令和5年度東京大学学部入学式 総長式辞

令和5年度東京大学学部入学式 総長式辞

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。ようこそ東京大学へ。みなさんを新たな仲間として東京大学にお迎えすることは、私たち教職員にとってもたいへん喜ばしく、本学を代表して、お祝いと歓迎の意を表します。また、ご列席のご家族や関係者のみなさまにも心からお慶び申し上げます。

本日入学されたみなさんの多くは、図らずも高校生活の3年間を新型コロナウイルス感染症の蔓延、という予想外の事態とともに過ごされたのだと思います。このパンデミックは、医療、健康、子供の成長、経済など、問題ごとにとるべき対策が異なってくる難しい側面をいまでも持っています。また、ロシアによるウクライナへの武力侵攻など、現代社会は多くの人が想像もしなかったグローバルな危機にさらされ、5年後や10年後の状況を予測するのも難しい時代にさしかかっています。そうしたなかで、人類の誰もが幸せになるための社会がどういうものなのか、その実現に向けてさまざまな知を持ち寄り、共に解決策を探る場として、大学への期待はさらに高まっています。

東京大学はそうした動きに呼応する努力を、これまでも続けてきました。たとえば、国立大学の法人化を見すえた2003年に東京大学憲章を策定し、「世界の公共性に奉仕する大学」という理念と目標を学内外に示しました。2017年には「知の協創の世界拠点」の形成と機能拡張を掲げて、指定国立大学の指定を受けました。新たな時代における、大学の自律性・創造性のあり方を、私たちは常に模索し続けています。

国の政策でも、2020年に科学技術基本法が改正されて科学技術・イノベーション基本法となり、「人文科学」を含むすべての分野の科学技術の振興と「イノベーションの創出」が加えられ、人文・社会・自然科学の厚みを活かして社会課題の解決に取り組む「総合知」の発揮が求められています。社会課題のほとんどは、単一の学問分野では解けない問題ばかりなので、これは必然ともいえるでしょう。大学にもイノベーションが求められていますが、そのイノベーションとは、技術革新のような狭い範囲においてではなく、これまでのあり方の変革という広い意味で言われているのだと私は理解しています。

そもそもイノベーションは、複数の既存の知の新しい組み合わせから生まれるもので、そのための方法は大きく二つあります。一つは、組織のなかに多様な人材を入れること。もう一つは、外に出て、多様な経験をし、人脈を広げることです。これを東京大学の近年の取り組みに重ねてみると、前者の「多様な人材」に関わるものとしてダイバーシティ&インクルージョン(D&I)宣言が、後者の「多様な経験」に関わる例として「Go Global Gateway」「FLY Program」「フィールドスタディ型政策協働プログラム」「東京大学グローバル・インターンシップ・プログラム」などの大学を社会に開く体験型の活動が浮かびあがってきます。

東京大学が2022年にD&I宣言を出したのは、世界に紛争や分断が生じるなか、多様性に開かれた対話を推し進めることで、あるべき未来像を社会とともに、まず私たち自身から創り上げていきたいと願ったからです。2021年9月に発表した東京大学の基本方針である「UTokyo Compass 多様性の海へ:対話が創造する未来」の三つの基本理念の一つにも「多様性と包摂性」を掲げ、大学全体で力を入れて取り組んでいます。

たとえば昨年11月には、女性リーダー育成に向けた施策を始動しました。そこでは、大学構成員全員の意識改革に取り組むとともに、2027年度までに約300名の女性教授・准教授を新規に採用し(注)、その増加率を過去10年の2倍とすることを目指しています。東京大学では約10年前に学生の女性比率30%の達成を目指すという目標をたて、住まい支援や奨学金、さまざまなイベントの開催など、あらゆる努力をしてきましたが、残念ながらいまなお、その目標は実現できていません。UTokyo Compassで掲げた「世界の誰もが来たくなる大学」の実現は、東京大学を女子学生のみなさんが「来たくなる大学」にしていく努力、これと深く結びついていると考えています。

ジェンダーに関してだけでなく、構成員のさまざまな属性の多様性を高めることも大切です。いろいろな違いを互いに認め、包摂していくことが物事のとらえ方や発想を豊かにする。また、そこに集った人たちがのびのびとそれぞれの能力を発揮できることが、学問の場として重要だと思うからです。それは、東京大学が「世界の公共性に奉仕する大学」になるために必要なステップであると考えています。

さて、構成員の多様性が大事である一方、ここでは私たち一人一人のなかにある多様性について考えてみたいと思います。

専門用語ではイントラパーソナル・ダイバーシティ(intrapersonal diversity)といいます。一人のなかで多様な視点や均一でない経験を幅広く持つことが重要だ、つまり個人内多様性もまた大事であるという考え方です。集団としての構成員の多様性は、しばしば相互にステレオタイプを押しつけ、異質性を強調することでの分断につながりかねない側面があります。したがって、これにあわせて共感の基盤となる個人内多様性を高めることが大事だと言われています。多様な考えや価値観に触れるなかで、新たな自分に気がつくこともイノベーションであり、みなさんには、そうした気づきを学生時代にたくさん実感してほしいと考えています。

さまざまな人と出会い、対話をすること、未知の場所で、新たな経験をすることが大切です。それは自分自身をもイノベーションの素材にし、変革の対象とすることだといえるでしょう。

私自身、もともと工学部の船舶工学科で学び、大学院では海中ロボットの研究を行いました。船舶工学に基礎を置きつつも、主としてロボティクスの研究分野、特に機械の知能をどのように実装するか、ある意味で、現在の人工知能(AI)に通じるような研究に取り組みました。さらに博士課程を終えてから2年ほどして理化学研究所に職を得たのですが、まったく新しいマイクロフルイディクスの研究を立ち上げることになります。

マイクロフルイディクスは、半導体微細加工技術を用いて製作するマイクロ流体デバイスを使って、近年みなさんにもおなじみの言葉となったPCR反応、さらには細胞培養など、化学やライフサイエンスに関わるさまざまな応用を目指す研究です。そこでは流体や分子に関わる物理や化学、さらには細胞やタンパク質、核酸などに関わるライフサイエンスなど幅広い分野における専門知識が必要です。理化学研究所に移るまで、分子生物学の実験など、ほとんど触れたことがありませんでしたので、私にとっては博士号を得た後もなお、まったく新しい知識や実験スキルを改めて学ぶたいへんよい機会になりました。

このように船舶工学からロボティクスの領域へ、さらにはマイクロテクノロジーやライフサイエンスへと、結果的にイントラパーソナル・ダイバーシティを高める機会に恵まれてきたといえるかもしれません。

みなさんにも、大学でのさまざまな学びや課外活動を含めて、幅広い分野に興味を広げていただき、このイントラパーソナル・ダイバーシティを高めてもらいたいと思います。

さて、東京大学では、大学内の教室での学びの大切さはもちろん、みなさんが社会のさまざまな現場に直接に触れあう機会を設けることにも取り組んでいます。コロナ禍での全面的な行動制限が緩和されて、対面での活動も増えてきていますので、ぜひチャレンジしてください。

この体験型の活動について、私は「学びを社会と結び直す」ことが大事だ、と言ってきています。いくつか例を挙げてお話ししましょう。たとえば、学部学生が自ら国際的な学びや体験の計画をたて、その実践を大学が国際総合力として認定する「Go Global Gateway」という制度があります。自分で考え、選び、実行するところに特徴があります。また入学直後に1年間の特別休学期間を取得し、ボランティアや就業、国際交流などの自主的な学外活動を行う「FLY Program」もあります。全国各地の地域自治体に1カ月程度滞在し、課題を持ち帰って教員や仲間と相談しながら解決策を提案、実行してみるという「フィールドスタディ型政策協働プログラム」や、ダイキン工業との産学協創から生まれた「東京大学グローバル・インターンシップ・プログラム」などもユニークです。アメリカやタイなどの生産拠点の現場に東京大学の学生が滞在して、気候変動・環境・資源などの大きな問題を含む、ものづくりあるいはその地域のビジネスや文化のさまざまな課題に取り組むという、たいへん貴重な経験を得ることができるプログラムです。2021年からはソフトバンクと連携して実施するグローバル・インターンシップもスタートし、自分で見つけた社会課題を解決するアプリやサービスなどの開発を競う「ハッカソン」や勉強会、海外研修を通じてAIやデータ活用を実践的に学べる機会を提供しています。

さらに、それぞれの教員が個性的に作り上げる「全学ゼミナール」も多彩に用意されています。私も以前に、BIOMOD(Biomolecular Design Competition)という分子ロボコンに参加する、全学ゼミナールを実施していました。BIOMODは、DNAなどの生体分子を使ってナノサイズの新たな構造や機能、いわば分子ロボットの設計や作成を大学生が行う世界大会です。当時は、参加チームが集まって最終成果発表を行うジャンボリーがハーバード大学で行われていました。実際に参加できるのは学部学生のみで、たとえば1年生が頑張ってジャンボリーでのプレゼンテーションを行い、よい成績を収めたこともあります。

みなさんも東京大学が用意しているこうした体験型の学びの機会を存分に活かし、教室の中での学びを越えて、自らの学びをより豊かなものにしていただきたいと思います。

ところで東京大学はあと4年で創立150周年を迎えます。その歴史を振りかえってみると、大学が社会と深くつながりながら、新しいことを生みだしてきた多くの例があります。

たとえば、1942年から1951年のわずか9年間だけ千葉市内に設置されていた第二工学部では、民間企業でさまざまな実務を経験した若い教員などの多様な人材が集まり、実に自由な学風のもと学際的なものづくり教育が行われます。日本のロケット開発の父と呼ばれた糸川英夫先生は、中島飛行機で戦闘機の設計の経験を積んでから、航空機体学の助教授に就任しました。戦後、第二工学部の施設と人員とを引き継いで設立された生産技術研究所でスタートさせた、日本のロケット開発に関する本格的な研究は、現在のJAXA、宇宙科学研究所へとつながっていきます。また、第二工学部の卒業生たちは、戦後、自動車や家電やコンピュータや高層ビルなど、ものづくりで成功する大企業の礎となった、数多くの事業を生みだします。

そうした東京大学の実践は、理系分野に限りません。1919年に岡山県倉敷の民間研究所「大原社会問題研究所」の初代所長に就任したのは東京帝国大学経済学部教授の高野岩三郎先生で、そのもとにすぐれた研究者が集まり、当時の労働・社会問題などの調査の発展に重要な役割を果たしました。貴重な近代日本法政史料を集めた法学政治学研究科の明治新聞雑誌文庫も、1926年に博報堂創業者の寄附を基盤に試みられた研究活動でした。関東大震災で数々の歴史的資料が焼失してしまったことに対する学術資源の復興運動で、民間の研究者を含めて組織された明治文化研究会の吉野作造教授を中心に、大学のなかだけの学問では実現できなかったアーカイブスを整備していきます。明治新聞雑誌文庫は、現在、赤門の近く「史料編纂所」が入った図書館の建物の地階にあります。東京大学の学生はどなたでも閲覧できますので、ぜひみなさんも訪れてみてください。

ちなみに今年は、その関東大震災からちょうど100周年にあたります。あの災害で焼失した図書館の復興のため、1924年にジョン・ロックフェラー・ジュニアが申し出てくれた寄附金のことを思い出します。同じ年に排日移民法がアメリカで成立するという厳しい国際情勢にもかかわらず、被災地の大学に寄附された、当時の金額で400万円、現在の貨幣価値で50億から60億円にあたる支援は、本郷の総合図書館の再建に大きな役割を果たしました。

さて、「学びを社会と結び直す」とは、課題との向き合い方を自分の実践や経験から学び直すことであり、その楽しさや大切さを発見することです。

昨年11月にリリースされたChat GPTがさまざまな観点からいま注目を集めています。本学では4月3日に教育・情報担当の理事から学内向けに「お知らせ」を発出しました。人工知能(AI)やロボット技術の進化した時代の大学教育では、創造性を育む基盤として経験学習が重要であると、アメリカ・ノースイースタン大学のジョセフ・E・アウン学長が『ROBOT-PROOF:AI時代の大学教育』という本で書いています。実はノースイースタン大学と東京大学は、現在、ニューヨークでの共同プロジェクトを計画中で、アウン学長とも、昨年夏にニューヨークで直接お目にかかる機会がありました。

昨年12月には、「哲学と科学の対話」をテーマに開催した国際会議Tokyo Forumでボン大学のマルクス・ガブリエル教授がたいへん興味深い問題提起をされていました。彼は哲学の研究者ですが、グローバルな難しい課題をどう社会的に共有していくか。上からの啓蒙ではなく下からの気づきが有効であり、実践的なところからコモン・フィロソフィーを見出していく新しい形の啓蒙が大事であるという議論をしていました。

大学が力を注ぐべきなのは、こうした学習の「場」をつくることです。それを学生のみなさんに主体的に活用してもらいたいと思っています。高みを目指す試行錯誤のなかで、ときには失敗することもあるでしょう。ウイルス感染を判定する方法として有名になったPCRを開発したキャリー・マリス博士の本を読むと、何度も実験を繰り返し、何度も失敗する姿が描かれています。前例がないからやってみよう。失敗してもよいからこそ、思いっきりチャレンジできる。東京大学はそうしたワクワクする場でありたいと願っています。

誰もがワクワク感を持ち、のびのびと活動できる場として、私たちは「世界の誰もが来たくなる大学」を作ろうと考えています。みなさんもどういう学生生活を送りたいのか、ぜひ自分たちの目線からアイディアを出してください。また、東京大学が取り組む課題についても一緒に考えてみてください。みなさんにも、グローバルシティズンの一人として知っておくべき地球規模の課題を正しく理解し、その解決に向けて、共に考え、行動していただきたいと思います。

私は昨年の春、1972年の国連人間環境会議から50年を機に開催された「ストックホルム+50」という国際会議に参加しました。その際、次の50年、つまり「ストックホルム+100」を考えたとき、いま学生であるみなさんの世代がむしろ、これからの議論をリードすべきだとも感じました。東京大学も地球規模課題の一つであるGX(グリーントランスフォーメーション)を先導する高度人材の育成に力を入れるとともに、国連が後援する国際キャンペーンである「Race to Zero」に日本の国立大学として唯一参加しています。このキャンペーンは、2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを達成するための行動を、世界に呼びかけるもので、昨年10月にはUTokyo Climate Actionという東京大学の行動計画をリリースしています。これを実施するにあたり、キャンパスでの学生のみなさんの活動によって、Net Zeroに向けてどのように前進していけばよいか、ぜひアイディアを出していただきたいと思います。キャンパスにおけるGXを共に考え、さらに魅力ある東京大学を一緒に作っていきましょう。

ご入学まことにおめでとうございます。みなさんのこれからの活躍を期待しています。

(注)300人採用は内部昇任を含む

令和5年4月12日
東京大学総長
藤井 輝夫

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