いが見えないという状況が生じています。現在の大学は、大学人が本質的に有する協調性が影を潜め、もう一方の本質である自律性のみが顕在化しているかのように私の目には映ります。こうした状況の本質的な原因は、相互理解が困難になったことにあるのではないでしょうか。
  外部との関係で言えば、大学に対する社会の要請の多様性に留意する必要があります。宇宙の果ては何かといったナイーブな好奇心への答え、環境といった複雑な問題への包括的な解、あるいはまた、生産活動のひとつの局面のみに必要な高度な専門的知識など、多様な知を多様な社会が求めています。細分化した領域における熾烈な競争の中で、知の創造にしのぎを削る大学人にとって、こうした期待に個人として応えることは容易ではありません。知識の再構成や、先端知の分野共通的な表現など、困難な作業が必要とされるからです。
  知の構造化は、こうした困難を克服するための基盤となり得ましょう。それは、細分化した知識を相互に関連づける営為であり、研究者が自らを全体像のなかに位置づけることを可能にし、テーラーメードな教育や、先端と基礎との距離を短縮する教育を実現し、社会の要請と人類の知との交叉によって新しい概念を産み出すことを可能にするための知的挑戦なのです。それが結局、拡大してしまった学術と人との間の距離を短縮してくれるでありましょう。現在企画している「学術俯瞰講義」「学術統合化プロジェクト」などは、こうした挑戦の一環としてご理解ください。
  卓越した研究をいっそう推進しつつ、「知の構造化」を進めることによって、学術の成果と社会の問題が交叉する場となり、新しい学術領域、社会のモデル、産業を産み出してゆくことが可能になるでしょう。

自律分散協調系
  大学は、その成員が自らの確信に基づいて行動する場です。それが知の創造の場、最高教育研究機関として不可欠な条件であることを、人類は歴史の教訓から学んだのです。しかし一方において、組織として十分効率的に機能しているのか否かを、大学は社会から鋭く問いかけられております。この問いかけに対して、世界の大学人が明快に答えているとは残念ながら申せません。
  自律分散協調系という、生命体を表現する概念があります。例えば人の場合、心臓や肝臓といった臓器は体内に分散して存在しそれぞれ自律的に動いていますが、それら要素の総体としては協調的に機能し、生命の営みがなされています。この概念は、まさに大学のあるべき姿を象徴するものなのではないでしょうか。自律分散協調の実現に成功した大学は、21世紀の新しい大学のモデルを提供することになり、世界のリーディングユニバーシティとしての評価を獲得することになるでしょう。
  「自律分散協調」をキーワードとして、機動力のある中枢、緩やかな分権、柔軟なインターフェイスという三つの仕組みを適切に動かすことで、活力ある大学のモデルを開発していきたいと思います。

情報は共有されなかった
  ところで唐突ですが、運営費交付金を年度末に使い切る必要がなくなったことをご存じでしょうか。繰越が可能となったからです。3月末に多くの研究室が残金をゼロにしたことからすると、知らない人の方が多いことはおそらく確かでしょう。繰越が可能になったことは、科所長会議でも事務部長会議でも、なんども説明したことなのですが、現場にはほとんどといって良いほど伝わっておりません。
  これはほんの一例にすぎません。大学の中で、情報交換は円滑に行われていないのです。その理由は明らかでしょう。上意下達で縦割りの現在のシステムは、変化の緩やかだった時代の遺物であり、激しく変化する中で機動的に情報を共有する機能を持ちあわせてはいないのです。
  生命体には脳と神経があって、情報がすみずみまでゆきわたっているからこそ、自律分散協調系であり得るのでしょう。つまり神経系が「知のめぐり」を司っているのです。私たちの組織が「知のめぐり」のための何かを必要としていることは確かです。
  高業績の企業など情報共有がうまくいっている組織を模倣すれば良いのかというと、そうはいきません。自律性の高い部局からなる大学にふさわしいモデルは見あたらないからです。おまけに東京大学の部局の数は40にも達し、それらは5千人の構成員を擁する研究科から数人のセンターまで、規模も、ガバナンスの構造も多様なのです。ドラスティックな組織改編は体力を消耗させますから、可能な限り避けるべきです。したがって、現在のシステムからのソフトランディングを可能にする、東京大学にふさわしい仕組みを、私たち自身が産み出さなければならないのは自明のことでしょう。

飛車角方式
  現場が抱える問題は、しばしば縦割り組織の狭間に生じます。しかし、縦割り組織の構成員が狭間の問題に答えるのは容易ではありません。その結果、担当者に聞いたがたらい回しにされたといった事態にしばしば陥るのです。縦割りの弊害は多くの人が感じていますが、どうも、縦割りになるということ自体はあらゆる組織の宿命のようです。したがって、縦割り化はやむを得ないものとして、その弊害を克服する知恵をもっているのかどうか、それが組織としての機能を左右するのです。
  ワンストップサービス、つまり、そこに聞けば決してたらいまわしにされない、時間がかかる場合はあっても必ず答えが帰ってくる、そういった機能を現在の支援組織に付け加えるのがよいのではないでしょうか。部局毎のワンストップサービス係を、これを部局パートナーと呼びたいと思いますが、本部職員に担って頂くことを検討しています。その部局に属する教職員であればだれでも質問ができ、必ず答えが帰ってくる。そして、そのQ&Aはホームページで公開され、蓄積されるのです。実は、COE推進室はワンストップサービスの試行モデルでもあって、28の21世紀COE拠点に対してワンストップサービスを行ってきました。試行錯誤はありましたが、結果的には非常にうまく機能し好評を博しています。実験はすでに成功したのです。
  部局や専攻という縦割りの教育研究組織と、部や課からなる縦割りの支援組織が、それぞれの内部においても、教育研究組織と支援組織の間という意味でも、十分な「知のめぐり」をもたずに動いているのが現在の私達の状況です。
  飛車角方式は、将棋盤の行を部局に、列を部課に模し、部局パートナーが部課全体を縦横斜めに動き回る状況をイメージします。これまでが、主として、直近の上司だけと向きあう「歩」や、せいぜい同一課内で動く「香車」だったとすれば、部局パートナーは「飛車」であり「角」でしょう。そして、やがて職員の多くがそのような機能を果たしうるようになったとき、世界一の教育研究支援組織が私達の手のものになるのです。
  COE推進室の経験からしても、Q&Aは無限に存在するわけではありません。半年も経たないうちにおよそ出尽くし、一年回せば情報が共有でき、そのときには新たな変化に機動的に対応できる体制が整うのです。そうなって始めて、自律分散協調系へ向けての第一歩を踏み出したことになるのです。現在のシステムにワンストップサービスを導入した飛車角方式によって、世界一の教育研究支援モデルを確立しましょう。そして、世界一の総合大学の実現を目指しましょう。

 

 

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