平成31年度東京大学学部入学式 総長式辞
平成31年度東京大学学部入学式 総長式辞
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。令和という新たな時代を目前に控え、平成最後の東京大学学部新入生として皆さんをお迎えすることになりました。東京大学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。皆さんはこれまで、東大入試の突破という目標に向けて一生懸命に取り組んできたことと思います。私達の期待に応えて下さったこと、それに向けた皆様の努力に対し、敬意を表します。同時に、愛情を持って皆さんを支えてこられたご家族の方々、関係する皆様に心よりお祝い申し上げます。本日入学された皆さんは3,125名です。
皆さんのこれからの学びの場となる東京大学は、明治10年、1877年に創設され、今年で創立142年となります。創設当時の日本は、文明開化の真っただ中にあり、西欧からの新しい事物や制度との出会いに満ちた激動の時代でした。大学は新たな社会を創るための仕組みや人材を用意するために設置された全く新しい組織でした。
さて、皆さんが存在する現代もまた、「激動の時代」です。明治の激動との大きな違いは、それが人類全体を巻き込んだ大きな転換であるということです。環境破壊やエネルギー問題、大規模テロ、金融不安といった課題は一部の国や地域に留まらず、地球全体を巻き込んだ課題としていっそう深刻化しています。民主主義、資本主義、国際ルールといった人類が長年育ててきた社会の基本的な仕組みそのものを根底から揺さぶる事態になっていることは、皆さんも感じておられるでしょう。特に、自分の国の利益だけを主張して、立場が異なる人たちとの共存を軽視するような傾向がとりわけ目立つようになったことには、強い危機感を覚えます。今の時代を生きる私たちは、まさに新たな激動と向き合っているのです。
このような変動をもたらし、変化を加速している一つの要因は、デジタル化の浸透とその急速な拡大だと言えます。皆さんもよくご存じのように、インターネットを介して、言葉や画像さらには動画といった様々な情報が飛び交っています。これらは、全てデジタルデータとして蓄積され続け、巨大なサイバー空間を形成しています。私達は、実空間すなわち物理空間に暮らしているわけですが、スマートフォンなどを使ってサイバー空間を参照しながら生活するようになっています。その結果、物理空間とサイバー空間は不可分なものとして融合が進んでいるのです。
そのような状況の中で、人工知能などサイバー空間の巨大データを活用する技術の展開が様々な場面で急速に進んでいます。同時に、経済的な価値にも大きな変化が見られます。これまでのようなモノの生産から、知恵・情報あるいはそれを組み合わせたサービスへとシフトしているのです。これまで日本を含め先進国では、労働集約的な生産活動を資本集約化する中で経済成長が達成されてきました。今、私達はその延長線上にはない、いわば知識集約型という新しいモデルへと不連続な変化を遂げようとしていると言えます。このような新たな産業「革命」ともいえるパラダイムシフトが起きる中で、そこを生きる私たちは、「人間とは何か」「幸福とは何か」といった根本的な問いに改めて向き合い、価値の本質を見極めることが求められているのです。
とはいえ、私はこうした変動を悲観的に捉えているわけではありません。「危機はチャンス」というのは使い古された言葉ですが、真実でもあります。そして、これからの社会は、大学こそが主導してより良い未来を創るべきだと私は考えています。私は総長として「大学が社会変革を駆動する」というメッセージを発信してきました。今、その大学に新たに加わった皆さんは、まさにその主役になるのです。
では、なぜ、大学が社会変革を駆動できるのでしょうか。2つの観点から説明できると思います。
1つめの理由は、大学は、多様な人々がそれぞれの違いを尊重し合いながら、協力して共に創造的な作業を行うこと、すなわち協働、を可能にする場だからです。
明るい未来を切り拓いていくには、新しい知恵を生みだすことが必要です。知恵は多様なメンバーが関わってこそ膨らみます。研究でも事業でも、メンバーがそれぞれの強みを持ち寄り、議論し、上手くつなぎ合わされたときに発展するのです。逆にいえば、同じような価値観や知識を持っている人だけが集まっても、知恵は膨らまず、動き始めないのです。
大学には、多様な才能が国境を越えて集まっています。長い年月をかけて培ってきた知恵の蓄積もあり、すぐれた人材をこれまで社会に多く輩出してきました。国内外に広がる人的なネットワークも強みです。これらを存分に活用することで、大学はあらゆるセクターの人々が協働するプラットフォームになる、ひいては社会変革を駆動する拠点になり得るというわけです。
2つめの理由は、大学には、多様な時間の流れが共存しているということです。
近年、政治や行政、あるいは産業界の様々な動きを見ると、その時々の判断が短期的な利害に強くふりまわされ、その背後にあるはずの長期的な視野からのビジョンが不在なのではないかと心配になることがしばしばあります。周辺環境の変動があまりに激しく、リーダーが展望をしっかり描くことがいっそう難しくなっている、あるいはどこかデフレマインドが蔓延し、理想を掲げて冒険するといった前向きな意欲が削がれてしまっているのかも知れません。企業の場合には、その時々の数値を気にする投資家や株主からのプレッシャーが過度に強まっていることも原因でしょう。
そうした中、大学には、今もなお、多様なスケールで時間が流れています。この時間についての多様性は、総合大学の際立った特長であり、その重要性はおおいに強調されるべきだと思います。私の研究分野ではアトセカンド分光という、1京分の1秒以下のとてつもない超高速の現象を追いかける研究があります。その一方で、数百年いや100億年のスケールを見渡す研究もあります。それらが同じキャンパス内で当たり前のように展開し、共存しているのが大学なのです。遠い過去や、誰も見たことがない遙か未来を往還して考え、自然や人間の本質を追求する中で、何が大事なのかといった問いを立てるのです。そうしたことを自由に論議し、鋭く指摘しあうことが許されるのが、大学という場です。また、失敗や路線変更に寛容であり自由なのも、大学を満たしている時間の特徴です。失敗という経験を糧に、ときにはふりだしに戻り、ゆっくりと安心して考えることができる。こうした様々な「時間」を有する場としての大学が担うべき役割は、いっそう大きくなってきていると感じています。
激動の時代、変革の時代だからこそ、今まさに大学の出番なのです。中でも東京大学は、豊かな歴史に支えられ、文理を越えて行き交う知と人材が揃い、様々な分野で最先端の研究が行われています。東京大学には、より良い未来社会を構築するけん引役になる責務があります。皆さんはその東京大学に、新しいメンバーとして加わったのです。どうです、わくわくしませんか。是非、その意味を噛みしめて、これからの学生生活を有意義に過ごしてください。
では、これからの学生生活をどのように送ればいいのでしょうか。そのヒントとして、2人の卒業生の話をしたいと思います。
「ベンチャー企業」という言葉を皆さんも聞いたことがあると思います。ベンチャーという言葉はアドベンチャー、すなわち冒険に由来しています。大企業が手をださないような冒険に挑む会社がベンチャー企業だといっても良いかもしれません。今、東京大学はベンチャー企業が生まれるメッカとして注目されています。毎年30から40社程度の新しい会社が東大から生まれ、これまでに335社以上が誕生しています。そのなかに、東大発ベンチャーとして初めて東証一部上場企業になったユーグレナという会社があります。ミドリムシを使ったサプリメントや食品の製造販売を中心に据え、化粧品の製造販売、航空機向けバイオ燃料の開発なども扱う会社です。その立ちあげの中心メンバーが、出雲充さんと鈴木健吾さんです。出雲さんは1998年に文科3類、鈴木さんは1999年に理科1類に入学され、二人とも農学部に進学します。皆さんより20年ほど先輩にあたります。
ユーグレナは、ミドリムシの学名です。ミドリムシは体長0.1mmにも満たない微生物ですが、動物と植物両方の特性を持ち、活発な光合成機能を有し、59種類もの栄養素を含んでいます。この特長によってこれまで、食品化や、油分のエネルギー利用、あるいは環境のための二酸化炭素固定剤、などへの応用が注目されていました。しかし、屋外での大量培養は大変難しく、事業化への道筋は見えていませんでした。そうした中で、出雲さんと鈴木さんの2人は東京大学で在学中に出会い、共にミドリムシの実用化に向けた取り組みをはじめたのです。
出雲さんと鈴木さんはまず、全国の大学などを回ってミドリムシやその関連領域に詳しい研究者に助言を求めました。面会した研究者は100名近くにのぼったそうです。技術的な開発を担当した鈴木さんは、農学部の卒業論文で、ミドリムシの生育環境の問題をとりあげ、大学院でもミドリムシの研究を続けました。様々な試行錯誤が数年間続きましたが、ついに大量培養法が実現し、事業展開の可能性が開け、2005年に会社を設立したのです。最初の約8年間は本郷キャンパスの起業家が集まるインキュベーション施設に中央研究所をおいて活動していました。
出身高校も入学科類も異なるこの2人が出会ったのは、じつは駒場時代のサークルでした。二人は大学生の投資コンテストなどの活動をするサークルに入り、その先輩-後輩として出会ったのです。サークル活動として、様々な行動を共にする中で、二人は大きな目標を共有するようになります。その目標が、ミドリムシで人類の役に立つ事業を展開するという事だったのです。
このユーグレナの出雲さんと鈴木さんのエピソードは、東京大学が社会変革を駆動する、すなわち社会に新しい流れを吹き込む大きな可能性を持っていることを示唆しています。
ユーグレナの成功は、出雲さんと鈴木さんの努力にもとづくものですが、東京大学という場をうまく活用したからこそ、可能性が開かれ、さらに大きく展開していったとも言えるのです。東京大学で過ごした学生時代がどんな価値をもち、どんなチャンスに満ちていたのかについて、鈴木さんの経験談から考えてみたいと思います。
第一は、駒場キャンパスで受ける2年間のリベラルアーツ教育の多様性です。鈴木さんは駒場時代にとにかくいろいろな授業を取ったそうです。理Iでの専門と異なる法学や経済学の学問の話は「今もすごく生きている」と振り返っています。関係ないと決めつけずに授業を受けてよかった。それができるのが「リベラルアーツ教育のいいところ」なのです。どのような研究テーマがあり、それがどのように学問体系としてつながっているのか、多くの出会いと拡がりが経験できる2年間になるはずです。自分の関心や可能性を突きつめる時間と空間が保証されているという大学の特長をまず駒場の生活で実感してほしいのです。
第二は、東京大学が創りあげてきた信用です。鈴木さんも出雲さんと共に、ミドリムシ研究を進めるにあたって、多くの人たちを訪ねました。出会ったどの方も、東大の学生ということで、最初からきちんと話を聞いてくれた、それが大変ありがたかった、と振り返っています。東京大学の学生となった皆さんもこれから様々な場面で、そうした親切を経験されると思います。これは私達、東京大学のメンバーのとても大きな共有財産であり、大いに活用すべきです。しかし、東京大学という「銘柄」に甘えたり、よりかかったりするようではいけません。身を引き締め、自分自身の決意を新たにする機会だと受け止めてください。なぜなら、それはこれまでの数多くの先輩たちが、真摯に学問に取り組み、自らの力を高めることで創りあげてきた「信用」だからです。そして、この「信用」という東大の資源をさらに豊かなものにして、それを後輩に引き継いでいく大きな責任を負うことになったということを忘れてはなりません。
皆さんは「テストの点数」という一次元のものさしで測られる世界から解放されました。これからは、多次元な価値が支える学問の世界の広がりの中をより自由に歩んでいくのです。自分が見てきた価値が何であり、見てこなかった価値が何なのか。これまで関わったことがないようなタイプの人たちとの出会いを楽しみながら、ここで良く考えてみてください。
これから始まる大学での学生生活を実り多きものにするために、私から皆さんにアドバイスを送るとすれば、大事なのは、「まず、踏み出すこと」です。
明日からでも踏み出せる一歩の例を、3つ伝えておきたいと思います。
1つは、東京大学の一員になったというチャンスを最大限生かすため、友人や先輩と交流し、教員にも積極的に質問することです。
特に、先生方を大いに活用してください。東京大学には、学生時代の好奇心と情熱そのままに研究者となり、教員として学生と学問とに真摯に向き合う先生方が集まっています。学問のことで相談したいと思ったとき、世界の最先端で研究者として活躍している先生方が時間を厭わず、議論に付き合ってくれるでしょう。そのことが皆さんの成長を促し、挑戦を勇気づけてくれるはずです。遠慮せずに、先生方の部屋の扉を叩いて下さい。
また、話を聞くだけでなく、皆さんが最前線の学問を直接学ぶというプログラムを今年から始めることにしました。まずは理系から一二年生に向け「アドバンスト理科」という科目群を開講します。世界の最先端で活躍する新進気鋭の先生方から、量子コンピューター、生命進化、細胞の物理学といった知の最前線のテーマについて、基礎からきちんと学ぶことが出来ます。是非挑戦してみてください。
2つめは、図書館の活用です。東京大学には様々な図書館があります。駒場図書館もそのひとつです。
学問の世界は皆さんの想像を遙かに越えた広がりを持っています。そのことを実感できるのが図書館です。足を踏み入れ、歩いて回り、背表紙を眺めているだけでも、学術の拡がりを感じることができるはずです。大学の図書館は、様々な学問の世界への入口になっています。経済学部図書館にはアダム・スミスの蔵書があり、総合図書館では森鷗外が所蔵していた本に直接触れて読むこともできます。法学部の明治新聞雑誌文庫や、学際情報学府の社会情報研究資料センターや史料編纂所のように、世界でも東京大学にしかない貴重な図書館もあります。是非探検してみてください。
実は私自身も、前期課程の学生だった頃、数学や建築学などの進路の選択肢の広がりに悩み、教養学部の駒場図書館で、まさに背表紙を頼りに様々なジャンルの本を手に取っていました。あるとき取り出した本の中で、結晶の成長の速度をめぐり、まだ解かれていない現代物理学の難問があることを知りました。それをきっかけに固体物理学に興味を持ち、その研究にのめりこむことになったのです。
そして3つめは、国際感覚を鍛えるための授業やプログラムに積極的に参加することです。ユーグレナの出雲さんも、大学1年生のときにバングラデシュでの海外インターンシップに参加し、深刻な栄養失調を目の当たりにしたことが、栄養価の高いミドリムシの活用という研究テーマに出会うきっかけになったといいます。
皆さんが生きる時代においては、世界の多様な人々と関わり、異質さを受け入れながら行動することが不可欠です。その基礎をしっかり身につけてもらうために、昨年度から東京大学で新しい仕組みを創りました。国際総合力認定制度(Go Global Gateway)です。国際社会で通用する語学力や心構え、コミュニケーション力をバランスよく磨くために皆さんのガイドとなるものです。国際交流や留学に役立つ情報が得られ、留学やサマープログラムに参加するために必要となる語学検定試験の受験料が補助されるなどの支援も充実させることにしました。まずは全員、Go Global Gatewayに登録して下さい。これからの学生生活を豊かにするため、卒業後のキャリアのために大いに活用してください。
これから始まる大学生活を楽しむためには、まずは心身の健康が大切です。私たちはできるだけのサポートを行なっていきます。どうか皆さんの人生が充実したものとなるように、皆さんの健康と健闘を祈っています。
平成31年4月12日
東京大学総長
五神 真
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