令和2年度東京大学入学式
研究科長式辞

令和2年度 東京大学入学式 研究科長式辞

東京大学大学院に入学された諸君、ご入学おめでとうございます。また、これまで諸君を支えてこられたご家族や、関係者のみなさまにも、心よりお祝い申し上げます。

新型コロナウィルスの影響で、本年度の大学院入学式は、ビデオメッセージという異例の形になりました。新学期もオンライン講義などを活用して、安全性を確保しながらの教育・研究活動とせざるを得ません。また世界中の経済活動は減退してきており、東京オリンピックの開催も、1年延期となってしまいました。しかし、世の中は悪いことばかりではないかもしれません。17世紀にアイザック・ニュートンが学位を取得した頃、ヨーロッパではペストが大流行して、ケンブリッジ大学も閉鎖されました。そのときニュートンは大学のキャンパスを離れて、故郷に戻りますが、じっくりと思索するなかで「微分積分学」、「光学、特にプリズム実験」、「万有引力」の着想に至ったとされています。今日は楽しい研究の話をしましょう。

さて諸君は、これから大学院という場で、学部で学んだことをもっと深く知りたい、先端的な研究に挑戦してみようと、胸を躍らせていることと思います。大学院では、先人が築き上げてきた学理を究め、未だに誰にも解かれていない謎に挑むことになりますが、自分の力で解いていくプロセスと、それが分かった時に、研究の醍醐味をきっと見いだすことと思います。研究は、未知の課題へのチャレンジと、それが解明できたときの喜びが、絶え間なく続く壮大な冒険です。

私は理学系研究科で、宇宙空間におけるプラズマの物理の研究をしております。太陽系や銀河系での、高温ガスや高エネルギーについて調べています。例えば、我々が肉眼でみる太陽は、約6000℃の光球と呼ばれる大気ですが、この熱源は1500万℃にも達する中心部分の熱核融合です。太陽の温度構造は、中心から光球へと外に行くにしたがって単調に減少しますが、光球の外側には、コロナと呼ばれる高温ガスの領域があり、再び100万℃まで上昇します。熱力学の法則により、熱は高温領域から低温領域にしか伝わらないのに、コロナの温度は、なぜか光球よりも100倍以上も高いのです。この不思議な現象は、宇宙の未解決問題の一つになっており、太陽にある磁場が大切だと考えられています。私はこのような高温ガスと磁場の物理を、宇宙や惑星を対象として研究しています。何か月もかけて考えて考え抜いて解明できた時は、それがたとえ些細な発見であっても、いつも嬉しくて胸が一杯になります。

大学院に入学される諸君も、このような研究の醍醐味を味わっていただけることと思いますが、実は研究は楽しいことばかりではありません。研究を進めると、予想とは違った厄介な問題に突き当たることもあるでしょう。方針を少し変えてやり直しても、八方塞がりになって、時には落ち込んでしまうこともあるでしょう。研究は未知への挑戦ですので、予想通りに進まないことがあっても、不思議ではありません。しかし諸君の行く手を阻む壁に突き当たっても、教員や先輩・同僚たちも惜しみなく力を貸してくれるはずです。乗り越える壁が大きければ大きいほどタフな研究者になれるはずです。

私が研究に携わるようになって、大切だと思っていることが三つあります。「外の世界をよく見ること」、「他の人の意見や考えに耳を傾けること」、そして「自己主張をすること」です。三猿の叡智として知られる「見ざる、聞かざる、言わざる」という言葉があり、徳川家康を御祭神とした日光東照宮の三猿の彫刻を、ご覧になった方も多いかと思います。余計なことには関わるなという教えです。研究では、余計なことイコール真実でないことですが、その教訓と併せて、積極的に「見ること、聞くこと、言うこと」も大切だと思っています。面白いことに、埼玉県の秩父神社にも、「お元気三猿」と呼ばれる彫刻があります。目を大きく開けて、耳を立てて、話しているところをモチーフにした、表情豊かな猿の彫刻ですが、この社殿も、徳川家康の命(言いつけ)によって建てられています。私は三十数年前に大学院で学位取得した後、すぐに渡米しNASAで研究を始めましたが、この「見る、聞く、言う」は、海外での研究生活を通して、強く意識するようになりました。

まずは「見る」ですが、自分の専門分野の、限られた範囲の研究だけをやっていればいいのではなく、他の分野の研究も知識として知っておくことが大切です。そうすることで自分自身の研究の進め方や考え方にも深みと広がりが出てきます。蛸壺的な研究では発展性が限られます。また昨今の研究では、デカルトの還元主義的な方法論が行き過ぎたところもあり、細分化および高度化された問題設定になりがちです。真に重要な根源的問題の解明のためには、個々のテーマが、全体像の中でどのような役割を担っているのかを見失わないように、常に自分の立ち位置を見ることも大切です。

次は「聞く」ことです。研究を進めるにあたって、独自の考えを構築していくことが大切ですが、そのためには他の人の考え方や多様な意見に耳を傾けて、良いものは取り入れる柔軟性と吸収力が必要です。自分の属しているスクールとは異なる考え方をもっている人たちや、ユニークなアイデアで研究を展開している方たちが、世界中に沢山います。真理はひとつであっても、理解の仕方は、いくつかあっても不思議ではありません。対立する考え方で、論争になることはよくありますが、相手の立場を理解し尊重することが、「真理」に迫る近道だと思います。

三つめは「言う」ことですが、研究成果をアピールすることができないと、せっかくの良い研究であっても、注目されることはありません。研究の世界では、ただ単に良い論文を出版して、国際会議で良い発表をするだけでは不十分です。自分の研究成果を発信する「アピール力」が必要です。先ほど対立する考え方や結果が出てきて大論争になっても、相手の意見を尊重することが大切だと言いましたが、相手の理解や解釈と比較して自分のほうが優れていると論理的に主張できる「ディベート力」も大切です。

ところで、現在人類は、いくつかの厄介で複雑な問題に直面しており、その解決のためには、プロフェッショナルな叡智を集結させることが必要になっています。科学は現代の生活を豊かにしてきましたが、一方でプラスチックごみの環境問題や地球温暖化などの地球規模の問題が次々と出てきています。科学で発見された法則や原理をもとに応用された技術が、いまわれわれの生活を脅かそうとしています。この問題を解決するために我々が今どう行動するかは、科学の問題でもあり社会や経済の問題でもありとても複雑です。我々一人一人が人類の繁栄のために、エネルギー政策や地球環境を、どのような価値判断をするかにも関わっています。この問題を先送りにして次世代に「つけ」を回すことはできません。科学的根拠に基づく方法論は、このような現代社会の問題を解消するためにも極めて重要です。身につけたものを総動員し、倫理観を持って、あらゆる人々と繋がり、多様な叡智を集結させることで、初めて解決に寄与できると思います。しっかりとした基礎知識や専門知識に加えて、幅広い視点を持つことにより、これから諸君が学ぶ、真にプロフェッショナルな叡智を、社会の中で活用していくようにしてください。

最後に、諸君はsociety5.0という言葉を知っていますか。society5.0は、日本が提唱する未来社会のコンセプトです。「狩猟社会」にはじまって、「農耕社会」「工業社会」「情報社会」に続く、人類史上5番目の新しい社会がsociety5.0です。AIやIoTなどによる、現実世界と仮想世界の高度な融合の下、様々な知識や情報を共有し、その活用により、今までにない新たな価値を生み出し、豊かな未来社会を目指そうとしています。五神総長の下、東京大学でもsociety5.0の実現をリードしようと、大学全体で取り組みが行われています。大学には、多種多様な知見が存在し、人材や技術も豊富です。しっかりとした専門知識とその叡智を学び、未来社会に貢献して頂きたいと思います。諸君が、社会やアカデミアへと独り立ちされる日が来るのを楽しみに、私からの挨拶といたします。
 

令和2年4月12日
東京大学大学院理学系研究科長 星野 真弘

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