春の紫綬褒章受章

平成27年春の紫綬褒章受章

藤田敏郎名誉教授、豊島近教授、木下直之教授が、本年春の紫綬褒章を受章いたしました。

藤田 敏郎 先端科学技術研究センター 名誉教授

藤田敏郎名誉教授

このたび、藤田敏郎名誉教授が、本年春の紫綬褒章を受章されました。

藤田先生は、永く高血圧・腎臓病分野で教育、研究、診療に尽力され、内科学の発展に大いに貢献されました。食塩(NaCl)の過剰摂取が高血圧の原因となることは古くから知られていましたが、その詳しい機序は謎でした。藤田先生は、研修医時代に経験されたBartter症候群(腎臓でのNaCl喪失異常)の症例報告から始まり、一貫して「食塩による血圧上昇のメカニズムと臓器障害発症の機序」に取り組まれてきました。米国国立衛生研究所(NIH)留学中、食塩により高血圧が生じやすい、すなわち「食塩感受性」の人と、生じない「非感受性」の人がいるという「高血圧の病態の多様性」の概念を示し、食塩感受性高血圧では交感神経緊張による腎NaCl排泄異常の関与を提唱しました。帰国後、筑波大学で動物実験によって上記の仮説を証明しました。更に、東京大学医学部腎臓内分泌内科で、その過程にエピジェネティクス機構が関与することを世界に先駆けて明らかにされました。これとは別に、食塩感受性高血圧の病態形成に、ステロイドホルモン受容体の活性化の関与が知られていましたが、その活性化機構は不明でした。藤田先生は思いもよらない活性化機構が関わることを解き明かされました。更に、これらの基礎研究の結果を、我が国では実施困難とされた医師主導の二重盲検比較臨床試験によって証明されました。このように臨床で未解決の課題を基礎研究で明らかにし、基礎研究で得られた成果を臨床に還元する“Physician Scientist”としての道を自ら示されてきています。現在も精力的に先端科学技術研究センターで、「食塩や過栄養などの生活習慣の歪みによる高血圧や臓器障害の発症」に関わるエピジェネティクスの研究を進めていらっしゃいます。

これらの卓越した業績と指導者としての貢献に対して国内外から数多くの表彰を受け、中でも国際高血圧学会(ISH)の最高名誉賞Franz Volhard Awardsを日本人で初めて受賞され、米国心臓病協会(AHA)高血圧部門の最高栄誉賞The Excellence Award for Hypertension Researchを受賞されています。学会活動では、日本内科学会、日本腎臓学会、日本内分泌学会及び日本高血圧学会の会長を歴任され、Hypertension誌など一流国際誌のEditorを現在も務められています。

この度のご受章を心よりお祝い申し上げますとともに、先生のご健勝と益々のご活躍を祈念しております。


(先端科学技術研究センター 丸茂 丈史)

木下 直之 大学院人文社会系研究科・文学部 教授

木下直之教授

このたび、木下直之教授が春の紫綬褒章を受章されました。

木下直之先生は、明治以降に形成された美術の概念、さらには日本における近代という問題を、その境界領域に目を向けることで問い直してこられました。その研究は、既存の美術概念や固定観念を自明のものとして受け取るわたしたちに対する問題提起でした。サントリー学芸賞を受賞された1993年の『美術という見世物—油絵茶屋の時代』を皮切りに、数々の著作を発表してこられましたが、それらに通底しているものは日本近現代美術史の視野を大きく広げて、美術史界に多大なる影響を与えるなど、我が国の芸術文化や学問に新しい可能性を拓くものです。美術なるもの、写真、銅像、記念碑、祝祭空間、戦争、祭の復元、動物園、展示を禁じられるもの等々、何を対象にしようとも、権威あるものによって作られた制度の原点に立ち返り、制度化される以前の受容の姿をあぶり出すことにより、それが当たり前に受容される現在の姿に至るまでの道のりや過程を、資料とご自身の現地に赴いての丹念で緻密な観察によって解き明かしていきます。それは、情報がいとも簡単に安価に手に入る世の中において、情報として流通しているものの限界に目を向けさせるとともに、見過ごされている資料の活用、ご自身の立ち位置からの写真の撮影等、活用しうる、あるいは活用すべき資料が無限にあることに気づかされます。褒章の受賞にあたり「美術史家」と報道されましたが、新たなものの見方、これまで人によって見過ごされてきた文化的価値を開拓し、掘り起こし、自らその価値の普及を行ってきた先生は、美術史家というよりは、「文化資源家」と称されるのが適切なのではないかと思います。東京大学文学部という長い伝統を有する組織の中で、2000年に設置された専攻において新しい学問分野を作り上げてきたお一人としてその功績は、誰にもまねのできない木下学のようにみえつつも、その方法論の普遍性に学ぶわれわれにとっては文化資源学の牽引者です。『わたしの城下町—天守閣からみる戦後日本』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『股間若衆—男の裸は芸術か』、神田祭の付け祭の復元等、ウィットに富んだタイトルと活動が学という狭い世界に止まらない幅広い読者や賛同者を獲得しているのも先生の魅力だと思います。


(大学院人文社会系研究科・文学部 小林 真理)

豊島 近 分子細胞生物学研究所 教授

豊島近教授

このたび、豊島近教授が本年春の紫綬褒章を受章されました。膜蛋白質の構造生物学研究に長年取り組み、特に、現代生物学の重要な分野の一つである能動輸送機構の解明に多大な貢献をした功績が評価されたものです。

細胞の内外でナトリウムや、カリウム、カルシウムといったイオンの濃度は大きく異なっており、その濃度の違いを、生体はエネルギー源や信号として利用したりします。信号として特に重要なイオンはナトリウムとカルシウムです。イオンは濃度勾配に従って自然にチャネル蛋白質を通って信号となりますが、元の状態に戻すためには濃度の薄い方から濃い方へイオンを汲みあげなければなりません。この役割を果たすのが、イオンポンプと呼ばれる生体膜中に埋まった(膜蛋白質と呼ばれる)蛋白質群で、生命活動に極めて重要なものです。蛋白質は立体構造を変化させ機能を果たすわけですから、その作動機構の解明には立体構造の決定が必須です。先生は困難なことで知られる膜蛋白質の結晶化において常識に囚われない独自技術を開発し、2000年に世界で初めてカルシウムポンプ蛋白質の原子構造決定に成功しました。さらには、輸送サイクル中のほぼすべての中間体の結晶構造を決定し、ポンプ蛋白質の作動機構を原子レベルで解明しました。また、より複雑で、生物学的・医学的により重要ともいえるナトリウムポンプにも取り組み、ここでも、「ナトリウムポンプはカリウムより低い親和性しか持たないのに、何故ナトリウムのみを厳密に選別し、しかも高速に運搬できるのか」という長年の謎に明快な答えを与えました。このように、先生は「どうしてそういう構造でなければならないか」という本質的な問いに常に答えようと努力されています。豊島先生はこれらの先駆的な業績により、平成17年に名誉ある米国科学アカデミー外国人会員に選出され、19年に米国生物物理学会National Lecturer賞、22年に朝日賞、23年に山崎貞一賞を受賞されました。この度のご受章をお喜び申し上げるとともに、今後のご健勝と益々のご活躍をお祈り申し上げます。


(分子細胞生物学研究所 小川 治夫)
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