平成31年度東京大学大学院入学式 総長式辞

平成31年度東京大学大学院入学式 総長式辞

本日、ここに東京大学大学院入学式を挙行するにあたり、東京大学の教職員を代表して、入学生とご家族の皆様に心よりお祝い申し上げます。

本年4月に東京大学大学院に入学したのは、修士課程が2,927名、博士課程が1,238名、専門職学位課程331名、合計4,496名です。このうち、外国人留学生は638名です。皆さんは、これからの東京大学大学院での研究および新たな学びと出会いへの期待に胸を膨らませていることと思います。東京大学大学院は、規模、学問分野の幅、研究水準のいずれにおいても、世界最高水準であると自負しています。この恵まれた環境を存分に活用して、大いなる探究心を持って、学問に賭ける自らの夢の実現に向けて努力してください。

この入学式は、平成最後の入学式です。皆さんは、先日発表された令和の時代に学ばれることになります。皆さんには、新しい時代を支え発展させるリーダーとなるように、この東京大学で大いに力をつけ、大きく育って頂きたいのです。そのために私たち教職員は、皆さんを全力でサポート致します。

東京大学は、東京大学憲章において、世界の公共性に奉仕することを宣言しています。2017年6月の指定国立大学の認定にあたり、この憲章の理念を踏まえて、「地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』の形成」という構想を掲げました。かけがえの無い地球を守りつつ、より良い人類社会を創るために、私達が行うべき具体的な行動計画を研究、教育、社会連携、運営の4つの観点から、示しました。大きく変わりつつある世界の中で、私たちの未来をより良くするために、新しい知恵を生みだしていくことが必要です。そのためには、多様な人々が最先端の研究成果を持ち寄り、互いに協力し、様々な角度から議論し、それを膨らませ、高めて行かねばなりません。このような学問への取組を「卓越性と多様性の相互連環」と表現しています。これを強く意識しつつ、学術から価値を創造し、それを持続可能な未来を切りひらくための行動につなげるのです。このような活動は既に力強く動き始めています。これを広く共有したいと考え、昨年の10月に、全国の大学に先駆けて、東京大学統合報告書、Integrated Reportを公表いたしました。大学がこうした統合報告書を作成したのは世界でも8例目で、先進的な取り組みです。本日皆様に配布した、表紙に赤門のイラストがついた冊子がそれです。「世界的な視野とリーダーシップを兼ね備えた人材の育成」に向けて、現在東京大学でどのような取り組みが具体的に行われているのかを紹介しています。ぜひ、開いて見て下さい。

もちろん、世界のみならず、日本社会の公共性への奉仕も大切です。昨年は、大阪北部地震、西日本豪雨、北海道胆振(いぶり)東部地震など、多くの災害が発生しました。これらの災害で犠牲となった方々に改めて哀悼の意を捧げます。これまで、東京大学では、多くの教職員や学生が、さまざまな復興支援の活動に参加してまいりました。皆さんも、在学中に機会をみつけ、復興支援の輪に加わってください。教室や研究室では得られない貴重な体験が得られるでしょう。

さて、20世紀は「科学技術の世紀」と呼ばれ、多くの分野で目覚ましい革新が生み出されました。特に、車、高速鉄道、飛行機などの交通手段、コンピュータ、インターネットなど情報通信技術の進歩はめざましく、さらに21世紀にはスマートフォンの普及もあり、人類は国境を越えた交流をリアルタイムで行えるようになり、世界はずっと身近になりました。

また、合成樹脂、エレクトロニクス技術の革新を支えている電子材料などさまざまな革新材料の発明や開発が進みました。化学肥料は食料の安定供給を実現し、抗生物質の発見によって、大勢の人々が病気の脅威から解放されました。たしかに技術革新は、世界中で人々の暮らしの質を格段に向上させたのです。

しかし、今もなお、世界各地で紛争はおさまることなく、地域間の格差もむしろ拡大しています。世界同時金融不安、地球環境の破壊と温暖化、難民問題など、課題は国境を越えいっそう深刻化しています。これらはすべて地球規模での対応を緊急に求めています。

私が中学生だった頃に「青年は荒野をめざす」という歌が流行っていました。このタイトルには、世界は広く、荒野はどこまでも限りなく続いているという前提が感じられます。しかし、それから約半世紀、今、地球の有限性を強く意識することがむしろ重要になっています。

国際連合が2015年に、持続可能な開発目標、いわゆるSDGsを採択したのは、この地球の有限性と正面から取り組もうとしたからです。SDGsは、貧困、エネルギー、気候変動、健康・福祉など17の分野に関して、それぞれ持続可能な世界を実現するために、先進国と途上国が手を携えて、地球と人類社会の未来に貢献することを目指すもので、本学の使命と合致しています。私たちの前にある課題は、どれも、科学技術だけでは解決できません。技術の本質を十分に理解したうえで、それを制御しながら活用できる真の叡智が必要です。私は皆さんには、そのような叡智をこの東京大学で身につけ、人類が抱える大きな課題に、積極的に取り組める人に育ってほしいのです。

このような、知をもって人類の発展に貢献する人材を、私は、「知のプロフェッショナル」と呼んでいます。「知のプロフェッショナル」となるために、まず次の三つの基礎力を身につけてもらいたいと思っています。

一つ目は「自ら原点に立ち戻って考える力」、すなわち、自分自身で物事の本質を探り、自ら考え判断する力です。スマートフォンなどで手軽に得られる情報を鵜呑みにするのではなく、自ら考え、問いを立てる姿勢をもつことが重要です。皆さんがそれぞれ取り組んでいる専門について、学問の歴史を辿って原点に遡り、その意義や使命を理解することは、そうした力を得ることに役立つでしょう。

二つ目は「忍耐強く考える力」、答えがあるかどうかもわからない問いに向かい合うときに大切になる力です。これからはじまる研究生活の中では、どのように進めれば良いのか糸口さえも見つからない課題に出会うことがきっとあると思います。私自身もこれまでの研究生活の中で幾度となく、そんな場面がありました。そのような時に何よりも大切なことは、あきらめずに考え続けることでした。偉人の伝記を読むと、天才的なひらめきが、散歩の途中や入浴中に突然訪れたというような逸話を良く目にします。しかしそれは、たまたま訪れた偶然のできごとではありません。考え続けていたからこそ、ひらめいたとも言えるのです。こだわる中で、思考が磨かれ、論理的に突破する力が身につくのです。皆さんがこれから過ごす大学院という環境は、自由に使えるまとまった時間が与えられています。ぜひ、その貴重な時間を活用し、じっくりと「忍耐強く考える力」を鍛えて下さい。

三つ目は「自ら新しい発想を生み出す力」。これは、既存の知の限界を突破する力とも言えます。そのためには、まず先人の仕事をしっかり学び、きちんと理解しておくことが必要です。確固たる基礎学力の支えがあってこそ、自ら獲得した新たな知識を、人類共有の知の資産に新たに追加することができるのです。それこそが学問の醍醐味であり、最も楽しい瞬間なのです。

さて、この三つの基礎力の応用問題として、ここで20世紀に広まった画期的な新素材であるプラスチックを例に、「環境の世紀」の地球規模の課題について考えてみたいと思います。プラスチックは、モノマーと呼ばれる分子が重合という反応で鎖の様に繋がった、何十万にもなる大きな分子量の高分子、すなわちポリマーによって構成されています。絶縁性に優れ、水にも強く腐食しない物質の開発は、新しい可能性の開拓でした。最初のプラスチックは19世紀後半に開発されたセルロイドで、植物のセルロースを原料として合成されたものです。20世紀に入り、石油化学の発展に伴って、新材料や新しい生産技術が開発され、プラスチックは爆発的に広がります。軽くて丈夫で長持ちし、さまざまな形に成形加工でき、大量生産を可能にするこの新素材は、私達の生活に欠かせないものになり、生活を豊かにしました。

しかし、そのプラスチックが今、地球環境に深刻な影響を与えています。プラスチックの使用は今も加速度的に増加し、その製品の多くが、ストローやレジ袋などのような使い捨てです。それらがごみとなり、川から海にたどり着き、微粒子状になって、海流にのり、世界中に広がっています。この海洋マイクロプラスチックが自然環境や海洋生物を始めとする生態系にまで、深刻な影響を与え始めていることは、皆さんもご存知でしょう。今年1月にスイスのダボスで行われた世界経済フォーラム、いわゆるダボス会議においても、最も注目された課題でした。

プラスチックを完全に回収し、リサイクルすることができれば、自然界には流れ出ません。しかし、それは容易ではありません。使い捨ての製品の使用をすべて禁止することもすぐには難しいでしょう。一方で、環境中で二酸化炭素と水にまで完全に分解される「生分解性プラスチック」への置き換えも検討されています。しかし、これは、コストの問題に加え、地球上のどの場所でも本当に分解されるのか、どのくらいの時間がかかるのかなど、科学的に検討すべき課題も多くあります。さらに、海洋マイクロプラスチックの拡散は、一国が決めただけで解決できる問題ではありません。科学技術だけではなく、国際的な合意形成には法学・政治学、経済学や社会学からの検討が不可欠です。

こうした課題に立ち向かうためには、やはり、「自らの原点に立ち戻って」考えて多面的に分析し、「忍耐強く」問題の所在を正確に把握し、物事の本質をしっかり理解したうえで、「自らの新しい発想」において何をなすべきかを判断することが必要なのです。

皆さんが「知のプロフェッショナル」を目指し、精進する過程で、一つ心に留めておいてほしいことがあります。それは、「研究であれば何をしても良いのか」という問いです。

さきほどのプラスチックの例でもわかる通り、研究の目的は、全く新しいものや、これまでよりもより良いものを発明・発見することです。もしかすると皆さんは、研究者の仕事は新しい知見を獲得すればよく、その成果をどう使うかは、使う人の方に責任があると考えているかも知れません。しかし、地球が限られた環境であることが明らかになると同時に、情報が瞬く間に世界に伝わり、無数の人々に大きな影響を与えるようになった現在、状況は大きく変わりました。これまでのように、「つくる責任」と「つかう責任」とを分けることが難しくなっています。その研究成果がどう使われ、どんな影響を及ぼすかまで考えておく責任が、研究者自身にもあるのです。それにとどまらず、予期しなかった新たな問題が生じたときに、研究者として社会からの問いかけに真摯に応答していくことも求められてきています。

そのような責任に応える力を身につけるためには、自分の専門分野以外のことにも関心を広げることが大切です。自身の研究成果がどのような可能性をもっているのか、他の分野の研究と結びつけて考え、分野の「境界」を往復し、他の分野の人にも自分の研究を説明できるように心がけてください。目の前にある大事な課題について他者との効果的な協力関係を築くためには、これが欠かせません。また、学問上の区分だけでなく、言語、国籍など、さまざまな境界を往還して多様な領域や文化を行き来することも必要となるでしょう。東京大学は、そのような力を鍛える場として最適です。その助けとなるように、大学院生のための教養科目を開講しています。すべての研究科および研究所から、その分野の社会的および学問的背景と最先端の研究の魅力を伝えるもので、専門外の学生に向けた講義です。ぜひ、皆さんも積極的に受講してください。

「知のプロフェッショナル」には、「世界の舞台において活躍できる発信力」が必要です。努力の結果折角見出した新たな知も、世界に発信しなければ、社会に広く影響を与えることはできません。新たな知の価値を理解し、共感して支援してくれる仲間も不可欠です。そのためにも他者に伝える表現力を磨くことは重要です。「人にわかりやすく説明すること」と「世界のコミュニティに入ること」が、このグローバル化の時代においてつながっているのです。

自ら達成した成果について、その価値について共感を広げるためには、研究者仲間だけではなく、誰にでもわかる言葉で表現する力が必要です。相手の立場や関心に応じて、最新の学問知見を説明し、伝えることは容易なことではありません。しかし、そのような能力が現代の研究では求められているのです。

では、どうすればその能力が身につくのでしょうか。まず、簡単な一歩から踏み出してください。それは実際に話してみることです。例えば、ご両親、兄弟、恋人、パートナー、友達など自分を大切に思ってくれる人たちに、自分のやっていること、これからやろうとしていることを話してみると良いでしょう。きっといい訓練になりますし、すばらしい会話の時を楽しめると思います。本日ご列席のご家族やご友人の方々、そのような場面では、是非喜んでおつきあい頂くようお願い致します。

さらに、重要なことは、これは研究を行っている皆さん自身の理解を確認し、整理することにも大変役立つということです。うまく説明できないということは、まだ十分深く理解できていないということなのです。さあ、今夜にでも3分でいいので、ためしに話をしてみてください。

世界の共通言語となりつつある英語による発信能力を身につけることも不可欠です。国境を越えた交流があらゆる分野で必要とされる現在では、自国だけに留まっているわけにはいきません。しかし、英語が話せるというだけでは意味がありません。本当に大切なことは、伝えるべきものを持つことです。皆さんは将来、これまで以上にさまざまな国の方々と一緒に仕事をすることになると思います。その時に、問われるのは人間としての奥行き、深さです。それにはまず自分の母国の歴史、文化、社会システム、経済のことを理解し、その上で他国のことも理解する姿勢をそなえておかねばなりません。「世界のコミュニティ」に入るとは、他者の歴史や多様なものの考え方を理解し、100年後の人類のあるべき姿を共に議論することです。

東京大学には多くの留学プログラムがあります。世界の主要大学と連携した「戦略的パートナーシップ大学プロジェクト」、体験型海外プログラムなど、全学で取り組んでいるプログラムに加え、それぞれの研究科で数ヶ月から数年にわたる留学の機会をサポートするシステムが用意されています。また、今年からはグローバルに活動する企業と連携して、世界のさまざまな場所でその地域の課題を直接学ぶプログラムを始めることにしました。ぜひ、それらの機会を活用して、海外の現場を直に体験し、自らの見聞を広げてください。

さあ、これから大学院での生活が始まります。東京大学は全力で皆さんの夢をサポートします。私は東京大学総長として、皆さんが安心して最高の学びと研究に打ち込めるように、さまざまなレベルで大学院の研究教育環境を充実させていきたいと思っています。健康な精神と肉体を支えにしなければ、夢は実現できません。大学院生の生活は不規則になりがちです。毎日、規則正しく起き、太陽の光を浴び、朝ごはんをしっかり食べてください。また、研究のあいまに時間を見つけ、自分に適した形で運動をする習慣を身につけてください。趣味にも時間を割いてください。

皆さんが元気に活躍されることを期待しています。
 

平成31年4月12日
東京大学総長
五神 真

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