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木製階段の写真

書籍名

建築家、走る

著者名

隈 研吾

判型など

249ページ

言語

日本語

発行年月日

2015年9月1日

ISBN コード

978-4-10-120036-1

出版社

新潮社

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学内図書館貸出状況(OPAC)

建築家、走る

その他

2013年2月刊の文庫化

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平均、僕は月に3回海外に出張する。東京以外に、パリと北京と上海とに事務所があるので、パリ事務所、ヨーロッパ方向に一回、中国に一回、そしてあと一回はその他のアメリカかオーストラリア、東南アジアのどこかというのが、平均的な行き先である。それ以外にも国内出張がたくさん入る。この出張ばかりの日常を記述した本書である。
 
なぜこんなに出張ばかりしているのか、すなわち走ってばかりいるのか。ひとつは現場に行くのが大好きだからである。現場で実物をチェックしながら、ここをこう直そうとか、ああ直そうという話をしている時が一番楽しい。それなら、大きな模型を作って、事務所に運び込んできてチェックすれば、手間が省けるのではないかという人もいるが、その現場で見るのと、それ以外の場所で見るのとでは、まるで印象が違う。現場の光や空気の温度、湿度が、それぞれの現場ごとに違うし、さらに現場のまわりの環境、すなわち裏山の高さが違ったり、隣りの建物の大きな質感、構成する粒子の大きさとかがすべて違い、それとのバランスで、こちらの建物のディテールとか質感とか色とかを決定しているというわけなのである。
 
そう言うと、何やら難解なことを言っているように感じられるかもしれないが、簡単に言えば、建築とは、ライブ演奏みたいなもので、その演奏する場所、空間によって演奏は大きく規定されるということなのである。そこのステージに立ってみなければ、どう声を出し、どうリズムをとっていいか、わからないのと同じことなのである。
 
もうひとつ、出張が大事な理由は、出張という生活、仕事のリズムが好きなことである。出張前の緊張感のあるギリギリの時間の中では、ドンドン物を決めることができる。期限はありません、決めるのはいつでもいいです、ゆっくり決めてください、などと言われると、決めることができなくなってしまう。建築というのは、ひとつの正解がある仕事ではなくて、無限の数の解答があるので、悩み出したらキリがない。だから、「23時に飛行機が出ますから、それまでにどうしても全部決めてください」と言われた方が楽なのである。そして飛行機の中で完全に脱力して、リラックスできる。
 
海外の現場に着くと、これまたそこを出て飛行機に行く時間が迫っているので、高揚状態の中ですべてをドンドン決めることができる。この決定と脱力を繰り返すリズムが、好きなのである。

 

(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 隈 研吾 / 2020)

本の目次

第1章 世界を駆け回る
世界一周チケットで
建築家は競走馬
20世紀型建築家出世すごろく
建築は戦闘能力を持っている
新たなクライアントの台頭
中国四千年の利益誘導
中国こそ「文化」と「環境」の国家?
やってらんないよ!
利用される「隈研吾」ブランド
中国の「オーナー文化」、日本の「サラリーマン文化」
礼を尽くした「恋愛」
やっぱりフランスは手だれ
ユダヤ人は、メディアと建築の支配者
ロシア人の本領は妄想にあり
海賊版が出て、オメデトウ
ぼくって、田舎の人間なんだ
 
第2章 歌舞伎座という挑戦
栄誉よりも重い困難
新しい建物は褒められない法則
艶っぽい歌舞伎座
モダニズムと数寄屋の融合
唐破風をめぐる攻防
東京にバロックを
すったもんだのおかげ
世界でも希有な歌舞伎ワールド
夢でうなされる
 
第3章 20世紀の建築
住宅ローンという“世紀の発明”
真っ白なお家と真っ黒な石油
オイルショックで最初の挫折
サラリーマンをやってみた
ニューヨークの地下で日本の悪口
ディベート重視のワナ
別の場所で勝負してやる
コルビュジエとコンクリート
安藤忠雄建築とコンクリート
理屈でなく腕力が必要だ
人間心理に付け込むコンクリート
マンションを所有する「病」
コンクリート革命を超えるには
あきらめを知ったら、人生が面白くなった
淋しい母親
もっと淋しいサラリーマン
役人は海岸にも手すりを付けたい
現場のない人たち
「ともだおれ」を見直す
 
第4章 反・20世紀
バブルで浴びた大ブーイング
右手がダメになった
地方とはヒダのこと
見えない建築(「亀老山展望台」)
見えない建築の進化(「水/ガラス」)
予算がない=アイディアが出る(「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」)
石を使い尽くす(「石の美術館」)
やがてライトの建築につながる(「那珂川町馬頭広重美術館」)
成金手法の流行
オレはいったい何をやっていたのか
苦労、覚悟、挑発、開き直り(「竹の家」)
行け、現場へ
自分の基準を乗り越えていく
中央嫌いのひねくれもの
不況に感謝
原点にあるボロい実家
なぜ日本が建築家を輩出するか
 
第5章 災害と建築
建築家の臨死体験
人類史を変えたリスボン大地震
死を忘れたい都市
死の近くにいる建築家
小さなものから出発する
壊れ方だって一つじゃない
 
第6章 弱い建築
虚無を超えて
「建築ぎらい」
激しい移動が建築家を鍛える
「直接会う」が必要な理由
秒速で判断する
使える人材を見抜くオリジナル面接
組織運営も手腕のうち
けなされたくないんです
自分を疑えて幸せだった
反ハコの集大成「アオーレ長岡」
下から目線で「絆」ができる
ディスコミュニケーションだって、コミュニケーションだ
「楽しさ」を真剣に楽しむ
あとがき 清野由美
    *
だから走りたくなってしまう(文庫版あとがき) 隈研吾

関連情報

書籍紹介:
隈研吾氏著書『建築家、走る』 (LIFE DESIGN JOURNAL 2016年7月28日)
http://lifedesign.ne.jp/?p=4139
 
「競走馬」として飛び回る (『朝日新聞』 2013年3月17日)
https://book.asahi.com/article/11637975

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