令和8年度東京大学学部入学式 教養学部長式辞
令和8年度東京大学学部入学式 教養学部長式辞
東京大学に入学された皆さん、ご入学おめでとうございます。これまで皆さんを支えてくださったご家族、ご関係の皆さまにも、教養学部の教職員を代表して心よりお祝いを申し上げます。新入生の皆さんはさまざまな入学手続きに追われながらも、期待と緊張の入り混じった思いではないかと想像します。また、キャンパスを実際に訪れて入学した喜びを実感し、教室や設備の違いから今までの初等・中等教育よりもさらに高度な学びができると期待しておられることと思います。大学という最高学府での学びは、たしかに今までのものとは違う高度な次元のものが多くあります。同時に、学ぶということにはどのようなレベルであっても重要視されるべきこともあります。今日はこの学ぶということについて、皆さんになじみ深い教科書を例にとって考えてみたいと思います。
新入生の皆さんは、初等・中等教育で教科書を使って勉強をしてこられたと思います。教科書とは、小学校から高校までの学校教育において、学習指導要領に基づき各教科の主たる教材として使用される児童や生徒のための図書であり、それぞれの教育課程に対応して構成されています。学校教育法により、授業ではこれらの教科書を使用することが日本では義務付けられていて、検定を受けた教科書が使われていることは皆さんもご存じかと思います。
このような背景から、教科書に書かれていることをわたくしたちはそのまま受け入れてしまいがちです。ただ、ほんとうにそれでよいのか、そのことを考えるために、分かりやすい例で、第二次世界大戦中に日本で使われていた教科書を検討してみましょう。たとえば1944年には、『英語』という書名の中等学校英語教科書が、事実上の国定教科書として検定認可されています。第1巻の第27課は過去形を学ぶレッスンで、「私たちは一週間をどう過ごしたでしょうか?」というタイトルです。少し長くなりますが、内容を日本語で紹介します。
「日曜日に何をしたのですか?/学校の近くの道路補修をしました。/月曜日に何をしたのですか?/家にいて、兵隊さんに手紙を書きました。/火曜日には何をしたのですか?/田舎へ行き、農家の手伝いをしました。/水曜日には何をしたのですか?/飛行場に行って草刈りをしました。/動物園に行ったのはいつですか?/木曜日に行きました。/行進をしたのはいつですか?/金曜日にしました。/土曜日に車を運転したのですか?/はい、運転しました。」
この課の英文テキストでは「mend / mended」のような基本的な規則変化の過去形の作り方だけではなく、「write / wrote」、「go / went」といった不規則変化動詞を学び、また「did」を使った疑問文の作り方も勉強できるように工夫されていて、英語を学習するには良く考えられた教材であることが分かります。しかし、この文を読むと、一週間でいつ英語を勉強しているのかまったくわからず、たいへん心配になります。よく考えると、そもそも一週間のうちでまったく勉強をしていないのです。
この教科書は戦時中に作成されたものですから、学業よりも勤労とばかりに学徒の勤労動員が推奨されているのです。勉強をしているのかいないか分からないような教科書の内容を採用することで、農作業や軍需工場での労働を正当化する内容だったと言えます。いかに英語の学びに工夫がなされているからと言って、このような教科書の内容をそのまま受け入れようとする生徒は今はいません。勉強の大切さを自らの力で考えていれば、このような教科書をかりに与えられても退けるべきだと分かるでしょう。
このような例を前に、『論語』の「学びて思わざれば則ち罔し」を思い起こす方もおられるでしょう。いくら学んでも自分で考えるということがなければ、真の学術の理解とはならないのです。教科書ならばそのまま受け入れても大丈夫だろうという安易な姿勢ではなく、また、さまざまな知識を鵜呑みにするのではなく、大学で教えられることであっても疑問に思うのであれば問い直し、考えることが必要なのです。
もちろん自分勝手な考えだけでは、これもまた真の学術の理解にはたどり着かないことでしょう。「思いて学ばざれば則ち殆し」です。学ぶ、考えるということが一方通行ではなく、心を開き、人と対話をし、意見を交わすという双方向コミュニケーションで、高等教育での高いレベルの理解が可能となるのです。他人は別の考えを持っているものです。しかし、その意見の差は必ず対立になるわけではありません。多様な価値観を認め合い、相手を思いやる心を持ちつつ話し合うことで、相互理解だけではなく自分自身の理解も深まることでしょう。
ただ、どんな人にでもコミュニケーションがうまくいかないことはあるものです。馬が合わない相手もいるでしょうし、いつでも誰もが外交的というわけではありません。大学という場には、そのような試練のときに支えとなるサポート体制があります。たとえば学生相談所等による学生への支援体制がその一つです。カウンセリング、コンサルテーション、グループ活動や心理臨床セミナーといった、個々の相談に応じたさまざまな対応がなされています。悩みが深くなったり、生きていくのがいやになってしまったりするときにも、学生相談所の扉をまず叩くと良いでしょう。本学にはピアサポートルーム、コミュニケーションサポートルーム、精神保健支援室、あるいは留学生を支える留学生相談室と、専門性の高い支援体制もあります。新入生の皆さんにとって大学は新しい環境なので、ときに不安やストレスがあるのは当然です。そんなときにちょっとした手助けが得られる支援体制をぜひ活用して、充実した大学生活を送ってほしいと思います。
さて、冒頭に述べた英語の教科書ですが、入学生の皆さんご自身がよく知っておられるように、現在では教科書の言語活動を通じて多様な価値観を体験できる先進的な工夫がなされています。異文化理解を根幹から支える文化や人種の多様性を、世界中で話されているいろいろな英語での経験を通じて学べるようになっている教科書も少なくありません。LGBTQに関する記述を通して多様な性について考えさせたり、ジェンダーバイアスを避ける描写を導入して、ジェンダーに配慮するものも多くなりました。また、障がい、人種、宗教や年齢などさまざまな人々が共生するインクルーシブな社会を考えるテーマも取り上げられています。たんに英語を学ぶということだけではなく、自分とは異なる他の考え方や生き方を理解して尊重するために役立つことを教科書自体が目指すようになっています。このような方向性は歓迎するべきでしょう。ただ、そのときに、教科書だから、先生が教えることだから、と受け身的に学ぶのではなく、常に考え、問いかけて学びを深めてほしいと思います。
もしも、ご自身が小学校で使っていた教科書がまだ手元にあるならば、その教科書を開いてみると良いでしょう。そこに書かれていることは、確かに今の皆さんを育んだものなのです。一方で、きっと皆さんは、その教科書に書かれている内容とは異なる価値観や意識を今の自分が持っていることに気づかれることでしょう。その時、皆さんは、その教科書と対話をしているのです。学びと対話を通じてさまざまな価値観の間を往復してほしい、大学という学びの場で他者とのダイナミックな関係の構築を目指してほしいと思います。教養学部前期課程での教育を契機として、絶え間ない問いかけに開かれた心を涵養し、充実した大学生活を送ってほしいと願って、教養学部長としての式辞といたします。
令和8年4月13日
東京大学教養学部長
寺田 寅彦
関連リンク
- カテゴリナビ


