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東京大学百年史 通史一

第一編 東京大学の起源

第一章 幕末・維新期の洋学教育機関

概説


第一節 蕃書調所・開成所

一 蕃書調所の創設

天文方蛮書和解御用/外交文書の翻訳機関/洋式軍事技術の導入/洋学機関設立の動き/阿部正弘の海防局構想/洋学機関設立準備/第一次見込案/主旨は「敵情を知」ること/キリスト教に対する警戒/第二次見込案/軍事技術の摂取/翻訳官通訳官の養成/秘密の厳守/洋学所頭取古賀謹一郎の任命/第三次見込案/蔵書の充実/実験設備/人材の養成と普及の促進/教官事務職員/積極的姿勢/陪臣教官の処遇問題/設立要綱の決定/蕃書調所/敷地の選定/九段坂下竹本図書頭屋敷/洋書僅か十六巻/教官雇入の困難/報酬の増額/教授の任命/多くは陪臣/

二 蕃書調所の発足

安政四年の開校式/主要業務は翻訳/軍事書・新聞・外交文書/入学者/募集/儒学素養の要否の論/稽古規則書/五ツ時から七ツ時まで/入学/願書の様式/教科書/内容は蘭学/登校生一日百人/陪臣の入学許可/束脩不要/教育方法/素読の模様/寄宿生/教官の編成/構舎の変遷/小川町移転

三 調所から開成所へ

洋書調所/古賀謹一郎の上申/学科増設の必要/開成所への改称/「実事実物」の考究/ 開成所規則書/学問所奉行の新設/諸学科の開設/英仏独語/学科技術部門/精煉術/ オランダ人教師の招聘/物産学と器械学/数学/陪臣教官の直参化/教官の研究活動/ 人文社会科学/「西洋雑誌」/「中外新聞」/護持院原への移転/

四 慶応改革期の開成所

徳川慶喜の改革/「開成所学政改革」案/生徒の激増/軍事の伝習生教育の必要/ 教官の増員と学力による三区分/改革案の採用/直参生と陪臣生との分離/ 藩主から束脩を徴収/日講の開催/外国語によらない洋学教育/昌平坂学問所の「刑政科」/教官六O名/英仏学の隆盛/直参教官の増大/横浜語学所の吸収/大坂開成所の設立準備/

五 慶応末年の開成所

大政奉還と王政復古/教官の政治的活動/幕府諸藩有志の開成所会議/ 公議所の設置と御用取扱の任命/教官の会議運営の知識の活用/軍事との関係/ 新政府への開成所引渡し/諸教官の進路/

 

第二節 種痘所・医学所

一 種痘所の創立と官立化

お玉ケ池種痘所/蘭方医学取締の強化/幕府医官の蘭方禁止/牛痘種痘の成功/ 各地の除痘館/江戸蘭方医の種痘施設開設運動/お玉ケ池拝領地の使用許可/ 蘭方医の醵金/種痘所の開設/第一次種痘所/蘭方禁止令の解除と蘭方医の奥医師採用/ 種痘所の焼失/下谷和泉橋通の第二次種痘所/蘭方研修施設の性格を加味/幕府直轄となる/官立の第三次種痘所/頭取大槻俊齋/教授職/医学の研究教育機関/解剖/ 西洋医学所と改称/伊東玄伯らの長崎遊学とヨーロッパ留学/

二 西洋医学所と緒方洪庵

緒方の頭取就任/緒方の経歴/適塾の開設/西洋医学所の初期の状況/輪講会/ 蘭文読解が主眼/書生の生活/蘭方勢力の伸長/御匙医/漢方医の西洋医術兼学を奨励/ 種痘の実施と医師の派出/首脳陣/土地建物の拡張/医学所と改称/

三 医学所と松本良順

頭取松本良順/松本の経歴/長崎留学とポンペの指導/ポンペの功績/長崎養生所と医学校/ 科目の設定と新規の授業法/医学教育の画期/松本の帰東/松本の医学所学制改革/ 一般蘭学塾から専門教育機関へ/生徒の動揺/講義中心の集団的教育/内部の状況/医学所の規模/学科/ 蘭書の筆写/予科と本科/松本の医制全般にわたる活動/医学館をも管轄/戊辰戦争/ 医学所の解散/新政府へ引渡し/

 

第二章 維新直後の再編と展開

概 説


第一節 新政府の大学構想

一 昌平坂学問所の復興

学校制度取調掛/京都の皇学所と漢学所の並立/旧幕府教育機関の復興/医学所と昌平学校/ 昌平坂学問所の沿革/聖堂/学生/書生寮/東京府所轄の昌平学校/素読席の再開/ 教授以下の任命/開講/学生数と経費/

二 開成所の復興

洋学教育の気運/開成学校の名称/頭取/所在地の変遷/教官と書籍/明治二年の開講/ 外国人教師/学生の急増/翻訳業務/その他の諸業務/財政/

三 大学校の成立/

学校規則/大学校/分局三所/国学中心の思想/昌平学校は本校/博士・助教・寮長/ 国学者の進出/開講と学神祭/漢籍素読廃止の提案/集議院での否決/学生/諸教官の特色/

四 京都における大学校構想

「学舎制」の構想/諸博士と本教学/学習院の復興と国学派の憤慨/皇漢併立での収拾/ 両学所の開講/天皇の東幸/東西一軌の提案と東西会同/重点の東京移動/長谷川昭道の意見/両学所の廃止/

五 国・漢・洋学派の抗争

国漢両派の対立/釈/の廃止と孟子の排除/校内の紛糾/学神祭の挙行/大学別当松平慶永/ 加藤弘之の回想/洋学派の中立/学生の建言書/大学校御用掛/慶永とその周辺/ 学神の京都帰還/皇漢洋三学の水戸邸合併案/学校規則改正案/投票による教官整理/ 国漢学の平均化/学生の両学兼修/「大学規則」の制定/洋学色の規則と国漢両派の反撥/ 学政教官委任論/抗争反目の渦/松平別当の辞職と本校の廃止/

六 大学校と教育・文化行政

「学校官」/行政機関としての「学校」/知事・判事/大学校官員/行政官と教官の分離/ 大学と改称/南校と東校/教育文化行政の内容/新聞図書出版の取締/東京出版の民間新聞紙のみ/図書の出版条例/違反は裁判所へ/学校・病院の管轄/長崎/大阪/兵庫その他/編暦/ 土御用家暦造局の大学移管/星学局/天文局と太陽暦/国史の編集/国史編輯局/ 休局と太政官歴史課/議院への参加/公議所・集議院/府県学校の取調/小学校の監督/ 東北府県/取調事務の中止/

七 大学規則の制定

大学規則および中小学規則/大学規則/大学と中小学/諸学科/国学中心を削除/ 小中大の三段階/官吏の養成/西洋学制/三学集中案/

八 貢進生

諸藩への布告/大学南校貢進生/在学年限五年/洋学優先/貢進生の内訳/ 貢進生の活躍/廃藩置県と貢進生の廃止

九大学の廃止と文部省の設置

大学首脳の辞職/大学御用掛/太政官制と文部省の設置/文部大輔江藤/新平の活躍/機構の整備/全国民の教育/

十/南校への行幸

行幸政策/明治五年三月の行幸/勅語の下賜/

 

第二節 大学南校・南校とその教育

一 大学南校の学科と諸規則・

講習・伝習・数学/生徒心得/九等級/大学南校規則/正則と変則/ 普通科と専門科/学科内容/英仏学中心/ドイツ学/語学の重視/実質は普通科/

二 学生・教官と留学

渡航禁制の解除/渡航規則の制定/教官生徒の留学の必要/南校最初の/ 海外留学生/教官の洋行問題/免官の上で留学/官禄三分の一の支給/海外留学規則/ 官選の条件/私願留学/官員は「質問」の名目/

三 繙訳局

大学南校繙訳局/規則/写字生/「海外新聞」/文部省へ移管/

四 南校への改称

単に「南校」と/欧米風学校へ/一時閉校/変則の廃止/教師生徒の淘汰/南校規則/ 南校の再開/予備校案の中止/専門学校は時期尚早/普通科/南校規則・舎則/英仏独語/ 履習課程/クラスと教員/「教師」と「教官」/学生数

五 外国人教師

最初の語学教師/フルベッキ/大学南校教頭/閉校前の教師/在日外人の雇傭/給与の高額/ 不適格者の問題/人選給与の改革/改革後の教師/外出には護衛/補遺・雇外国人教師の給料について/

 

第三節 医学所・大学東校・東校

一 医学所の復興

薬園及び医学所の引渡し/新「医学所」の設置/頭取/御用取締役/医学館は「種痘館」/ 御薬園四か所/小石川養生所/病院/諸掛の任命/出入商人/横浜病院の起源/戊辰戦争/ ウィリスを招聘/野毛町脩文館/下谷和泉橋藤堂邸に移転/「東京府大病院」/医学所付設/ 医学所教授職/病院規則/典薬寮の洋方併用/管轄庁の変遷/人事職制の変化/ 梅毒院/医学所の藤堂邸移転/「医学校兼病院」通則/大学校の一分局/学則/予科と本科/ 試業/学課目/医学校範則/病院の一般施療/

二 大学東校・東校とその教育

大学東校及び病院の職員/大丞/博士/助教/得業生/大学東校規則/入学正則と変則/ 予科と本科/證書と免状/独医ミュルレルとホフマンの来日/閉校と改革/生徒の整理/ 学科課程/内員生と外員生/予科課程の充実/兵部省軍医寮設置の問題/兵部省との協定/ 大学東校は尋常/医学終了者を供給するのみ/松本良順の東校批判/大学東校の反論/ 学術的使命の自覚/上野山内への移転計画/用地一万坪/移転の決定と建築計画// 突然の工事中止/ボードインの公園化勧告/用地は残存/病院切離し案/薬園は博物館へ/ 特志解剖の初例/医書の刊行/医療器械の海外発注/医員派出の廃止/種痘業務の整備/ 種痘館の廃止/種痘の制度化へ/売薬取締/

三 ドイツ医学の導入

蘭医ポンペ/英医ウィリス/教育面での不評/岩佐純と相良知安/医学校取調御用掛/ 両人の建議/ドイツ医学推奨/ドイツ医学採用の経緯/イギリス医学の支持者/ボードインとの協議/フルベッキの証言/政府決定/ウィリスは薩摩藩へ/プロイセンとの定約書/

四 学生と留学

予科生徒入学規則/年一回入学の初/改革前の生徒の状況/教育の無秩序/改革後の岡文造の例/ 寄宿舎/官費生/書籍館/外出/罰則/幕府の留学生/海外旅行免許状第一号佐藤進/ 東校上申の「西洋留学生」/第一期の医学官費留学生/池田謙齋の回想/

 

第三章 「学制」の発布と開成学校・医学校

概 説


第一節 「学制」の大学構想

一 「学制」本編等の大学構想/

「学制」の発布/大学に関する規程/大学区構想/学制追加の学士号規程/南校東校とは無関係/ 文部省布達/外国人教師の教える中学医学の教則/両校との関係/

二 学制二編追加の専門学校規程

「専門学校」の初見/外国語学校を経て入学/外国教師の教授/諸技術の導入/文部卿大木喬任/ 小中学からは大学へ/小中学教育は日本固有のものを/専門大学校構想/

三 南校及び東校の改称と整備

第一大学第一番中学/第一大学区医学校/中学の四類型/二つの教育体系/外国人教師と邦人教官と/貸費生徒検査法/中学は上下二等/旧南校生徒の等級改編 教職員の異動/校長が学長/ 邦人教官と外国人教師/教頭フルベッキ/学科課程と語学訓練/生徒数と年齢/旧貢進生/ 寄宿舎の新築/大学校への希望/医学校/変則生の廃止/ドイツ人教師// 種痘局の廃止/製薬学教場/医学校新学則/医学校の概況/

 

第二節 開成学校から東京開成学校へ

一 第一大学区開成学校の成立

開成学校と改称/専門学校構想による/翌年東京開成学校と改称/明治六、七年の状況/ 語学は英語専用/財政的配慮/三専門学科/付随学科は独仏語上等生のため/ 東京外国語学校の設置/開成学校事務局/学校長畠山義成/外国人教師の増俸/時間割/ 生徒数/本科生なし/新校舎の落成/旧校舎は東京外国語学校/一ツ橋から神田錦町へ/開業式を行幸/勅語/

二 教育の整備と専門教育の充実

学校長補濱尾新/本科生の出現/入学試験科目/生徒数/八割は予科生/仏独語生の処理/ 物理学科の新設/外国語の問題/法化工と物理の四専門科/学科目/外国人教師の「申報」/ 試験の厳守/評点の計算法/校則の改正/試験は英問英答/

三 製作学教場と薬品精煉所の設置

ワグネルの建議/日本語による技術者の短期養成/製作学教場教則/製煉学/工作学/本科生なし/規則/生徒数/明治十年に廃止/工業は職工の仕事/付設工作場/薬品製煉場/国産化の意図/ 明治十一年閉鎖/

四 海外留学生の派遣

官撰貸費留学生/留学生の成績不良と全員帰国/改めて優等学生を派遣/明治八年一一名/ 明治九年一O名/留学生公募計画/応募者なし/二つの意図/

五 教職員と生徒

教員の等級/官吏身分を離れる/邦人教職員の増加/外国人教師の交代と好結果// 文部省雇外国人のピーク/半数以上が英米人/生徒/

六 「専門大学校」への志向

専門学校設置計画の初動/文部省の専門学校設置/直ちに閉鎖/南校の「専門大学校」志向/ 司法省法学校設立の影響/「専門ノ学ヲ開ク」意欲/開成学校開業式勅語草案/開成学校の自信/ 校名に東京は不要/明治八年の学則/「官立大学校」/五「専門学校」の併合体/濱尾新の構想/ 加藤弘之の意見書/「開成大学校」の名称を希望/

 

第三節 東京医学校

一 東京医学校の設立

第一大学区医学校/明治五年の計画書上申/生徒教員の増員計画/留学/帰朝者の教師採用案/ 学費の県費支弁廃止問題/東京医学校と改称/学年暦/「医制」の医学校関係規程/ 教職員/医院/外国人教師/教官等の集会/入学生/転出入/

二 医学科・医学通学生教場

変則生の消滅/明治五年改正医学教則/本科担当は全員外国人教師/口述試験と聴聞/ 予科生徒募集公告/一級生のフンク教師排斥事件/医学校対ドイツ人教師の問題となる/ 普通医学教場の開設の伺/通学生教場/国語による三年間速成教育/担当は邦人教師/

三 製薬学教場の開設

幕末の洋薬製造/薬局教師の雇入/薬品の製造鑑定/司薬生の養成/製薬学校設立計画/ 学校新設は不認可/製薬学として予科生を募集/第一期生/司薬場の薬物学教場/司薬場の移転/ さらに製薬学通学生教場を開設/

 

第四節 国府台大学校設立計画と本郷用地の取得

一 学校敷地の模索

専門大学校の適地を南校に諮問/四候補地を選定/最適地は駿河台/フルベッキ等の建議/ 駿河台は民有地/上野山内用地拡大構想/一度は山内用地を返納/陸軍省を競合して公園化が決定/再度医学校用地として交付/陸軍省は旧水戸邸跡を入手/本坊跡以下の四万八千坪/ 医学校建築設計/経費ん捻出計画/新規土木事業の一切停止/移転先を本郷に変更/

二 千葉県国府台の大学校建設計画

明治八年以来の計画/田中不二麻呂の大学校設立用地申請/国府台の官有地七万坪を予定/ 内務省から移管/並行して本郷への医学校開成学校移転費を要求/左院の照会に対する文部省回答/東京大学校と国府台大学校/国府台は他年開設すべき真の高等大学校/文部省首脳部の東京大学観/開成学校医学校は専門学校

三 本郷用地の取得と医学校の移転

約三万坪の引渡/加賀屋敷の区域と沿革/地震と火災/官有地/教師館と養生所/入札と着工/ 前田家の土地寄付/明治九年十一月に移転/

 

第二編 東京大学と官立専門教育諸機関

第一章 東京大学の創設

概/要


第一節 東京大学の創設

一 太政官の達

東京開成学校東京医学校を合併し東京大学と改称/理法文と医の四学部/東京大学創設の理由/ 加藤弘之の校名改称の意見書/田中文部大輔の「専門学校改称伺」/東京英語学校は東京大学予備門/太政官の認可/改称要求が契機/積極的理念なし/国府台大学校構想の存続/

二 東京大学創設当時の大学政策-田中不二麻呂とダビッドモルレー

事実上の文部卿田中不二麻呂/『理事功程』/明治十二年の教育令/私人の学校設置自由化/ 田中と辻新次の高等教育自由論/人事財政の施策/教員を官吏と区別/財政自立を図る/ 雇外国人モルレーの影響/学監/モルレーの卒業式演説/多様な高等教育機関を構想/

 

第二節 東京大学の運営機構と財政

一 東京大学発足当時の運営機構と教官組織/一ツ橋と本郷に分散/三学部綜理加藤弘之/ 綜理補濱尾新/医学部綜理池田謙齋/予備門主幹服部一三 綜理の職務権限/事務機構/ 教員の名称改正/教授・助教・員外教授/

二 明治十四年の改正ー統一的管理制度の成立

唯一の「総理」職設置/初代総理加藤弘之/四学部長職設置/教授と助教授/教務課等の八課/二系統制の脱却/

三 東京大学諮詢会とその活動

学務審議機関/総会と部会/長及び教授/審議事項/設置の理由/学部の均等運営/ 予備門関係も含む/「諮詢会記事」/「部長会」/教授以外の教員も加え得る/総会会員/ 外国人教師なし/定例ではない/総会では図書館規則の件が多い/部会は学科課題/ 自治機能は不十分/議決の不認可/諮問機関/学部教授会の先蹤/

四 東京大学の財政

国庫支出金に大きく依存/大蔵省の各省庁定額金集中管理/補助金の繰越使用の認可/ 学校資本形成へ/学校財政独立策/残金蓄積の取消/国庫の大学維持/西南戦争後の財政危機/ 補助金を経費金と改称/東大経費が文部省経費の四割/文部省経費削減/返還下関償金への注目/大蔵省の統制/

 

第三節 法理文三学部

一 学科構成とその分化

学科構成の変化/明治十四年と十八年/細分化の方向/正規外課程設置/法学部一科二科/ 英法と仏法/理学部/地質と採鉱冶金/数・物理・星学/文学部/史学の除去/哲学科の独立/ 政治学理財学/学問内容の当時の理解/和文学科と漢文学科の分離/

二 別課法学科・古典講習科・撰科

別課法学科/教授等の建議/学部生の過小/邦語の法学教育/私学の法学教育/一定標準の設定/ 入学と廃止/古典講習科/再度の建議/明治十五年発足/甲部と乙部/国書課と漢書課/ 文科大学附属と廃止/多数の在学生/和漢書研究後継者の育成/明治十一年の撰科制度創設/撰科生規則/卒業證書なし/

三 法理文三学部の学生と卒業生

学生生徒数/医学部学生多数/退学者/出身地の偏より/士族と平民/給費制度/支給月額/ 厳格な条件/随意就職を制限/卒業生の進路/書生と演説/演説集会心得/

四 ドイツ学の導入と外国語

独逸学振興政策/文理学部が英独語必修へ/独逸学協会設立/「法学通論」開講/ドイツ法学/ ドイツ学採用の文部卿上申/授業は英語から邦語へ/ドイツ人教師の急増/留学生の行先国/

五 学士研究科

明治十三年設置/二年以内/論文提出/官費研究生/当直医介補制/四学部共通の規則に改正/定員/制度の実態/

六 「学芸志林」その他学術的書籍の編集と発行

学術紀要/通計103冊/全学の学術誌/欧米論説の翻訳紹介/邦人研究論文の増加/単行本の出版/教科書の役割/「大森介墟編」/

七 工芸学部・法政学部の設置

明治十八年/理学部から工芸学部が独立/法政学部は政治学を吸収改称/文部省側の以降によるか/ 制度的整備/諸改革八事項/実業応用の学科/

八 法文理三学部の本郷移転

一ツ橋校舎/移転希望の背景/規模の拡大/東京大学校設立/煉瓦造を希望/移転計画の変遷/ 法文二学部が先/財政難/明治十七年移転/規模/設計者コンドル/理学部移転問題/ 明治十八年移転/化学実験室/設計者山口半六 

 

第四節 医学部

一 医学部の整備

明治十年代の医学部/本郷施設の整備/明治十二年四月の開業式/行幸/ドイツへの留学生派遣/ 外国人教師関係費用の過大/官費貸費留学生/私費留学生/帰朝後の活躍/外国人教師/削減/西南戦争との関係/

二 医学本科・予科及び別課医学科

医学本科/雇外国人の申報/邦人教官の進出/医師免許制度/医学部予科/ドイツ語の重視/ 予科卒業生への給費/退学者多数/医学通学生教場/速成課程/開業免許/別課医学教場と改称/卒業生1500名を輩出/

三 製薬学教場

製薬学本科/志願者少数/すべてドイツ人教師/明治十三年廃止/通学生教場/日本人教師/ 新規の製薬学教場/制度の概要/生徒数/

四 医院・附属医院

新医院の建物/医院規則/診療/附属病院の設置/通学生の臨床講義のため明治十一年神田和泉町に設立/ 医学部第一医院と第二医院/申報/外国人教師の診療/関連病院/東京都養育院/都立松沢病院/ 都立駒込病院/三井記念病院/

 

第五節 予備門

一 予備門の成立

英語学校と開成学校予科の合併/予科教育の負担とその切離し/英語学校長の伺/東京大学に附属/ 医学校予科は別/医学部予科の編入は明治十五年/予備門主幹/生徒数/教職員/生徒の編成替/ 教則の制定/修業四か年/東京大学進学を独占/

二 予備門の充実

職制の変遷/主幹/司事/予備門長/官吏の地位/教職員名/学制の変遷/学科課程/ 正則から変則へ/修身体操を追加/儒学教養の重視/

三 分學の設立と統合

医学部予科統合の動向/明治十五年予備門に併合/予備門分學/本學学科課程/和漢文科と本朝歴史/ 分學学科課程/明治十七年の完全統合/改正学科課程/新入生から適用/

四 英語学専修課の設置

地方中学卒業者の大学進学の為/一年間の英語学専修/

五 予備門の独立

中学大学の間に分離独立/予備門長意見書/「東京中学校」案/明治十八年独立/ 高等諸学校予備教育を吸収/文部省直轄校/事務章程/

六 予備門の実態

多数の退学者/入学試験/定期試験/退学/他専門学校への転学/

 

第六節 学位制度と東京大学

一 学位制度の導入

学制追加の構想/明治十二年の東京大学案/学位の種類及び名称の確定/ 学位授与規則/卒業即学位取得/学士得業士分離案/

二 卒業式と学位授与式

明治十年の第一回卒業式/明治十二年の第一回学位授与式/法理文三学部/医学部/ 四学部一堂の挙式/簡素化/創立記念日の沿革/明治十八年の原案/各学部長の意見/ 四月十二日と決定/三月一日に改定/昭和十二年からは四月十二日/

三 東京学士会院の創立と東京大学

明六社の設立/講演会と「明六雑誌」/解散/アカデミー設置の動き/モルレーの建議と田中不二麻呂/ 東京学士会院規則大意/明治十二年発足/活動の不振/「東京学士会院雑誌」/

第七節 学生の生活と管理

一 寄宿舎と学生の取締

大学南校規則/同舎則/帝国大学寄宿舎規則/公認寄宿舎の制/本郷寄宿舎の閉鎖/健康管理/ 生徒病舎と摂生室/服装/貢進生/制服制帽の制定/服制励行の措置/学生生徒の区別/演説集会の心得/

二 明治十六年事件

事件の概要/学位授与式への不満/日暮里に遠足/帰校後の騒動/木柵及び諸器物の破壊/ 鎮静/事件の性格/示威行為/偶発的暴行/取締り/強化への反撥/大学の事後処理/ 在舎生の謝罪/取調委員の審問/関係/在舎生全員の退学/他校への入学禁止/ 一月後の処分解除/半年後には全員復学/

 

第二章 東京大学以外の官立専門教育機関

概 要


第一節 工部大学校

一 工学寮の開設

工部省工学寮/モレルの建言/山尾庸三の伺書/工部学校/虎ノ門旧延岡藩邸に建築/ 小学校及び大学校設置案/英国教師団の来日/明治六年開校/大学校の設立/全員官費生/ 工学寮学科並諸規則/工業士官の教育/

二 都検ヘンリーダイアー

伊藤博文の外国人教師雇入れ/若手教師団/スコットランドとの関係/ダイアーの構想/ 工部省諸事業の技術者養成/予科/実習の重視/ダイアーの帰国/

三 工部大学校の開校

工学寮職制/工学寮小学校/明治十一年の工部大学校開校式/第一回卒業式/官費英国留学/ 職制改革/幹事と教頭/官費生と私費生/工部美術学校/

四 工部大学校の教育と外国人教師たち

予科専門実地各二年/英学/授業科目/実地科/実習減少の理由/卒業生の三等級制/ 優れた外国人教師/エアトン/ミルン/

五 教育研究活動と学生生活

入学(入寮)試験/生徒館の設備/日常生活/「西館楼上ノ集会」 賞品/

六 学位制度

工学士は一等卒業者のみ/学士号授与拡大の運動/称号としての学士号に変る/

七 文部省への移管

大蔵省の工部大学校移管案/農商務省の実業教育管理権主張/文部省の学政一元化の主張/ 「工部大学校管理法」/内閣制度の発足と工部省の廃止/

 

第二節 法学校・東京法学校

一 明法寮の設置

明治5年の発足/正則課程と速成課程/在学者卒業後に次期生徒を募集/仏人教師招聘の計画/ ブスケの来日/南校からの転学希望者/生徒二O名/生徒規則/官費/上級と下級/教師/ 明法寮の廃止と司法省の管轄/七名のフランス留学/一期生の処遇/

二 法学校とその教育

二期生募集百名/修業年限八年/入学試験/教場と寄宿舎/現丸の内一丁目/生徒規則の改正/ 講義/予科生本科生の併置/法律学士/事務担当課の変遷/校長職/速成課程/

三 正則科の文部省移管と東京法学校への改称

明治十七年移管/速成科は司法省に残置/教職員/生徒と書籍/校則/予科の東京大学予備門転属/ 本科は法学部に合併/存続期間十か月/

四 東京大学法学部への合併

一科と二科/英法と仏法/合併伺/もと正則三期生/教員/官費支給の廃止/法学校速成科のその後/ 教職員と生徒/明治二十年消滅/修業年限/判事登用試験/別課法学生徒/法学校出身者の活躍状況/

 

第三節 駒場農学校と東京山林学校

一 農事修学場の開設

明治十年開場/開設の経緯/内藤新宿の大蔵省試験場/農業生/内務省へ移管/修学場の計画/ 在来技術の網羅と外国農事伝習/農業家の精選/農学校設立構想/予科と専門科/英人教師の来朝/ 入場規則/農学と獣医学/試業科/生徒募集/開講/駒場野の開墾/移転/

二 駒場農学校の創立

開校式/農学校規則/五科/予科の廃止と普通農業科の設置/試業科の消滅/外国人教師/ 英から独へ/卒業式/

三 農商務省所轄駒場農学校の成立

明治十四年農商務省設置/駒場農学校と改称/規則の諸改正/獣医分科/学位授与式/ 獣医学科の三田四国町移転/卒業生/教職員/東京農林学校に発展/内閣制度に伴う変化/農商務大臣直轄/

四 東京山林学校の創立

西ケ原樹木試験場に設立/農商務省山林局/林学教育の功労者松野/樹木試験場開設/ 山林学校設立の上申/山林学校概則/開校式/教員/雇外国人なし/東京農林学校へ/

五 東京農林学校の設立

明治十九年駒場に設立/三学部制/農学校山林学校合併案/経費節減のため/校長・幹事・教授/ 開校記念日/校則/教官会議の規程/旧二校生徒の編入試験/校則改正/撰科研究生/ 甲乙二科と予科/水産科/教職員の異動/外国人教師/学士号の問題/明治二十三年農科大学となる/

 

第三編 帝国大学の創設


第一章 帝国大学の創設と改革

概 説


第一節 帝国大学令の制定と帝国大学の創設

一 帝国大学の制定

明治十九年公布/制度の経緯/伊藤博文とシュタイン/森有禮と伊藤/森文部大臣と諸学校令の公布/ 閣議/草案/大学院組織/分科大学組織学科/農科大学の構想/

二 帝国大学令の構造

大学制度史上の一大画期/森の演説/国家を本尊とする心志/大学院制の創始/管理制度/ 権限の総長評議会への集中/文部大臣に従属/勅令による法制化/

三 帝国大学の創設と関連諸制度の整備

教育と学問との区別/初代総長渡辺洪基/第一回評議会/大学院の創設/学科制/ 実質は東京大学と工部大学校の併合/行政整理と合理化/帝国大学官等/関連諸制度/ 学位令/学位授与手続/文官試験試補及見習規則/中学校令/高等中学校の創設/五設置区域/ 管理高等中学校/森の構想/

四 創設当時の帝国大学

第一回卒業證書授与式/総長演説/伊藤総理演説/総代答辞/元田永孚の聖喩記/和漢修身ノ身/

 

第二節 帝国大学令の改正と帝国大学の改革

一 帝国大学令の改正動向

頻繁な改正/基本構造の規定/農科大学の新設/六分科大学/推進者濱尾新/職員官等定員/ 評議官互選制/明治二十六年の帝国大学官制/綱領と官制の分離/

二 帝国大学制度改革の諸構想

憲法体制との関連の問題/政府改正案/評議会/教授作成の二案/帝国大学独立案私考/ 商議会と参事会教授会/帝国大学組織私案/商議会評議会と教授会/大学令案/国立 講坐/ 評議官/学部会/特別会計/帝国大学令改正の基礎/行政権からの独立志向/

三 文相井上毅と帝国大学改革

井上文政/改革の準備/井上の構想/高等教育の改革/綜合大学解体の見通し/井上の辞任/農科大学廃止案/

四 総長、分科大学長等に関する改革

総長の権限規定/高等官判任官の進退/具状権と専行権/総長官選の慣例/分科大学長/ 附属病院長と天文台長/両管理職の官制化/

五 分科大学教授会の制度化と評議会の改革

学部教授会の初/井上文相の請議案と請議/評議会権限の一部割譲/教授会規定/ 文相宛の二通の意見書/大学の本体は分科大学/事実上の教授会の慣行/評議会の改革/ 半数互選制/明治二十六年の改正/評議員/審議事項の拡大/学位授与/学科編成/ 新制初の評議会/帝国大学管理制度の沿革/渡辺総長創設の月次集会/諮問と建議/ 発言/秘密保持/運営機構の不備/

六 講座制と教官関係制度の改革

勅令/一講座一教官制/講座の種類と数/講座の職務俸/講座制導入以前の経緯/ 大学教官の特殊性と俸給/講座設定につき大学の答申/講座と補助講座/大学令案における講坐/ 教官定数との関連/一時頓挫と復活/教官定員の変遷/教官俸給令/講座俸の査定/一二三講座/ 井上文相の請議/講座制と井上構想の実現/教授の責任/

七 名誉教授制度の採用

海外諸国の例/外国人名誉教師/明治年間の名誉教授十六名/

 

第三節 帝国大学の敷地と施設

一 本郷キャンパスの全景

虎ノ門の工部大学校校舎/煉瓦造/工科大学の本郷移転/明治二十一年に集結完了/旧加賀藩邸との関連/育徳園と馬場/

二 各地区とその変遷

医科大学と病院/法文二学部と図書館/仮正門と正門/富士山と栄螺山/ 椿山/理科工科大学/敷地十万坪/煉瓦造の急増/

 

第四節 学生の監督と運動会

一 舎監の成立

明治十九年設置/同三十六年に学生監/舎監の沿革/寄宿課と寄宿舎規則/舎監の職務/ 全構内と全学生を管轄/寄宿と通学/文部省諸学校の舎監/舎監事務室/職員/ 巡視/官制定員の変遷/総長指揮下に入る/教官の兼任/専任二名/学生監に改称の理由/ 寄宿制度の変化/専任学生監制/

二 スポーツ・運動会

明治十九年運動会設立/任意団体から社団法人へ/学友会の解散と新運動会/赤門運動会/ 近代スポーツの移入/秋季陸上競技会/ボートレース/英人ストレンジ/三宅雪嶺の追想/ 外国流の運動/ボートと遊泳/撃剣とスケート/健康との関係/運動会規則/会員/会費/ 役員/大演習会/諸部の増加/社団法人運動会定款/諸大学への波及/艇庫の開場式/ 春季競漕会/秋季陸上運動会/スポーツ界への貢献/財政/寄附金/

 

第二章 分科大学と大学院

概 説


第一節 分科大学

一 分科大学通則の成立

明治十九年各部局から集成/九項/制定の課程/通則の改正/学年学期/休業/入学在学退学/ 入学資格の改正/学士入学/高校卒業者の優先入学/入学料の新設/競争試験の規則/ 試業及卒業證書/学士称号/

二 諸分科大学の整備と学科構成の変化

法科大学/法律学科/英仏独法/政治学科/試業規定/医科大学/卒業試問/三大科目/ 薬学科/工科大学/学科の増設/文科大学/学科の増設/臨時編年史編纂掛と国史科の新設/ 理科大学/学科課程の改正/天象台/地震学実験所/植物園/臨海実験所/農科大学/

三 工科大学の創設

工部大学校の併合反対運動/学生の上申書/対等合併/七学科/教職員/外国人教師/

四 農科大学の創設

明治二十三年/設置の経緯/評議会の反対と文相の説得/天下り決定/名称の初見/ 学生施設の引継/教職員の再編 学科課程の制定/准卒業生/予科の消滅/

 

第二節 大学院と学位制度

一 大学院の創設

独自の教官、課程なし/明治三十二年の大改正まで/法令規則類/入学/給費学生/在学五年間/ 当初二年間は研究科に所属/学位試験/授業料と給費/大学院の起源/諸学校の卒業後研究の制度/ 大学院の性格についての諸説/

二 分科大学研究科

分科大学研究科規程/給費と自費/在籍二年間/旅費/大学院と分離/新規程/明治四十三年廃止/ 不明確な目的/大学院生の把握/期限延長の例/卒業成績による選別/

三 学位令の制定と学位授与

明治二十年公布/学位令/同細則/博士と評議会/大博士と博士の会議/学士号は称号/ 森有禮の推進/文相指名の候補者二五名/最初の評議会投票/森の再議要求/再議とその結果/ 第一回学位授与/第二回/合計五O名/大博士は空文/主流は論文博士/明治三十一年の新学位令/ 分科大学教授会が判定/博士会の認定/帝国大学教授は総長推薦/博士会規則/

 

第三章 帝国大学と教育・学術

概 説


第一節 教育体制の中の帝国大学

一 高等中学校・高等学校と帝国大学

各高等中学校の生徒定員/定員過剰/予科と補充科/各地高等中学校の実状/学力検定試験/ 第一高等中学校の優越/予備門から第一高等中学校へ/予備門生の編入措置/高等学校の基礎作り/ 入学志願者心得/「ナンバースクール」の創設/

二 府下私立法律学校の監督

森文相の達/法科大学長による監督/実施期間は一年四か月/私立法律学校/特別監督条規/ 法学教育の監督/対象の五校/監督委員と担任校/試問及第者の判事登用/入学資格の規制/ 課程試験成績等の報告/届け出の例/帝国大学における試問/及第一八名/監督条規の廃止/ 司法官僚の養成/

三 東京職工学校の附属

明治十九年移管/移管の事情/東京職工学校の沿革/学科改正/第一回卒業式/ 再び文部省所轄/後の東京高等工業学校/

四 特約生教育学科の設置

文科大学に設置/明治二十二年から一年半/建議者ハウスクネヒト/中等教育と教師の養成/ ハウスクネヒトの提言/中等教員養成課程の開設/特約生要項/入試の内容/授業科目/ 教育実習/修了者一二名/卒業生の進路/義務年限/ハウスクネヒトの帰国/教授理論の導入/

 

第二節 学術研究と帝国大学

一 専門学会の創設と帝国大学

明治十年代/日本地震学会/日本数学会/洋算家と和算家/東京数学物理学会/東京化学会/ 東京大学生物学会/人類学会/造家学会/電気学会/哲学学会/国家学会/法学協会/史学会/史学協会/

二 東京天文台

天文観測事業の統合/明治二十一年/編暦と時報/江戸幕府の天文台/新政府の天文台建設計画/ 大学/内務省/海軍省/明治十一年の理学部/観象台/明治十五年天象台/時報業務/東京天文台の独立/三鷹移転/

三 臨時編年史編纂掛・史料編纂掛の創設

史誌編纂掛/国史科との関係/維新政府の修史事業/太政官歴史課/臨時修史局/史料採訪/ 史誌編纂掛の廃止/廃止の事情/史料編纂掛/大日本史料と大日本古文書/官制/ 大日本史料の南北朝併記/国定教科書と南北朝問題/史料編纂掛の総長への答申/「両朝並立ノ事実」/史料本質の主義/改訂の要なし/

 

第三節 官吏任用制と法科大学

一 部局別卒業生の変化

法科卒業生の増大と行政官庁/帝国大学以前は工学系優勢/法学士急増政策/各分科大学の学生定員/

二 文官試験試補及見習規則の制定と法学士の官庁導入

文官任用の構想/文官候生規則案/モデルはドイツ/判事登用規則/条件改正による判事の需要急増/ 官吏試験任用制導入の方針/情実人事の排除/各種障害と試案/文官試験試補及見習規則の公布/ 奏任官/高等試験/実務練習/判任官/法科卒業生の動向/学界と司法界/金子堅太郎の行政法講義と影響/ 行政官に進出/無試験任用制の効果/行政官に優先採用/法律科卒も行政官へ/俸給/

三 官吏任用制度の修正と法科大学

裁判所構成法/司法官任用の分離/無試験任用廃止論と反論/学内の反省論/井上文相の方針/ 特権廃止/秘書官問題/明治二十六年の文官任用令/文官高等試験/法科大学生のボイコット運動/文官高等試験の実施状況/外交官領事官及書記生任用令/官吏任用体制の整備/

四 法学士の進路選択

帝国大学時代/六六%が官庁へ/一年志願兵制度/三期十年間の傾向の変化/第一期/ 洋行留学者/法制局と会計検査院/第二期以降の法学士過剰/第三期における経済界への進出/弁護士の不振/大学院進学/

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