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東京大学百年史 通史二

第四編 東京帝国大学の整備

第一章 東京帝国大学への改称

概説


第一節 帝国大学の増設

一 東京帝国大学への改称と帝国大学制度

明治三十年六月/京都帝大の創設/五帝大/帝国大学令は改正せず/官制の改正/教官は大正七年には二倍/講座数の増加/帝国大学高等官官等俸給令/高等官一等の教授を規定/

二 学位制度及び高等学校制度の展開

学位令の改正/種類の増加と博士会規則の制定/大博士の消滅/高等学校は大学予科中心/高等学校諸学部は専門学校へ

三 帝国大学制度再検討の動き

専門学校の発展と昇格の要求/奥田文政下の学制改革構想/教育調査会/評議会審議事項/帝国大学令改正案の審議/改正案の要点/一木文相の大学校令案/諸案の続出と消滅

 

第二節 東京帝国大学の財政

一 官立学校及図書館会計法の成立

資金形成の追求/文部省直轄学校収入金規則/森文相の授業料増徴計画/森文相の演説/特別会計設定の方向/大学財政独立案と世論の批判/明治二十三年の特別会計法構想/官立学校及図書館会計法/評議会に予算審議無し/施設費は文部省の権限/資金の弱体

二 特別会計下の財政

議会の帝国大学予算削減/俸給減額内訓に対する伺/長谷川泰の大学批判/加藤弘之の演説/大学基本財政交付の開申/田尻主税局長の基本金構想/基本金下付も実現せず/大学改革の推進と情勢の緩和/清国賠償金の一部交付の請議/財政構造/資金収入の比重/歳入歳出の諸表/ 財収入は歳入の四分の一/定額支出金制への移行

三 帝国大学特別会計法の成立

評議会の審議/法律案帝国大学特別会計法/経理委員会不要論/穂積八束意見書/帝国議会の審議/大学独立との関連/戸水事件の影響/帝国大学特別会計法/軍事費肥大財政/講座増設/予算編成手続の変化/資金支消の解禁/前金払可能となる/帝国大学経理委員会規則

四 定額制下の東京帝国大学

自己収入の増加/最初の経理委員会メンバー/物価謄貴と定額外支出

 

第二章 分科大学の整備と大学院の拡充

概 説


第一節 分科大学

一 法文系分科大学の整備

文科大学/明治三十七年の哲史文三学科制/学年制から単位制へ/語学試験/卒業試験/各科科目表/学年試験の廃止/自由化の弊害/明治四十三年度の改正/専修学科/科目修了試験/法科大学/明治四十一年の経済学科増設/商業学科の新設/東京高商への影響

二 理工系分科大学の拡充

医科大学/ドイツ医学尊重/工科大学/砲工学生規程/理科大学/農科大学/演習林

 

第二節 大学院

一 大学院規程の改正と特選給費学生制度

明治三十二年の新規程/分科大学の権限/研究科との分離/大学院各科学生規程/入学/在学期間五年/毎学年の報告/兼業及び居住地の制限/各分科大学と大学院/明治四十三年の改正/学生数の急増/各科学生規程の統合/在学期間二年/延長限度三年/兼業認可の件/居住地の制限/攷究科の変遷/免除規定/学生の指導/毎年の報告/改正の追加/基本的な制度/研究旅行/旅費/特選給費学生規程/給費額/兼職の禁止と無給副手

二 大学院の実態

明治十九年創設期/研究生活の開始/学生数の変遷表/研究旅行/兼職制度の見直し/各科の要望/入学基準の緩和/法科大学の例/在官入学の問題/評議会での否決/明治三十一年許可/兼職の大学院学生/運営の分科大学移管/入学制限の撤廃/兼職者七割/教授会の対策/規程改正後の院生の激減

 

第三節 伝染病研究所の発足

一 伝染病研究所

大正五年四月最初の附置研/沿革/北里柴三郎の帰朝/明治二十五年の研究所発足/大日本私立衛生会伝染病研究所/内務省の監督と国庫補助/明治三十二年伝染病研究所官制の公布/六部の分掌/北里所長/講習員と看護婦/病苗製造所と血清薬院を合併/芝白金台町に新築移転/大正三年突如文部省へ移管/北里以下の辞職/移管の背景/政治的決定/諸方面の葛藤/社団法人北里研究所の設立/伝研の東京帝国大学附置/組織/研究生

 

第三章 東京帝国大学と教育・学術・社会

概 説


第一節 学校制度の整備と東京帝国大学

一 高等学校大学予科の拡大と予備教育

専門教育から大学予備教育へ/大学予科規程/一部二部三部/分科大学別の学科編成/明治三十年代の拡大/帝国大学入学の保障/優先入学/他校出身者は欠員ある時のみ/高等学校生徒数/唯一の大学予備教育機関/攻撃の的となる

二 付設的教育課程とその機能(1)-撰科-

東京大学からの継承/撰科規程/欠員と専修/試業と証書/医科大学撰科の特殊性/撰科生の学士号取得/法科大学の例/撰科入学/高等中学校学力検定試験/正科に編入/大学退学者の撰科入学/元撰科生の図書特別閲覧

三  付設的教育課程とその機能(二)-国家医学講習科・理科大学簡易講習科・農科大学乙科-

国家医学講習科/明治二十二年設置/衛生学と裁判医学/十二週間/国家医学構想/各府県の期待大/大正十年医学講習科に合併/看病法講習科/看病婦見習生/看護法講習科/産婆養成所/産婆復習科/産婆養成科/理科大学簡易講習科/年限二か年/理学教育の急要/明治二十六年廃止/農科大学乙科/東京農林学校乙科を踏襲/乙科規則/田畠所有規定/実科に改編/教育の高度化/行政的要求/圧倒的に多い実科卒業生/篤志農夫その他/農業教員養成所/明治三十二年設置/教職職務/主事を置く/修業二か年/臨時教員養成所/国語漢文科と博物科/廃止

 

第二節 学術、文化の普及と形成

一 留学生

外国人留学生/日清戦争以後/特別入学規程/中国留学生八千/多くは私立学校/高専の特設予科制度/東京帝大へは明治三十年頃から/外国人入学数国別一覧表/多くは中国留学生/文部省への回答/極めて消極的/清国政府の希望/第一高等学校特設予科

二 通俗講演会活動

東京開成学校の講演会/外国人教師等の公開講演/浅草井生村楼/明治十七年設立の理医学講談会/規則/平易な演説/東京大学講座室/無料切符/春秋各六回/第一回「東洋学芸雑誌」/全学の大学通俗講談会へ発展/有料傍聴券と定期券/筆記録の掲載/「東洋学芸雑誌」の役割/無料化/明治二十九年頃消滅か

 

第三節 政治・社会と東京帝国大学

一 戸水事件

事件の概要/大学自治の問題/対露強硬意見と開戦論/七博士の強硬意見建議書/明治三十六年新聞発表/山川総長と三教授の面談/明治三十八年の講話批判論/久保田文相の総長あて内訓/文官分限令による戸水教授休職/法科大学教授らの抗議/戸水の講師としての講座担当/教授任免手続き上の問題/山川総長の辞表提出と受理/教授総会と抗議の覚書/総長免官は学問の自由の問題/後任総長の発令と辞退/京都帝大法科教授団の抗議活動/多数教授の辞職決意/山川の調停演説/文相の辞職と戸水教授の復職/浜尾新総長/東京帝国大学最初の自治事件

二 卒業生数の推移

大正半ば年千名/大正八年までに総計二万名/他帝大は八千名/分科別卒業生数/文科の急増

三  卒業生の進路選択

法科大学/明治末年に官庁民間ほぼ同数/実業界/文科大学/教職員/文部省/夏目漱石の例/中学教師/理科大学/高等教育教員/技師と企業/工科大学/就職率は高位/実業に密着/学産官三者の交流/農科大学/官吏と教職員/乙科の半数は自家農業/甲科の農業経営者なし/試験場及び農学校の増加/獣医/民間就職は極小/医科大学/諸分野の医者/軍医/卒業直後の開業は激減/無給医局員

四 卒業式と優等生

行幸と銀時計の下賜/明治三十二年/優等生の選定/二十年間に三二三名/卒業式の模様/卒業証書/大正七年限りで廃止

 

第五編 東京帝国大学の拡充

第一章 東京帝国大学の改革

概/要


第一節 大学令・帝国大学令の制定

一 太政官の達

一 学制改革の動向と東京帝国大学

学制に関する明治後期の問題点/教育調査会と各種大学設置問題/大正六年臨時教育会議を設置/江木千之の総合大学論/山川総長の論/綜合大学ノ利益/単科大学私立大学認可の要/東京帝国大学での審議/帝国大学制度調査委員会/一三件を審議/文相への上申書/総長学長の推薦と任期/停年制/学年始は四月/学位問題/優等生及び卒業式の廃止/臨時教育会議への影響/卒業式廃止の件/臨幸との関係/教授有志の大学制度改正私見

二 大学令の制定と学部制の採用

閣議及び枢密院の審議/大正七年十二月公布/条文/四月から施行/単科大学公私立大学と大学予科/大学令と帝国大学/大学の目的/学部制の採用/在学期間/研究科と大学院/設立は勅裁/帝国大学と官立大学との区別/学部制採用の事情/枢密院審査委員会の末末理由書/四点の指摘/単科大学分科大学の人格論/分科大学の廃止を採決/分科大学文科大学同音の不便/部門割拠ノ弊

三  帝国大学令の改正

帝国大学令の全文改正/審議の経過/大正八年二月の勅令公布/枢密院審査委員の修正参考案/条文/学部と職員/評議会/教授会/講座/主要改正点/総合大学/教授助教授は帝国大学に所属/学部の上に大学院を設置/評議員の増員と審議事項の変化/講座担当の拡大/評議会と講座制は帝国大学のみ/昭和二十二年まで改正なし

 

第二節 東京帝国大学の改組

一 学部通則の制定と学年暦の改正

大正九年制定/全十一章/昭和に六章追加/通則の条文とその後の改正点/学年/大学記念日の変更/入退学等/優先入学と選抜試験/転学転部/除籍及び懲戒/優先入学とその後の改正/入学宣誓の中絶と復活/宣誓文/家庭連絡者連署の在学証明/平賀総長の「家庭的大学」論/第二次入学願書/学生の本分/京城帝大卒業者の学士入学/休学/昭和十一年の改正/学部長の申請による休学/外国留学/休学命令/卒業と学士称号の種類/農学部学士称号の統一/選科生と聴講生/聴講生の新設/女子聴講生/法経の陸海軍人選科生/入学料授業料等/授業料免除の追加規程/文部次官通牒/昭和七年制定/授業料の改正/貸費と給費増額/東大への寄付金/副手規程/昭和十六年の学部共通細則制定/ 団体と集会/出版物宣伝等/掲示/全学講義/野外教練費/学年暦の改正/学年四月開始の経緯/評議会の消極的姿勢/大正十年から実施/その後の論議

二 講座制

大正八年に二O六講座/以後の改正/大正末の講座当り教官定員規定/定額制下の予算編成措置/不完全講座/大学制度臨時審査委員会の提言/助教授等の増員/無所属の助教授/講座研究費/名称内容の一致/講座数の増加/講座俸の画一化/寄付講座の厳選/講座外教授は非/原案可決/講座の整理創設の必要を追加/大正八~昭和二十年の講座数/各学部での変化/法学部/拡張と新設/医学部/工学部/文学部/理学部/農学部/経済学部

三  履習制度・試験制度の改革

臨時教育会議の希望事項/学級制の弊害/点数表示の廃止/学部別学科課程一覧/学生の段階評価撤廃要求/実現せず/各学部の状況/法学部医学部/工学部/単位制の採用/文学部早くから単位制/理学部/試験の条文なし/農学部/経済学部

 

第三節 管理運営制度の改革

一 総長候補者等の選挙

大正二年の京都帝大沢柳事件/総長学長推薦につき評議会決議/総長候補者選挙内規の制定/任期五年/協議会により三名を選出/教授による選挙/協議会の選定に拘束されず/大正八年以来の公選総長/山川健次郎/古在由直/小野塚喜平次/開票手続の改正/荒木改革案事件/昭和十三年の推薦内規制定/任期四年/答申書の提出/無記名投票の実を残す/秘密厳守/昭和二十四年廃止

二 評議会・教授会・学部長会議等の整備

帝国大学令改正/評議会の変化/審議事項/増員/学位授与は削除/職員の傍聴/定例に非ず/実際上議題としない事項/講座の改廃/教授助教授の進退に関する件/例外/曜日と場所/教授会はほぼ変化なし/学部長会議の慣行/発足は未詳/名称の初見/開催の頻度/議題の一例/広範囲/総長職務規程の改正/文部大臣の許可を要する事項

三  停年制の導入

導入の経緯/六十歳とする評議会決議/教育調査会/帝国大学制度調査委員会/山川総長の意向/臨時教育会議の答申/退職俸/一時頓挫し大正十一年に導入/法律によらず/学内の反対意見/昭和十五年の定年審議/講師の定年/戦前は申合せ

四 森戸事件

経済学部機関誌「経済学研究」/第一号掲載の助教授森戸辰男論文/無政府共産主義/興国同志会/山川総長等の善後策/雑誌の回収/大正九年一月の事件拡大/山川森戸会談と森戸の休職/政府の強硬姿勢/森戸及び大内兵衛の起訴/教官等の森戸論文批判/法経両学部学生の当局非難/学外の政府大学攻撃運動/裁判と判決/上告棄却と森戸の失職

 

第四節 学部・研究所の新設・改組および附属図書館

一 経済学部の創設

大正八年創設までの経緯/経済学の講義/法科大学の経済商業両学科設置/実業界の卒業生採用/東京高商昇格運動との摩擦/ヴェンティヒの教授法改良意見/商科大学独立案/経済科大学分立案/設置理由書/新設準備委員/学部の発足と研究室/京都帝大経済学部の創設/機関誌『経済学論集』/創設直後の二大事件/高野教授の辞任/関東大震災/研究室及び蔵書資料の焼失/アダム=スミス文庫の救出

二 航空研究所の附置

大正十年大学附置/航空研究所官制/研究専念教官の出現/軍との関係/設立までの経緯/臨時軍用気球研究会/航空学調査委員会/工科大学附属航空研究所/航空学科の創設/山川総長の新研究所設置の努力/昭和四年駒場に移転/長距離機の試作

三  地震研究所の附置

大正十四年設立/設置理由書/官制の特色/地震学界の事情/建直しの急先峰/初代所長と所員/震災予防評議会/地震学の沿革/観測の開始/日本地震学会/講義の開始/濃尾地震と震災予防調査会/菊池大麓の建議/永続の必要/明治二十五年の調査会創設/委員の人選と事業内容/大森房吉と今村明恒/地震研の旧建物/昭和三年の新築/大戦と軍嘱託

四 附属図書館

最大規模の大学図書館/源流/帝国大学図書館規則/明治三十年附属図書館と改称/附属図書館商議会/震災後の仮設備/内外からの図書寄贈/ロックフェラー財団から内談/図書館復興費四百万円の寄付/新築計画の策定/大正十四年一月の寄付成立/昭和三年十二月一日竣工/防災日/政府支出は消滅/周辺建物/著者名カードの採用

 

第五節 学位制度と大学院

一 学位令の改正

大学令の制定と学位授与権問題/臨時教育会議/授与権開放の要/大正九年改正/大学権限の拡大/論文提出と公表義務/推薦制の全廃/称号か栄位か/妥協案としての文部大臣の認可/東京帝国大学学位規則/種類/請求資格/審査と議決/学位の取消/学位授与総数/昭和期の再検討/大学名付記の要/推薦制は不可/名誉学位制/戦後の改廃

二 大学院と研究科の実態

大正前期と同様/学部通則中の関係規程/学部に分属/在学期二年最高五年まで/報告書/兼業と居住地/学位/攷究科/旅費/懲戒/除籍/特選給費学生/支給額/昭和八年の論議/法文経大学院は有名無実/独立の設備なし/在籍者数の変遷/文学関係の急増/私立大学卒業生の入学/外国籍学生の増加/学内の批判/大学院学生の役割と設備の不備/

 

第六節 東京帝国大学の財政

一 大学特別会計下の東京帝国大学財政

議会における定額制廃止論/政府定額支出金の比重低下/財政の自己支弁と政府支出金増/大学特別会計法/講座増と定額制および算定基準/東京帝大教官一人当経費の低下/大正十二年度の緊縮予算/不完全講座問題の発生/大正十五年の定額制廃止/全帝大特別会計の一本化/予算制度の整備/講座を基準とする予算算定方式/校費の設定/文部省による集中的予算管理

二 高等教育機関拡張計画と震災復旧計画

創設拡張計画/国際競争力の強化/帝大学生収容力の拡大/拡張計画予算の成立/理学部農学部拡張費/震災被害の概況/震災応急費/東京帝大復旧諸費/古在総長への執行委任

 

第二章 震災と復興

概 説


第一節 被災と移転への思惑

一 被災の経過と応急措置

大正十二年九月一日の大地震/薬品による出火と延焼/図書館の全焼/赤門脇から正門付近へ/鎮火/震害/総延坪の三分の一を失う/越中島航空研究所の類焼/麻布東京天文台の震害/焼失図書資料/罹災者の構内避難とその救済/生活と医療/めざましい学生の活動/東京罹災者情報局を創立/応急修理と開講/罹災学生用施設/

二 キャンパスの移転案

潜在した移転の夢とその消滅/移転案の経過/評議会/復興委員会/教官有志の遠郊移転案/本郷案/近郊案は代々木練兵場を想定/在京学生総会/営繕課作成の三案/十月十六日の教官投票結果/移転意見書を蔵相に提出/損害千六百万円/本郷敷地の難点/代々木三十万坪の地を希望/旧敷地の売却収支概算調書/十一月二十日には断念

 

第二節 復興の歩み

一 本郷キャンパスの復興整備

一高と農学部との敷地交換問題/復興計画の構想/建物の集合と空地の設定/営繕課長内田祥三の功績/復興建物のほぼ全部を完成/大学復興予算/鉄筋地下一階地上三階が基準/空地と光庭/保守的デザイン/道路計画/博物館構想は実現せず/他地域の設計

二 大講堂と図書館

全学の中心/安田善次郎の大講堂建設寄付/正門と銀杏並木/大正十四年七月竣工/建築の概要/便殿と壁画/費用百十万円/図書館復興問題/図書寄贈/昭和二年までに五五万巻/前田侯の書庫開放申し入れ/仮事務室/ロックフェラーの総長宛電文/受納の決定/姉崎館長の建築希望事項/建設の進行/書庫は七層/延べ五一五九坪/姉崎内田間の激論と譲歩/

 

第三章 昭和初期の東京帝国大学

概 説


第一節 教育と学生活動

一 陸軍現役将校の配属

臨時教育会議の兵式体操振興/軍縮と余剰将校/在営期間短縮と訓練補充の要/岡田文相と宇垣陸相との協議/文政審議会への諮問と答申/大正十四年陸軍現役将校学校配属令/中等学校以上/校長の指揮監督/大学学部は申出による/査閲/東京帝大有志の私的軍事訓練/軍事教練反対運動とその規制/東京帝大の静観姿勢/文部陸軍両省間の協定/東京帝大は講義のみ/教練希望者/配属将校中村大佐/七月から実施/一年志願兵から幹部候補生へ/検定合格者は在営十か月/参加者の増加

二 学生主事・学生課の設置

思想運動/学生監を学生主事に/設置理由/学生課設置/福祉施設の拡大/医局/共済事業係/思想取締/文部省学生生徒主事会議/団体的運動への警戒/訓育費の計上/業務の拡大

三  厚生・健康施設の状況

明治以来の各種厚生施設/学生控所/飲食品販売価格/学用品と理髪所/射撃とスキー/戸田寮/大正七年の学資概要調/授業料/下宿料/農科大学寄宿舎/制服等/靴料/教科書及学用品/研究旅費/諸会費/震災と施設復興/七徳堂と滄海楼/学友会食堂/業者の導入/第二食堂等/仮設寄宿舎/山中寮と谷川寮/共済部とその後/就職難と対策/学生監室医局/欠陥と改善/受診状況/構内商人/商人管理規定/非公認の学生消費組合/東京学生消費組合赤門支部/学生生計調査

四 帝国大学新聞の創刊

大正九年十二月/新聞発行の背景/永井了吉ら有志/資金の事務所/創刊号の内容/発刊の辞/事務所の学内移転と事業の発展/東京帝国大学新聞会/学友会の管理と週刊化/帝国大学新聞社とその後

五 学友会・運動会・五月祭

帝国大学運動会/大正九年学友会に改組/学友会改革決議/評議会の決定/全学生が会員/第一回学友会学生大会/第二回大会決議/新学友会の発足/学生委員会/学部会は支部に/義務的入会/中央部と諸部/学生委員会と常務委員会/社会科学研究会の独立問題/運動部の不満と脱退決議/調停の失敗/昭和三年学友会解散/各部個別の公認/五月祭の起源/大正十二年の学友会園遊会/第二回懇親会/各学部会連合の全学開放/五月祭の名称

六 新人会・セツルメント・七生社

新人会の指導者吉野作造/綱領/講演会と機関紙/内部分裂と卒業生の退会/学生連合会結成/大震災と新人会/活発な学外活動/会員獲得運動/治安維持法と京都学連事件/三・一五事件/大森義太郎の辞表提出/評議会における新人会解散問題/解散命令を可決/豊島園事件と学生処分/学内外の諸活動/学内検束/共産青年同盟/新人会の解消/左翼諸団体の動向/大震災と学生救護団/末弘厳太郎とセツルメント設立/柳島元町に建設/設立趣意書/智識の分与/社会調査の要/労働者教育部と労働学校/調査部と児童部/人事法律相談部/医療部/状況の変化/大学隣保館/昭和十四年解散/国家主義諸団体/興国同志会/上杉慎吉の七生社結成/新人会との対立/暴行事件/古在総長の告諭/停学処分/昭和十七年解散/平泉澄と朱光会/他の諸団体

 

第七節 大学と社会一 高等学校の新編成と入試選抜の動向

臨時教育会議の答申/大正七年の高等学校令/高等普通教育/高等科と尋常科/文科と理科/中学四年修了者/生徒定数/七年制の採用/高等学校の増設/公私立高校は七年制/学部通則の改正/優先入学と選抜試験/学習院高等科/入学に関する評議会可決/選抜試験/試験直前の試験科目発表/かなりの難関/志望者の学科別入学率

二 統計からみた学生生活

四回の生活調査/昭和初期の概観/出身地域と自宅通学者/都会出は理工系/出身高校/家族構成/五人兄弟/父兄の職業/自宅通学者の圧倒的有利/学資の出所/三分の二は全額家庭支弁/個人的後援と育英会/父兄の職業と学資支弁の状況/学資の使途/住所と居住形態/自宅外は本郷付近に集中/間代/食事場所と食費/生活時間の配分/自習時間と場所/趣味娯楽/スポーツ/嗜好品/健康状況/読書傾向/新聞雑誌/主義と修養/進路の志望/実績とは相違

三  卒業生と就職難

卒業生は年二千/大学生の急増/工・文の増加/就職率の動向/昭和初期の大量就職難/出身大学の格差/学部別の進路/法学部/司法官弁護士資格制度の改正/経済学部/民間企業/文学部/教職員/理学部/工学部/高い就職率/農学部/就職は安定/医学部/就職率九割/

四 通俗講演会の開催

大正期の特徴/大学や学部主催/各種学会/各種団体/文科大学公開講座/聴講/東京数学物理学会/東亜協会/学術講話会

五 東京帝国大学創立五十年記念事業および東京帝国大学記念日

昭和二年/創立は明治十年か十八年か/二十五年式典は実現せず/評議会の協議/明治十年を起点/五十年記念事業要領/大震災で延期/五十年史の編纂/昭和三年着手/七年末に完成/式典は期を失す/記念日の再検討/昭和十二年から四月十二日に/記念日祝典の例/神田一ツ橋学士会館の建設/大学五十年記念/昭和四年に寄付


第六編 戦時下の東京帝国大学

第一章 戦時下の学制改革動向と財政

概 説


第一節 学制改革動向と東京帝国大学

一 学制改革問題と東京帝国大学の対応

問題の背景/入学難と就職難/「赤化学生」/大学の機能の論議/多数の改革案/高等学校問題/高等学校廃止論/高専等を大学に研究は大学院で/学術研究か職業教育か/大学の「大衆化」/師範大学案/中等教員資格の特権否定論/大学令第一条後段問題/人格ノ陶冶及国家思想ノ涵養/「思想善導」策/諸問題への対応/昭和六年の文部省学生改革案/小野塚総長の文相次官会見/師範大学及び大学予科案反対/立案前の意見陳述を要求/文部省案は頓挫/昭和九年の師範大学構想の再燃/文学部教授会の反対声明

二 帝国議会と大学問題

思想問題と「教育ノ欠陥」/帝大教官学生の検挙問題/帝大廃止論/文相は廃止に反対/国体明徴/帝大の任務は「東亜新秩序ノ建設」/帝大教授への攻撃

三  大学制度調査会の設置

昭和八年設置/小野塚総長の私的諮問機関/秘密会/構成と審議事項/高等学校問題/年限短縮は困難/法文経の私立移管の世論/赤化学生問題/各学部の教官詮衡方法の報告/学年九月開始論/大学令第一条後段問題の苦慮/現状はくずさず

 

第二節 東京帝国大学の審議と再編

一 教育審議会と高等教育改革論

昭和十年文部省教学刷新評議会/答申と建議/国体に基づく数字/昭和十二年教育審議会発足/内閣直属の機関/事変中の設置/大きな変更なし/東京帝大関係者/高校は大学の基礎教育機関/三年制高校主体/中学五年を基準/実業学校からの高校進学ルート/女子高等学校/高等教育の審議/大学ニ関スル要綱/理工学部の拡充/学生の訓育/女子大学設案

二 大学制度審査委員会・大学制度臨時審査委員会の設置と活動

学内の審議会/昭和十二年設置/委員会組織案/正式な大規模委員会発足の背景/近衛首相と教育改革同志会/大学側の自発的対応/学外情勢対処の姿勢の議論/立場の相違/教育改革同志会案の批判/水準低下反対/「大衆化」大学論との差/高校は大学の基礎教育機関/学部対応の課程/審議題目一覧/長与総長から平賀総長へ/臨時審査委員会と改称/委員会規程/三特別委員会/構成委員/教育審議会への影響/徴兵猶予/審議決定事項/制度機能の全般的見直し/高校との連絡/専門と一般教養/大学の本質及び目的の論/昭和十五年結了

三  年限短縮問題

戦時体制の強化/新体制運動/昭和十六年度/企画院等の立案/卒業三か月繰上/幹部士官と労務の不足による/翌年は九月卒業の計画/文相への意見書/夏休廃止問題/枢密院への運動/高校の年限短縮は見送り文相への内申書/十七年度は半年繰上/徴集延期の短縮/総長会議/文部省の説明/軍部の必要/入学者の問題/抜打ち決定/学年暦臨時措置/繰上卒業/学年の終と始/十七年四月入学/十七年十月入学/入学試験/十八年度から中学高校一年短縮/東京帝大の対応/大学院強化問題/評議会/年限短縮対策の冊子提出/十八年十月在学徴集延期取消/学徒出陣/二十年の一年間授業停止

四 大学院制度と特別研究生制度

臨時審査委員会の決定事項/改善すべき点/志願者の厳選/定員の設定/外国大学卒業生の処置/在学期最高六年/学位授与の活用/設備の充実年限短縮に伴う大学院強化問題/文部省への提示案/毎年四百人/徴兵猶予の件/生活費研究費の支給/教官施設の増強/新大学院制度要綱/昭和十八年十月から実施/特別研究生制度/七帝大三官立二私立大に適用/文部省令/第一期第二期/第一期五百人/推薦と審査/指導教授/就職義務/学資九十円支給/徴収金なし/戦力増強に直結/兵役免除/厚遇/第一回東京帝大は一一一名/全国で四三四名/第二回選定は自然系のみ八八名/研究事項の例/戦後の状況/各大学長の管轄/給費の増額/二十四年から半数を育英会へ/事実上の廃止/特別研究奨学生 育英会の貸費

 

第三節 大学財政

一 戦時体制下の東京帝国大学財政

緊縮傾向から膨張へ/財政の全容/財政緊縮/臨時部経費の増加/物資難と物価増/特別会計の統合整理/教職員の待遇問題/雇傭員の生活難と軍需への転出

二 科学研究体制と東京帝国大学

科学動員振興方策/科学研究奨励金/科研費の創設/機関研究および共同研究の性格/日本学術振興会/重点化/委託研究

 

第二章 学部・学科および研究所の創設・再編

概 説


第一節 学部、学科の創設及び再編

一 農学部の本郷移転

一高との敷地交換の由来/大正十年頃から具体的進展/移転の必要性/綜合大学ノ実/学部孤立の不利/本郷の一高敷地三万一OOO坪/当初の条件/一高に六万坪/震災による状況の変化/震災復興計画の一環となる/大正十三年/土地境界図建物予定図の調印/協議要項の覚書/一高に七万坪弱/復旧予算の相次ぐ繰延べ/運動場用地問題/農学部に二万二五OO坪/一万二五OO坪は運動場等/東京高等農林学校として独立/農業教員養成所/東京農業教育専門学校となる

二 臨時附属医学専門部の設置

昭和十四年七帝大六医大に設置/戦時の医師不足/評議会での報告/小石川分院に五O名/予備門以来の付属学校/六月十五日開校/学則/四か年/中学卒業者/附属医学専門部医学士/医師資格授与/委員会規程/職員/ほとんどが講師/入学卒業状況/九期生まで/附属医学専門部と改称/修業年限の変化/施設

三 第二工学部の創設

理工系教育拡充/工学部学生の臨時増員措置/第二工学部創設実現の経緯/昭和十六年度再追加予算に提出/設置要項案/十七年四月開学/学科/一学年四二O名/異例の評議会事後承諾/設立準備委員会/専門委員会/文部省側委員/独立の一学部/設立準備相談会/人事調査委員会/委員会での論議/両学部同等/入学者は大学側が両学部に配分/学部の序列/難問は資材不足と輸送麻痺/千葉市西部に敷地設定/県市の協力/西千葉駅の新設/総長上申書/敷地十数万坪/設備教官の共用/一O学科三三講座/十二月開学式/発足時の状況/講座の増設/食糧増産/研究補助技術員養成所/設置と廃止/空襲の被害

四 熱帯農業員養成所の開設

昭和十七年末農学部に委託設置/農林省の農業指導者錬成計画/農業報国聯盟/錬成委託養成書/南方農業開発/経費は聯盟負担/委託要綱/聯盟の錬成修了者/附属多摩農場内に開所/一期生五O名/全寮制/学科と語学/約半年で卒業/海軍軍属か/一二期生の多くはグアムで戦死/事情の異なる三期生/中学四年修了/十九年四月入所/即日海軍軍属/大東亜省及び海軍の委託/アンボンに行く/継続不可能/事実上の閉鎖

五 文・理・農学部における学科の再編と改称

文学部/昭和七年の統合/支那哲学支那文学科/印度哲学梵文学科/理学部/昭和十四年人類学科設置/昭和十六年地震学科を地球物理学科に改組/地震学科の沿革/授業科目の改訂/農学部/昭和十年農業土木学科の独立/耕地整理講習/農学科農業土木学専修課程/分離独立/戦時中の役割/学科課程

 

第二節 研究施設・附置研究所の創設

一 工学部附置綜合試験所

昭和十四年設立/設立の経緯/建物設備の寄付/昭和十五年完成/延二千坪/所長は工学部長の兼任/業務内容/綜合研究/中間試験研究/委託試験等/文部省科研費/研究結果の公表

二 東洋文化研究所

昭和十六年東京帝大に附置/創設計画/東洋文化の綜合研究機関/設立理由/既在の研究調査機関との差異/昭和四年設立の東方文化学院/外務省所管/東京京都の両研究所/東方文化学院と東方文化研究所/東方文化学院のその後と解散/研究所の職員/三部門で発足/紀要の発刊/建物の変遷/昭和四十年新築

三 南方自然科学研究所

昭和十九年一月東京帝大に附置/設立までの経過/昭和十六年南方資源研究会発足/学内団体/公的な色彩/海軍との関係/海軍嘱託/七部制/南方科学研究会に発展/資源部と医療部/報告及び資料/研究所への移行/官制/旧一高校舎/構想とその縮小/研究の困難/戦後立地自然科学研究所と改称

四 輻射線化学研究所

国策による研究所及講座の設置/評議会の反応/電波兵器関係/昭和二十年一月発足/成果なし/戦時中創設の大学附置研一覧/戦後理工学研究所と合併

 

第三節 在外研究と留学

一 在外研究員

大正九年外国留学生を改称/人員の増加/期間は三年を二年に短縮/英米独仏に集中/派遣及私費渡航/戦争の影響

二 留学生

学生の渡航状況は不詳/研究者養成の事情の変化/見学旅行/留学生受入れには消極的/留学生の増減と戦争の影響/昭和十年の外国学生の規程/取扱の検討/入学資格は高校卒が原則/調査委員会設置/昭和十八年の学部通則の改正/定員外/出願と銓衡/諸料金の取扱/入学後は特別扱なし

 

第三章 戦時体制下の諸動向

概 説


第一節 教学刷新・軍事教練

一日本思想史講座の設置と神道講座の拡充

昭和十一年/文部省の日本文化講義実施要請/要綱/大学の対案回答/教養委員会設置/国体学講座設置と神道講座充実/国体学は文部省天下り講座/予算成立/文学部の対応/国史学か日本思想史か/名称に反対/日本思想史講座の新設理由書/評議会での不満/今後天下り講座は認めず/人事と講義内容/昭和十三年新設/考古学講座設置

二 配属将校増員問題

昭和八年/一名増員を申入/東京帝大の拒否と陸軍文部の対立/秘密処理の方針/勅令違反と統帥権論/小野塚総長と評議会の結束/文相への上申書/文相陸相間覚書/増員は三者の一致を要する原則/文相総長の交渉/幹部候補生の件/了承と結着/その後の問題/異動の照会

三 軍事教練の必修化

昭和十四年/在学生の徴兵猶予を一年短縮/教練必修の文部次官通牒/要綱/学科と術科/毎週二時間/銃器の払下げ/成績判定/東京帝大への内交渉/評議会事後承諾/手続論/九割は既に参加/術科は野営で/天皇親閲と勅語

四 紀元二千六百年関係行事

昭和十五年/文部次官通達/評議会の行事案/学術発達史/各学友会の計画/東京帝国大学学術大観の編纂/他の諸計画/博物館建設案/十月の天皇行幸/式典と植樹/学術大観の進行/昭和十七年完成

 

第二節 戦時動員体制

一全学会・特設防護団等の設置

昭和十五年の新体制運動/東京帝大の学内組織改編/平賀総長の提議/学生課参与立案の要綱審議/全学会の組織/中央指導部/中央事業部/各学部会中央集権的構想/鍛練部/東京帝大の自発的編成の理由/学内混乱の批判を回避/中央集権に対する評議員の反撥/中央指導部に代え中央審議会/危険視された団体の排除/十六年四月発足/検見川の集団農耕作業/学生は消極的/学内政治運動の活発化防止/特設防護団/組織/報国隊編成の文部省訓令/学生の激減と諸活動の停止/全学講義/昭和十六年の講義題目/実施困難

二 科学動員

工政会理化学研の発足/日本学術振興会の設立/研究援助と東京帝大/科学研究費創設される/科学技術審議会設置の懇談会/陸軍省「国防科学」と東京帝大/東京帝大科学動員委員会規程/研究動員会議/学内に陸海軍関係研究所を分置/学内の国民精神総動員実施状況

三 学徒勤労動員

国民精神総動員/検見川運動場建設の勤労作業/昭和十四年の勤労奉仕義務化/年二十日程度/興亜青年勤労報国隊の中国派遣/東京帝大は自由参加/昭和十六年/検見川臨時農場/夏休みの諸活動/国民勤労報告協力令/勤労の遂年強化/十七年の諸作業/十八年の学徒戦時動員体制確立案/食糧増産/学生は稍消極的/年四か月の動員可能/十九年の決戦非常措置要綱/動員通年態勢/東京帝大初の一か月勤労作業/予備体格検査/諸方面への出動/休日全廃/文部省に学徒動員本部設置/通常教育不可能/学徒勤労令/学徒保護の通牒/昭和二十年/一年間の授業停止と戦時教育令/学徒隊/戦闘隊へ転換も/動員の終結

四 学徒出陣

昭和十八年十月徴兵猶予停止/全国文系大学生は約三万五OOO名/九月二十五日の繰上げ卒業式/臨時徴兵検査/十月一日入学式/諸学部の壮行会/学生取扱の件/服役中は休学/一部は仮卒業/帰還後の補講/復学の要領/徴集者名簿/神宮外苑壮行会/仮卒業証書授与/理系の拡充と文系の移転を考慮/理系学生は三~四年入営延期/全学会の壮行会/十二月入営入団/東京帝大の入営休学者二八八四名/以後の学園風景/食堂長蛇の行列/十八年の徴兵年齢一歳引下げ

五 学部・部局の疎開

昭和十八年/東京帝大文系は疎開の対象と決定/移転先の検討/一九年千葉市と貸借契約を結ぶ/移転跡地の問題/移転準備/疎開計画の中止/空襲と疎開問題/戦災/赤門の防火

 

第三節 「大学の自治」をめぐる諸事件一 大森、平野、山田三助教授の辞職

三・一五事件と大学への非難/左傾教授と文部省の方針/辞職か休職/総長に回答督促/経済学部内の対立と大森助教授/大森の辞表提出/他大学での免官/大森の声明書/昭和五年の山田平野の辞表提出/治安維持法/「大学の自由」論

二 京都帝大滝川事件と東京帝国大学

昭和八年夏/滝川著書の発禁と辞職要求/文部省の休職発令と京都帝大の紛糾/小西総長の辞職と事態の収拾/京都帝大法学部教官の半数が辞職/東京帝大への影響と学生の活動/大学当局は静観/過激行動の取締/共青等学生の活動活発化/法学部学生大会の混乱/警察の出動と学生の検束/小野塚総長の強硬姿勢/鎮静化/総長の進言/美濃部問題でも静観の態度/

三 矢内原事件

昭和十二年/論文の発禁/大陸政策批判/経済学部内の対立で問題化/十一月の教授会/土方提案と反論/学外で問題化/新聞の論調/内外の東京帝大攻撃/矢内原演説と長与総長の断念/矢内原の辞職

四 教授グループ事件

昭和十三年の第二次人民戦線検挙/経済教授等三名/学部教授会/慎重論と処分論/僅差で処分否決/土方学部長の辞意と上申書提出/評議会の延期と開催の要望/三月の評議会/大内有沢脇村三名検挙の件/異例の議題/経過報告と反論/起訴以前の処分は非/各学部長の発言/長与総長に一任/学部の意向尊重/起訴決定と休職/十九年の無罪確定と復帰問題/経済学部は反対/復帰賛成意見/休職発令

五 荒木文相による大学改革問題

昭和十三年五月荒木文相就任/六帝大総長との談話/総長以下の選挙は法的根拠なし/総長懇談会と評議会/長与総長談/行政上の根拠ある多年の慣習/総長候補者推薦のための投票/京都帝大浜田総長の逝去が発端/任命大権補弼論/文部東京帝大懇談会/意見の対立/文部省やや軟化/教授は署名の文章で意見を上申/人事内規改正審議委員会/六帝大連絡委員会と合意事項/文部省は署名文章の件を堅持/五帝大一致意見/全教授の意見を徴し候補者推薦/教授の答申は署名文章等による/東京帝大案との差異/十月東京帝大案承認

六 平賀譲総長就任経緯

長与総長の辞任/河合問題の最中/注目の後任推薦/具体案の検討/総長候補推薦協議会で三名選出/各学部意向決定/山田三良を推薦/文部省不受理/山田の辞退と推薦やり直し/投票の状況/平賀譲の推薦と受諾説得/十二月二十日平賀総長発令

七 平賀粛学

経済教授河合栄治郎への攻撃/四著書の発禁/新総長に対する学内諸派の期待/審査委員会と学部長会議/文相に河合土方の休職を具状/土方は経済学部内紛の責任/文官分権委員会/十四年一月休職/両派多数教官の辞表提出/一部の辞表撤回と教官の補充/翌年漸く正常化/河合の起訴

 

第四節 学生生活一入学者選抜の動向

学年半年短縮と年二度の入試/文部省通達/入試は三次まで/高校卒を優先/白線浪人対策/第一第二工学部へは抽籤で分配/現役入学率上昇/十八年の改革/入試は一回/第二志望以下も多数志望させる/在学受験は不可/第二志望以下の選択基準/十九年は学科試験廃止/調査書と各校の実績による/三次まで銓衡/最寄り校を志願/二次募集の弊/学修の意志なし/

二 卒業生人員配置

戦争と軍需動員/国家総動員法/雇傭就職の規制/昭和十三年の卒業者使用制限令/厚生大臣の指定/工学部のみ対象/六帝大工学部長等の会議/強制的ではない/十六年の七帝大工学部長会議

三 卒業生と就職

戦時就職の活況/過去最高率/昭和十二年以後の就職状況調査/法学部/官公署/民間会社/官庁採用銓衡時期の繰上/戦時体制/官庁は内地志向/会社就職の増加/鉱工業/大陸への就職/経済学部/官庁は少数/就職の高率学科による差/文学部/中等学校多数/三割が大学院へ/就職の多様性/戦時の変化/卒業生の減少と就職率の上昇/学科別の状況/文部省の増加/繰上げ卒業で就職率急落/卒業即入営/理学部/大学院進学/研究所/著しい学科差/動植物学科の不利/工学部/重工業/中央官庁と軍/学科と就職分野/就職統制の状況/主任教授の配分/求人八倍/卒業生と軍関係の急増/農学部/農林省/外地官庁/食料品産業/就職率の上昇/官庁/軍の獣医/化学工業/学校研究所/医学部/医学科/八割が病院等/基礎と臨床/薬学科/官庁会社学校/変化は少ない

四 履修制度・試験制度等の改正

昭和六年以降/臨時審査委員会の審議/科目制度の存置/学科学課目の学部毎の再検討/演習の重視/点数制評点も可/討議の一例/試験方法/評点法/工学部規程改正/最大限三百単位/科目履修の順序/成績は四等級/改正理由/実情との一致/単位の数え方/経済学部の改正/正科目随意科目/正科目の分類/成績は点数表示/学年と科目履修順序/成績表は四等級/指導教官制度/講読演習と結合

五 学生の健康管理

最大課題は結核/東京帝大での対応/レントゲン科/人工太陽灯/長与総長時代の対策進展/入試時体格検査の厳格化/昭和十一年度より全学統一実施/レントゲン撮影/全員に間接撮影/フィルム不足/昭和十五年国民体力法制定/結核対策要綱/結核療養所/学生の損耗/衛生体育委員会/福利施設拡充の必要を議決/衛生委員会規程/戦後は保健委員会/昭和七年の「学生医学の指導」配布/在学生体格検査/学生保健体操/全学鍛練体操/体力検査実施/壮丁訓練

 

第四章 戦時体制の崩壊

概 説


第一節 敗戦直後の東京帝国大学一 敗戦と大学

二十年八月十五日の終戦放送/内田総長訓話/学部長会議/大学新聞の南原法学部長寄稿文/大学の使命/東大は東京に/仙台に移動の話/九月の戦後/第一回卒業式/内田総長告辞

二 東京帝国大学接収問題

総司令部の候補地/総長文部省等の工作/九月十一日解決/米第八軍の接収問題とその解決

三 内田総長から南原総長へ

学部共通細則の改正/制約の大幅緩和/教育改革問題/GHQ指令/法学部の大学普及講座/平泉橋爪教授等の退職/内田総長の退官/後任総長選挙/十二月南原繁総長就任

四 経済生活の破綻

宿舎の問題/極度の宿舎難/井之頭学寮開設/検見川田無弥生/西武板橋清瀬等/下宿探し/休学希望者多数/食糧難/学校農園/大学住込み/自炊の教職員

五 敗戦後の入学者選抜の動向と女子の大学入学

外地引揚学徒の転入学問題/転入学試験状況/二十一年春は高校卒業者なし/仮卒学生は学部毎に適宜処置/女子入学の検討/二十一年度入学者選抜要項/高等学校卒/専門学校卒/女子/陸海軍諸学校/入試の実施結果/五割が白線浪人三割が軍学校/女子十九名/帝国大学女子入学者調査

六 旧制入試の終焉と白線浪人問題の決着

旧制大学最後の入試は二十五年/新旧二種の入試/大量の白線浪人/対策/入試は二期/一期校と二期校/募集人員増/浪人七千名残る/新制大学二十三年への編入試験/医学部は別

七 教授の復帰と公職追放

GHQ指令/十一月の経済教授会の決定/七氏の復学/三教授の勇退と定員問題の解決/人事と評議会との関係の議論/復学付議の要否/教授復学の終了/追放問題/東京帝大に大学適格審査委員会設置/各学部での予想/審査上告の手続/政府の審査による六教授の免官/各学部審査結果/文部省の調査による追放追加/末弘安井問題/二十一年十二月で終了/その後の経過

 

第二節 南原総長と戦時体制の払拭一 南原総長の構想

評議会での提案/大学令第一条/総長選挙/教育研究問題/文教地区構想/憲法問題等五項の総合研究/相次ぐ南原演説/総合研究五委員会の委員/学歌学生歌募集/応募と詮衡/結末は不明/教官談話会/関東地区の大学教授聯合/米国教育使節団/大学教授協会/全国大学教授連合に発展/その歴史的意義/連合国軍との交流/日本側講演/米使節団と懇談/

二 入学式・卒業式・諸式典・五月祭

昭和二十年式典/九月の卒業式/明治節/二十一年紀元節/戦没者慰霊祭/東大記念日式典/五月の入学式/女子入学者/天長節/五月祭の復活/九月の卒業式/卒業生一七OO名/減少の理由/十月の憲法発布記念式典/総長の演述/二十二年紀元節/卒業式のない三月卒業生/学生過多の処置/入学式/天長節から以後は式典なし

三 本郷文教地区構想

上野公園植物園に及ぶ地域/建設委員会規程/構想の具体像/緑地帯/文教厚生諸施設/交通機関/理想案に終る/学寮建設寄付金の募集/寄付の状況/

四 綜合研究会・公開講座

憲法研究委員会/内閣草案の検討/報告書/討議の状況/正式公表なし/政府との関連/教育制度研究委員会/財団法人東京帝国大学綜合研究会の設立/目的及び事業/役員は東大職員/公開講座の開催/普及講座引継ぎ/公開講座と改称/二十八年に再開/第一集の刊行/第一回の内容/三十八年からテーマ方式に/以降のテーマ


第三節 全学会の解散と諸組織の分化一 全学会の解散

防護団の廃止/全学会改組の経緯/学部会の動き/二十一年三月解散/各学部会独立/運動会/共済組合/学生部/聯合中央委員会/学部通則の改正/

二 運動会・学生自治会・職員組合

運動会の状況/応援団/学部会及び聯合会の紛糾/学生委員会案/常務委員/評議員/協議会/委員間の対立/学部会の低調/聯合会の混乱/学生委員会可決/学生自治団体/反対の空気と各学部会の状況/経友会鉄門クラブ等/丁友会/声明書/緑会/親睦団体と学生自治組織の分離/学生委員会発足/職員組合の準備/二十一年十一月の結成/傭人組合

三 生活協同組合・東京大学出版会の発足

大学当局の動き/食糧問題/食堂等施設状況/農学部協同組合の活動/校内外食券食堂/書籍販売の件/業者の介入排除/全学消費組合準備会食堂準備委員会/協同組合設立/定款/組合員/出資一口五O円/理事長南原総長/発足時の状況/別個運営の組合/以後の経過/大学当局との関係悪化の時期/東京大学出版会分立の経緯/生協出版部の苦境と南原構想/大学新聞の変遷/出版会の設立/財団法人認可/教材部を吸収/


第四節 学部・学科および研究所の改編一 第二工学部の廃止と工学部分校

戦後の対処/二工の廃止決定/生産技術研究所/二十七年閉学式/工学部分校の設置と廃止

二 諸講座の改廃・再編

戦時研究の中止/各学部の改革案/医学部/工学部/航空禁止の影響/廃止講座と代替/官制の行政整理/理由書/文学部神道等二講座の廃止/諸講座の改変/新講座の設置/講座令の廃止と新講座制

三 南方自然科学研究所の改組

立地自然科学研究所と改称/建物の焼失/目標の達成困難/二十七年の行政管理庁監察/同年三月廃止/定員振替計画

四 航空研究所の廃止と理工学研究所の設置

内田総長と前田文相との懇談/航空研究所関係/基礎的研究主体/総指令部の航空禁止令/二十年末に全廃/文部省通達/廃止の諸研究所/理工学研究所に/職員と研究部門/航空禁止の緩和/第二次航研の発足

五 伝染病研究所の改組

厚生省予防衛生研究所の新設/伝研の沿革と改組拡充/GHQ衛生対策/公衆衛生福祉部長サムスの意図/予研設立の構想と製剤検定業務/伝研と厚生省との衝突/伝研側の主張/二十二年三月の南原サムス会談/製薬と検定は予研で行う/人員と施設は伝研予研で折半/伝研官制の改正/定員の予研移管

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